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照りつける陽
8月5日、14時08分。
雲ひとつない夏の暑い日、日陰の少ない踏切の前に少女はいた。
小学校の夏休みは半分くらいをすぎたところだ。
大河原涼は昼食を食べて、家の近くのこの踏切に来た。
踏切のすぐ隣には、改札もろくにない、ただ少し地面が盛り上がっただけのような駅がある。
この線路は単線で、街に行くには30分に一本電車がある。
この踏切には、行きと帰りでだいたい15分に一度電車が通る。
涼は先ほどから3度、この踏切で身を投じては脇によるのを繰り返している。
14時10分、涼は再び踏切の中に入った。
電車が次にここを通るのは14時17分。ダイアが狂っていなければ、あと7分ここに立っていれば死ねる。涼はそう思っていた。
14時13分。
「君、さっきからずっと踏切にいるけど、どうしたの」
駅から、男性が話しかけてきた。
涼は気がそがれて踏切の外に出た。
男性は駅の緩やかな坂を降りてきた。
「こんな暑い中ずっと外にいたら熱中症になるよ」
「はい」
男性は、少し間を置いてこういった。
「死にたかったの?」
涼は驚いた。
この人はエスパーなのだろうかと。
「どうしてわかったんですか」
「いや、この暑い中踏切にずっと立っていたら分かるよ。さっきから4度目だ」
「ずっと見ていたんですか」
「まあ、なりゆきで」
昼間からこんな田舎で電車を待っているサラリーマンなんているのだろうかと涼は思ったが、自分が死のうとしたところが見られたことで頭がいっぱいでそれどころではなかった。
「ここ暑いし、今からカフェに行くんだけど、君も行く?」
「……。知らない人には付いて行ったらいけないので」
「そう。じゃあ一人でいくよ。寝覚めが悪いから死なないでね」
男性はそういって駅から一番近い、といっても10分くらいは歩くカフェの方向に歩き出した。
「あの…」
男性は足を止めた。
「来たいんなら来なよ。おごってあげるよ」
涼は、男性と同じ方向に歩き出した。
後ろで電車が去っていく音が聞こえた。
14時25分。
カフェに着いた。道中、ほとんど会話らしい会話もなく二人は歩いてきた。
カフェはガラリと空いていた。
「アイスコーヒー。君は?」
「えっと、紅茶」
「ホットとアイスがございますが」
「えっと、アイス」
「レモンとミルクはどうなさいますか」
「えっと、いりません」
「かしこまりました」
こんな風に店で注文をすることに小学生が慣れているはずがない。涼はいつもはアイスティーにはレモン汁をいれて飲んでいるのだが、一瞬で頭が真っ白になって、いらないと言ってしまった。
男性は、はあ、とため息をついた。
「俺、舞浜れおん。27歳。君は?」
「大河原涼です。10歳。4年生」
「かっこいい名前だ」
「古臭い名前です」
涼はこの名前が嫌いではない。ただ、人に褒められたときにどう受け取ったらいいかわからなくて否定してしまうだけだ。
褒められて調子に乗ると、小学校では調子に乗っていると言われてしまう。
褒められても受け取らない、乗せられない。それが小学生の処世術で、それが褒められた時の普通の反応だ。
「俺はさ、舞浜って名前だけでまず遊園地かよって言われるし、れおんってひらがなで書くのもキラキラネームだってさんざん言われてきたよ」
「そんなことないです」
「そうか」
涼はここにきてようやく、目の前にいるのがどういう人間なのか落ち着いて見ることができた。
グレーのスーツで、上着を脱いで畳んで横に置いている。薄いピンクの半袖シャツに赤いステッチが入ってる。ネクタイはしていない。
身長は父親と同じくらい、多分178センチ前後で、細身で清潔そうな身なりをしている。漫画で言えば主人公になれる顔だ。
「おじさんは、」
「お兄さん。いや、舞浜さんかれおんにしてくれ」
「れおんは」
あ、そっちをとるのか、とれおんは小さく呟いた。
「どうして大人なのにこんな平日の昼間に、こんなところを歩いてるの?」
小学生に明確な敬語などは使えない。涼もそういう小学生だ。
「仕事だよ。こんな暑苦しいスーツ着て、革靴履いて、荷物もって、どこをどうみたって仕事だよ」
「仕事って、なんの仕事」
「ITコンサル、って言ってわかるかな」
「わからない」
「えーっと、そうだな、コンピューター使って他の人の仕事を楽にする仕事をしてるんだ」
そんな種類の仕事があるのか、というのは涼はそのとき初めて知った。
「失礼いたします。アイスコーヒーと、アイスティーです。ごゆっくりお過ごしください」
縦長のグラスに入ったアイスティーには、水面ギリギリまで氷が入っていた。
シロップをいれてストローでかき回すと、カラカラと涼しい音がした。
「あの、聞かないの?私が死のうとしたこと」
れおんは目を伏せてアイスコーヒーをかき回した。
数秒黙って、れおんは口を開いた。
「轢死は確実に死ねるっていうが、なかなかひどい絵面になるぞ」
「いいの、死ぬんだから」
「見ている俺はどうなるんだよ」
「知らない」
「そもそも、なんで夏休みの今なんだ?」
「退屈なの」
「退屈?退屈だから死ぬのか?」
「うん」
れおんはそれに対して特に熱くならなかった。それまでと同じ落ちた声だ。
「重い病に絶望したわけでもなく、学校でいじめられているわけでもなく、家庭で虐待を受けているわけでもないっていうんだな」
「そう。親は多少暴力的だけど、まあ虐待というほどじゃないわ」
それがどの程度なのかは分からないが、涼自身は少なくとも、それを苦にして死のうとは思っていないということだ。
「でも、私はどうして生きているんだろうって思う。生きて、何をするんだろうって思う。そうすると、生きている必要を感じない」
「小学生でその考えは、早いんじゃないか?」
「でも、私はもう10年も生きているのに、全然分からない。おっきいおばあちゃんが去年亡くなって、飼っていた犬も死んじゃった。死んだらどこへ行くんだろう、私はどうして生きているんだろうって」
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