226人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
2話(完)
「お、おいっ……ぅん、ッ!」
唇を塞がれ、すかさず口腔内に舌が侵入してくる。すぐに舌を絡め取られ、腰がぞわぞわとざわついた。
今まで感じたことのない感覚。
息ができない。
苦しい。
「ん――、っ、ふぅ、ん――!」
「っは、酒の味だな。つか、息くらい鼻でしろ」
「……っ」
「なに。その年で、誰ともこういうことしてこなかったわけ?」
「う、うるさっ――……ぅん!」
再び唇を塞がれ、口腔内を蹂躙される。動き回る舌は熱く、未知なる感触に解放されたい気持ちとは裏腹に、気持ちいいと感じてしまう自分がいる。
くちゅ、と唾液の音、自分の声ではないような甘い声。
頭のてっぺんから溶けそうだ。
「ふっ……はっ……」
「……キスだけで蕩けきってやがる」
髪をかき上げ、男は白シャツを脱いで上半身裸になった。
その仕草に、思わずどきっとした。
「俺に見惚れてるのはいいけど、今から犯される覚悟あるのか?」
くつくつと笑われ、頬にキスされる。そのまま唇は移動して、耳に優しく触れてきた。耳殻を食み、舌を這わせる。それはエスカレートして、耳の中にまで舌を入れられた。
「ん、あっ、みみ、っ、やめっ」
「はは……耳、弱いのか。つか、感じすぎ」
耳の中を舐められ、唾液の音が脳へダイレクトに伝わってくる。変な感覚に、下半身に集まっている熱がどうにかなりそうだ。
「酒呑んだわりには勃ってるな」
「ひっ……!」
「おー、硬くなった」
「や、やめっ……さわる、なっ」
「いや、無理だろ」
生地の上から手で弄られ、嫌々と頭を振る。
「こら、逃げんな」
「っ、あ、や……みみ、あっ」
耳と下半身を同時にいじめられ、身体の熱が燻る。下着の中が窮屈なのが嫌でもわかり、ぬちゅ、と先端が濡れているのも自覚できた。
男に好き勝手されるも、抵抗できない自分が悔しい。
「あう、っ」
「パンパンだな。脱がしてやらないと可哀想だ」
なんて言いながら、男は下着と一緒にズボンを脱がせた。下半身だけ丸裸にされてしまい、一気に顔が熱くなる。
「オプションで、靴下はそのままな」
「~~っ」
なにがオプションだ、と文句を言いたい。
だが、そんなことを言える余裕なんて正直なかった。
「元気に反ってる、反ってる。たく、先っぽからだらだら零しやがって」
指で勃起している性器を軽くビンタされ、鈴口から蜜がとぷりと零れた。
「んっ」
「へー、触られるの期待したか?」
「ち、ちがっ……んあ、あっ」
「ほら、弄るともっと溢れてくる」
「あ、あ、あっ」
ぬち、ぬちと亀頭を責められる。与えられる快感に、びくびくと素直に身体が反応する。
自然と腰までも動いてしまう。
「どうだ? 人の手で触れられるのは気持ちいいだろ?」
「っふ、きもち、く……あ、ないっ……」
「なに言ってんだ。身体は嬉しそうだけどな」
「あんた、が、触るから……だっ、んぁ、ッ」
くびれた箇所を指の腹で抉られ、声が上ずる。弱い場所を何度も弄られれば、快感が一気に駆け上がる。
「は、あっ、あ」
「びくびくしてるな。……ほら、達けよ」
「っう、あ、あっ……――ッ」
竿を思い切り扱かれ、亀頭を掌で擦られれば、あとは襲いかかってくる熱に任せるだけ。びゅ、びゅく、と男の手の中に熱を吐き出すも、最後の一滴まで出すように、腰がびくびくと動く。唇を魚のようにはくはくとさせ、潤んだ瞳に上気した顔を男に晒す。
息は絶え絶え、熱を放出した身体は弛緩している。
「それなりに出たじゃねーか」
「っは……は、……ぁ、は……」
「そんなに、俺の手が気持ちよかったか?」
