れおんのこと

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れおんのこと

「ねえ、れおんはあの踏切で死のうとしてたんでしょ」 れおんは目を大きくして黙った。 数秒の沈黙のあと、ため息をついた。 「涼は賢いな」 れおんは窓の外を見た。 雲ひとつない空は変わりない。 陽が少しだけ傾いているが突き抜けるように暑そうなのは変わりない。 「死のうとしたところに、死のうとした小学生がいて、こっちこそ気が削がれたよ」 「私も人助けしたってことね」 「そうだな」 「やっぱり、未来に何の希望も持てないわ。励ましていた人が死のうとしていたなんて。どうして?お金?」 「別に。お金に困っているとか、そんなんじゃない。仕事でな、この辺りの客先から帰るところだったんだ。ブラック企業ってほどじゃないんだ。でも仕事が忙しくて、働いてるか寝るかしかしてなくて、俺、生きてる意味あるのかなって。ごめん、小学生に何話してるんだろうな」 れおんは、はらはらと涙を流した。 涼は、成人男性が泣くのを初めて見たのでどうしたらいいのか分からずうろたえた。 「死にたいとか、そんな強い気持ちじゃないんだ。でも、もうよく分からなくて。細い一本道をずっと歩いていて、進むしかないんだ。逃げ道も分かれ道ももう分からない。ことごとく仕事に時間と体力を奪われて。涼、最初に涼は気がそれただけだと言ったけどそれはその通りだろう。一度自殺を考える人間は人生で何度でもそういう考えが頭を過ぎる。俺がそうだ」 涼は何か気の利いたことを言おうとしたが何も思いつかなかった。 「それでも死なないんだよ。死のう死のうと思うのと実際に死ぬのは全然違う。それだけは覚えておくんだ。俺たち生きている人間と、自殺した人間の違いはそこだ。何度も電車に飛び込もうと思ってもできないんだよ。それが、俺たちが生きている理由。生かされている理由だ」
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