13人が本棚に入れています
本棚に追加
チンチンとベルが鳴る。
黄色い都電がねこじゃらしを揺らして走っていった。
踏み切りがあがると、目の前にゆるやかなカーブに沿った商店街が見える。
焼きたてメロンパンのいい匂いを嗅ぎながら商店街を進む。昔からの店もあれば、新しい店もある。威勢のいい八百屋さんやかわいい雑貨屋さん、郵便局に歯医者さん、不意に現れるおしゃれなビストロ、煙でいぶされる焼鳥屋さん………。
左右を見ながら歩いていくと、商店街の終わりに石造りの円筒形の建物が見えてきた。小さな窓と木製の扉。壁には緑の蔦がこんもりと葉を重ねてまとわりついている。平屋ながら、イギリスのお城のミニチュアのようだ。
ドアを押すと紅茶のいい香りが鼻をくすぐる。窓が小さかったから部屋の中は暗いかと思うとそうではない。天窓から日差しがさしこみ、案外と明るい。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
穏やかな声がかけられて、手にしたバッグがシルクのようななめらかさで受け取られた。
「おかえりなさいませ」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「おかえりなさいませ」
四つの違うトーンの声で出迎えられ、心地のよい椅子に案内される。
「本日もご機嫌うるわしゅう」
「うん、あなたたちもね」
テーブルに肘をつき、手の甲にあごを乗せる、
「オレンジ・ペコをいただけるかしら、バトラー?」
「かしこまりました」
白いシャツに黒のベスト、襟にはシンプルな蝶ネクタイ。本当の執事は普通のスーツらしいが、ここでは乙女に夢を見せるためにあえて大仰というかおしゃれな裾の長いスーツ。
白い額に一房前髪をたらし、あとはオールバックにして細い枠の眼鏡をかけている。
優しい笑みをたたえた私の執事【マイ・バトラー】。
そう、ここは鬼子母神駅前執事喫茶・アイビーハウス。
私の四人の兄たちがお嬢様たちをもてなす癒しの館なのだ。
最初のコメントを投稿しよう!