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慌てて上司に有給の連絡を入れ、警察の遺体安置室に向かうと、夏姫は、もはや物言わぬ姿で横たえられていた。
「夏姫…」
「奥様は、葬儀もあげずに無縁墓地に葬るように指示されましたが、それではあまりにも不憫なので、私の独断で司様にご連絡差し上げました」
司の背後で、ここまで案内してきた橋本がそう告げた。
「有難う、橋本さん…夏姫のバ…母親は、引き取りを拒否している、と?」
「はい…無縁墓地に葬るまで、すべて私に一任されま…」
「おれが引き取る。書類を」
「え…」
「夏姫は無縁墓地に葬られるような人間じゃない。少なくともここに、夏姫の死を哀しんでいる人間がいるんだ…あんたは?」
「…哀しいです。あまりにも不憫です。お嬢様は、何も悪くないのに…」
「夏姫の葬儀を、2人で挙げよう」
「はい…」
大慌てで斎場に連絡して、司と橋本の二人で夏姫の葬儀を挙げた。立派な棺に納められた夏姫の遺体は焼却炉の中に運ばれ、2人は階上の控室に通された。
「…死因は?」
「大動脈解離だそうです。お屋敷にいたのに…」
「屋敷にいたから見殺しにされたんだろ。あのバ…母親なら、それぐらいやる」
「……」
橋本は何も答えず、司はそのまま話し続けた。
「発見して救急車を呼んでくれたのはあんたか」
「はい…私は、お嬢様付きの使用人でしたから」
「有難う…大動脈解離はほぼ一瞬で死ぬからな…苦しまなかったよな」
「…そう願います。奥様は近いうちにお嬢様のご自宅を取り壊す予定なので、お嬢様の遺品を…」
「おれが引き取りに行くよ。それまで、あのバ…母親を何とか止めてくれ」
「畏まりました」
「夏姫の父親は何と言っている?」
「相変わらず御多忙で、今も日本にはいらっしゃりません。ブラジルだそうです」
「地球の反対側か…娘の死がそこまで…娘の死が嬉しかったんだろうな」
「……」
橋本は、もちろん何も答えなかった。
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