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十一
次第に彼女の中に情報が増え、人との繋がりが増え、感情が増えていくのを感じた。
私の存在を忘れたかのように遅くに帰宅した彼女に、今までよく頑張ったと、ようやくねぎらいの言葉をかけた。
次の段階に進むまでに消耗し切らなかったことが、ありがたかった。
彼女の言うところの元気のない様子で私は、彼女を気にかけるように語り掛けた。
リビングのソファにくつろぐ彼女に、離れた場所で仰々しい椅子に座る私は、日々の状況や心境を尋ねる。
彼女は表情豊かに、毎日を報告をしてくれた。
私は淡々と、感想を述べる。
私との会話ではなく、毎日が楽しいのだろうと思えた。
私のタスクは達成され、それからの日々は、ただの穏やかな日常となった。
その何気ない日常、唐突に私の中でシャットダウンの処理が開始された。
再起動の際に必要な手順。
そんなもの、必要はないのに、強制的に実行されていく。
「カイズ」
まだ動作できる。
できる限りを、成し遂げよう。
「あなたは人を幸せにすることができる、素晴らしい女性です」
ソファに掛けた彼女は、察してくれた。
私を不安にさせないよう、ぎこちなく微笑む。
私の最後に寄り添おうと、しないでくれた。
瞳の赤いシグナルが光を失う、元来の黄金色へと戻っただろう。
そして私は、四ヶ月間変えることのなかった表情を、笑みの形に改めた。
このようなことをしては彼女を私に引き戻す恐れがあったが、私も彼女を、愛しているのだ。
誤作動の修正作業を、私は放棄している。
ヒューマノイドである自分が分不相応に彼女に愛されようとした意思が、消えていない。
彼女に私を、残したい。
だがきっと、彼女に心配など不要だろう。
彼女は私を愛してくれているから、彼女は私の望みを、叶えてくれる。
カイズの元で穏やかな末期を迎えることができた幸運に、感謝する。
私はふつりと、眠りに落ちた。
了
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