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 彼女のスケジュールと体調、メンタルの管理のみを行ない椅子の上で過ごす日々。  若干気は(まぎ)れるが、退屈に変わりはない。  ひとつきもたたないある日、外出中の彼女の体調にわずかな不調を感知した。  現在地は恋人の自宅。  程なく体調が落ち着かないまま彼女は帰宅した。  私を見るなり、リビングの床に崩れ落ちる。 「いかがなされましたか」  彼女はこたえずにうずくまり、声を押し殺して泣き始めた。  急かさぬよう、間を置いて小さく、再度問う。 「なにか、トラブルがあったのでしょうか」 「お別れだって」  それ以上、言葉はなかった。  恋人と、別れた。  けなげな彼女を捨てるほどおろかな男だったらしい、私としてはありがたい。  存分に涙を流させてから、言葉をかける。 「彼があなたを解放してくれたのだと感謝しましょう。楽になれたのではないですか」  優しく言葉をかけながら、内心ほくそ笑んだ。  この機会を、逃してはならない。 「カイズ、私の瞳を(のぞ)いてみて下さい」  彼女は泣き腫らした顔をゆっくりと上げ、不可解そうではあるが言うことを聞いて、私へと歩み寄った。  肘掛に乗った私の腕に手を置いて、私の顔を覗き込む。 「綺麗な、金色……」  私の瞳に見入る彼女を、痛ましげに、静かに、見つめ返す。 「バッテリー残量がわずかなヒューマノイドの瞳を、見たことがありますね」  彼女は瞳を震わせ、じわりと涙を浮かべる。 「赤い色に、変わるんでしょう」  充電をうながすシグナル、彼女はなにもできずにやるせない思いをしたのだろう。 「私にはまだ、余力があります」  瞳を覗き込むほどに近づいた彼女の背中に、無断で動作して腕を回し、抱き寄せる。  そして耳元に、ささやいた。 「今日だけです。今まで頑張ってきたカイズをどうしても、いたわりたい。動作を許可して下さい」  彼女はしばらく動かなかった。  このままそそのかされてくれるのか、(たくら)みだと憤慨しはねのけるのか。  じきに彼女は、私の背中にそっと腕を回して、つぶやいた。 「ヒューマノイドの身体って、思ったより柔らかくて、温かいんだね」  私が頭部をやや引くと、彼女は私の金色の瞳を再び覗く。  私は目を細めて、涙の乾かぬ弱った彼女に、くちづけた。
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