孤独な二人は

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 ◆◆◆  眼を開いた。また、思い出してしまった。嗚呼、いつまでも消えることのない記憶、まるで忘れることは許さないと言わんばかりのものだ。  少し眼を閉じてはあの光景が浮かんでくる。そのくらい記憶に刻み込まれたということだろう。  ところでいつの間に朝になったのだろう。彼女、奏は疲労で重たくなった身体を持ち上げ、窓を確認しようとしたが、周りはいつもとは違う風景だった。その部屋の床で、布団を敷いて寝ていた。  寝るスペースだけで一杯になるくらい狭苦しい畳部屋。家具は必要最低限のものすら揃っていない。正面の横に細長い窓は格子が掛かって、その隙間から微量な陽光が射している。いつもの奏の部屋の面影はまったく見当たらず、奏は少し考え込んだ。  慣れない畳の匂いに鼻が痛くなった。  昨日の出来事から整理してみると、家出中、そうか、家出していたのだ。とにかく逃げ場が欲しかったわたくしは知らないお兄さんと出会い、偶然彼も家出中で一緒にこのアパートに住むこととなった。あまりの疲労で、夜中着替えもせずに提供してくれたこの部屋で眠りについた。  なら、そのお兄さんにお礼をしなくては。  奏は立ち上がり、部屋を物色した後、扉を開くとそこには人一人しか通れないくらいの廊下が伸びていた。  すると奏はある匂いに気付いた。卵や肉の炒めた匂いだ。奥から何か焼ける音が聴こえる。奏は廊下を曲がり漂う匂いと音の元まで歩き出した。初めて聞く床の音はギシギシと鳴らし、踏みしろを感じさせる。大理石ではなく木製だったことに、少し興味を抱いた。  扉のない入口を見つけ中を覗く。  そこには昨日、お世話をしてくれたお兄さんが可愛らしいエプロンを身につけて料理をしているではないか。  朝ご飯を作っているのだろう。皿が二枚用意されていることから、恐らく奏の分も作っているのだろう。至れり尽くせりではいかないと感じた奏は、速足で政宗の近くに行った。 「おはよう、ございます。昨夜は手厚く介抱して頂き感謝しますわ。何か手伝えることはないでしょうか?」  恥ずかしそうに尋ねる彼女に政宗。 「あっおはよう!いいよ。お嬢さんは座ってて」  お嬢さんという言葉に少し引っかかる。 「いえ、そういう訳にもいけませんわ。わたくしの気が収まりません。」  引き下がらない奏に政宗は少し困りつつ、適当に目についた仕事を与えた。 「そう、なら平たいお皿並べて。あぁそれとシャワー浴びて来なよ、昨日すぐに寝ちゃったでしょ?」  奏は眼を大きく開け少し驚いた。ここまで世話をしてくれてまだ自分に楽をさせるつもりなのか。 「朝ごはん。お嬢さんのお口に合うかどうか知らないけど、空腹には染みるはずだよ」  途端、奏の腹が鳴った。奏は赤面し一瞬にして腹を押さえる。聴こえたのか疑い恐る恐る政宗を見るが、彼は料理に集中しているため聴こえなかったようだ。  安堵のため息をつくと、それは聴こえたらしく政宗は「ため息つくと幸せ逃げるぞ」とからかうように言った。
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