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五
彼女のスケジュールと体調、メンタルの管理のみを行ない椅子の上で過ごす日々。
若干気は紛れるが、退屈に変わりはない。
ひとつきもたたないある日、外出中の彼女の体調にわずかな不調を感知した。
現在地は恋人の自宅。
程なく体調が落ち着かないまま彼女は帰宅した。
私を見るなり、リビングの床に崩れ落ちる。
「いかがなされましたか」
彼女はこたえずにうずくまり、声を押し殺して泣き始めた。
急かさぬよう、間を置いて小さく、再度問う。
「なにか、トラブルがあったのでしょうか」
「お別れだって」
それ以上、言葉はなかった。
恋人と、別れた。
けなげな彼女を捨てるほどおろかな男だったらしい、私としてはありがたい。
存分に涙を流させてから、言葉をかける。
「彼があなたを解放してくれたのだと感謝しましょう。楽になれたのではないですか」
優しく言葉をかけながら、内心ほくそ笑んだ。
この機会を、逃してはならない。
「カイズ、私の瞳を覗いてみて下さい」
彼女は泣き腫らした顔をゆっくりと上げ、不可解そうではあるが言うことを聞いて、私へと歩み寄った。
肘掛に乗った私の腕に手を置いて、私の顔を覗き込む。
「綺麗な、金色……」
私の瞳に見入る彼女を、痛ましげに、静かに、見つめ返す。
「バッテリー残量がわずかなヒューマノイドの瞳を、見たことがありますね」
彼女は瞳を震わせ、じわりと涙を浮かべる。
「赤い色に、変わるんでしょう」
充電をうながすシグナル、彼女はなにもできずにやるせない思いをしたのだろう。
「私にはまだ、余力があります」
瞳を覗き込むほどに近づいた彼女の背中に、無断で動作して腕を回し、抱き寄せる。
そして耳元に、ささやいた。
「今日だけです。今まで頑張ってきたカイズをどうしても、いたわりたい。動作を許可して下さい」
彼女はしばらく動かなかった。
このままそそのかされてくれるのか、企みだと憤慨しはねのけるのか。
じきに彼女は、私の背中にそっと腕を回して、つぶやいた。
「ヒューマノイドの身体って、思ったより柔らかくて、温かいんだね」
私が頭部をやや引くと、彼女は私の金色の瞳を再び覗く。
私は目を細めて、涙の乾かぬ弱った彼女に、くちづけた。
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