Red Diamond

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 夏姫の遺骨を納骨堂に収め、取るものを取って鷹司家を訪れた。 「あら、司さん?よく来て下さったわね」 継子とはいえ、曲がりなりにも娘が死んだばかりだというのに、継母である鷹司菫(たかつかさすみれ)は、シックな色合いではあるが、到底喪に服しているとは思えない服装で、門横の通用口に立った司を出迎え…いや、丁度出かけるところに司が鉢合わせた、というところだろう。菫はニコニコと、司の手を握った。 「あの子の遺品を引き取って下さるんですってね。心からお礼を申し上げます」 「……」 司は、何も言わなかった。 「あの子の家は、まだ何も手を付けていません。どうぞご自由に」 「……」 仮にも娘である夏姫が死んだのだから、少しぐらい悲しむ素振りをしてみたらどうなんだ。心の中で最大の悪意を吐きながら、使用人である橋本の案内で通用口をくぐって、およそ日本だとは思えない広大な敷地内を歩き、敷地の片隅に作られた小屋、玄関の表札には<薬袋(みない)>と掲げられている、に入った。  小屋の中は、よく言えば質素、悪く言えば貧困層を匂わせる様相を呈していた。玄関を入ってすぐに居室で、机と椅子、ベッド。ガス代が一つしかない、昭和の安アパートを連想させる貧弱な台所が玄関の左に。浴室兼トイレは、ベッドの奥のドアの向こうだった。 「…夏姫は、小学生の頃からずっとここで一人暮らしだったよな」 「はい…司様が遊びにいらっしゃることだけを楽しみにしていらっしゃいました」 机の上に携帯電話と、筆記具とノートが数冊。夏姫も司も学生だった頃は、机上に教科書ノートが積まれていたが、もうそんなものはとっくの昔に無くなっていた。 「夏姫の遺品は、携帯電話と筆記具ノート数冊ぐらいか?」 「ええと…そうです…あ、大変申し訳ございません。忘れておりました」 「え?」 橋本は、大慌てで中に入ると、貧弱な机の引き出し一番上を開けた。 「これを、これだけは司様に確実に渡してくれ、と頼まれておりました」 橋本が司に手渡したのは、ケースに入った万年筆だった。 「頼まれていたって…夏姫は、突然死だったじゃないか」 「ですから生前、お嬢様と二人で話している時に、話の流れで頼まれていたのです」 「ああ…」 その万年筆には、見覚えがあった。高校を卒業して戦場ジャーナリストを志した夏姫に、司が贈ったプレゼントだった。 「お嬢様は亡くなる前、つまり人生最期の取材旅行にもこの万年筆を持って行って、いつも、幸せそうに手入れをされていました」 「…おれが贈った万年筆を、おれに贈るなよ…」 そこまで言われて初めて、司はあることに気が付いた。 「そう言えば、夏姫の取材道具その他は?カメラとかテープレコーダーとかバッグパックとか、取材に必要なものが何一つ無いじゃないか。まさか…」 「あ、それはですね、お嬢様は誰かに触れられるのを嫌って、取材道具は全て近くのトランクルームに預けていらっしゃいます…その…」 「なんだ?言え」 橋本は何かを口ごもり、司はそれを見逃さなかった。聞き逃さなかった。 「…奥様とお坊ちゃま方、麗華お嬢様は、夏姫お嬢様が不在の時を狙って、頻繁にこの小屋を荒らして…夏姫お嬢様が苦労して取材された写真原稿を無茶苦茶に荒らすことが頻繁にあったので、夏姫お嬢様はトランクルームを借りたんです」 「…とことん性根の腐った奴らだ。後で、そのトランクルームにも案内してくれ」 「勿論です」 夏姫が幼い時から独居を強いられていた小屋には、夏姫の遺品らしい遺品はケース入りの万年筆と携帯電話、筆記具ノートぐらいしか無かったから、それらを全部一度司の自宅に置いて、それから橋本と一緒に、生前の夏姫が借りていたトランクルームに行った。
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