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執事喫茶アイビーハウスの閉店は夜の八時だ。
最後の客を送り出した後、春海が「Closed」の札を下げた。
それから三〇分の間に店内を片づけ、キッチンの洗い物をすべてすませ、売り上げを計算し、それが終わると四人の執事たちは自分たちのためのお茶をいれる準備をした。
そして八時半、「お嬢様」ではない客がやってきた。
私の友人の早瀬文果とその母親の雅子さんだ。
「こんにちは……」
文果と雅子さんはこわごわと喫茶店の中を見回した。ここが執事喫茶であるのは伝えていたが、どんなものなのか想像がつかなかったのだろう。
「いらっしゃい、どうぞ、座って」
私は二人を真ん中の大きなテーブルに招いた。
「もう執事喫茶は閉店よ。ふつうの喫茶店だと思って楽にして」
文果と雅子さんは周囲にぺこぺこ頭をさげながら椅子に座った。夏月が紅茶を、秋実がケーキを出してくれる。
「あ、ありがとうございます」
「どうぞどうぞ、食べちゃって。その日作ったケーキはその日に消費するのが目標だから」
パティシエの秋実は軽くウインクしてみせる。そういうきざな仕草がいやみなく似合ってしまうのがこの兄の特長だ。
ふわふわとした薄い色の髪、グレイの瞳。
秋実兄さんの実の父親はとてもハンサムなイタリア人だったそうだ。その血を受け継いだ彼は四人の中で一番背も高く、眠たげなたれ目がセクシーと囁かれている。
「ご相談の内容と結果によっては料金が発生することもありますが、それはご了承いただけますか?」
事務的な口調で言ったのは長男の冬真だ。
小さな頃からお金で苦労してきたという冬真。浮き世離れしたお気楽な母親が四人の子供を抱えて生きてこれたのも、冬真がしっかりしていたおかげだろう。
アビーハウスが執事喫茶として営業しているうちに、お嬢様たちは執事に心を許し、時折悩み事を相談するようになった。
それをぽつりぽつりと解決しているうちに、冬真がこれは料金をとるべきだと言い出したのだ。
確かに、時には「サービス」という言葉だけで片づけられないほど関わってしまったこともある。
そうするとお嬢様たちは精神面でかなり執事たちに寄りかかるようになってしまう。それを避けるためにギブアンドテイクの精神、打算的な思考が必要だ、と冬真は言った。
「お金で解決できることなら後腐れがない」
冬真の持論だ。
文果と雅子さんは冬真の言葉を聞いて、少しためらったけれどうなずいてくれた。
商談成立だ。
「じゃあお話を聞かせてもらいましょうか」
夏月が雅子さんの正面に座った。落ち着いた笑顔に励まされ、雅子さんはぽつりぽつりと話し出した。
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