男の言葉に反論しようにも、頭が正常に働かない。
でも、自分で自慰をするときと、無理矢理とはいえど人の手で触れられることで得られる快楽がこんなにも違うのだということに、今回のことでわかってしまった。
否、わかっていたはずだ。
「あ。おい、てめ、なに勝手に寝て――……ったく……」
だが、これ以上なにも考えることをしたくない。
「――……すぅ……、……」
目が覚めたとき、お尻が悲惨なことになっていなければいいなと思いながらも、意識はいつの間にか遠のいていった。
微妙な頭痛で目が覚めた。視界に入った天井は見慣れているはずなのに、部屋の空気が違うことに気づいた。
引っ越し祝いにと、同僚である彼の奢りで酒をたくさん呑み、タクシーでマンションまで送ってもらったことは覚えている。
そのあとの記憶が曖昧だ。
「……んー」
上半身だけ起こす。
まず、寝ていたベッドが違う。知らないベッドだ。
それに、部屋にある家具も自分のものではない。
今、自分の状況は、服は着ているものの、下はなにも穿いていないということが脚に触れるシーツの感触でわかる。
そして、なにより下半身が鈍い。
「……マジか」
掛布団をそっと捲ってみる。下腹部に付着している乾いたものが、いったいなにをしてしまったのか物語っている。
だが、お尻は痛くない。
いやいや、違う。待て。そうじゃない。
隣に、自分以外の重みをさっきから感じていた。
恐る恐る視線を移せば、そこには気持ちよさそうにして寝ている男の姿。掛布団から覗く肩を見れば、上半身裸なのか全裸なのか想像はしたくないが、むかつくほど整った顔をしている。
寝顔がこれだと、起きたときの顔はもっと端整な顔をしているのだろうなと悪態をついた。
それよりも――。
「なんで……」
こうなってしまったのだろう。
ひとまず、ベッド脇に脱ぎ捨てられている下着とズボンを穿き、起こさないよう慌てて男の家を出た。帰ってきた場所は、引っ越しをしてきたマンションで間違えなかった。玄関横にある部屋番号のプレートを確認すると、見事にひとつ隣だ。
酔っ払った挙句、自分の家を間違えたのかと反省する。
(奢りとしても、今度からペース考えよう……)
今日が日曜でよかったと安堵したい気持ちもあるが、下半身の鈍さに色々と確認したいことがあった。
あの男と間違えて寝てしまったのか。
下半身丸裸までくると、なにかが起きてもおかしくはない。 本当の自分の家である玄関を開け、中に入って急いで鍵を閉めた。
玄関先に荷物を置き、バスルームへと駆け込む。
衣服を脱ぎ捨て全裸になり、ハンドルを回してシャワーを浴びた。
「はぁ……」
果たして、どうなのだろうか。
唾を飲み込み、シャワーを頭から浴びたまま、緊張しながら片手を背後に回した。臀部に指先が触れると、それだけで身体が固まってしまう。
(いやいやいや、確かめるだけだ!)
アナニーをするわけではないのだ。
意を決して、中指を滑らせてみる。
「う……」
反射的に目を瞑ってしまう。
指の腹で縁をなぞれば、切れている感じはしない。
それに、挿れられたかどうかだが、蕾は固く閉ざされている。
「はぁ――――……」
貞操は免れた。下腹部の乾いた体液のことを考えれば、恐らく抜かれただけなのだろうけれども、あの男に食われてなかったという結果だけでも安心してしまい、その場で座り込んでしまった。
今日からまた一週間のはじまりだと思うと、気が重い。
いつものようにスーツを着て、会社へと出社する。先に出勤していた彼が「おはよう」と挨拶をして近づいてきた。
「あれから、きちんと帰れたか?」
「あ、あー……」
「なんだ? はっきりしないな」
「いや、別に……きちんと帰ったぞ」
「ならよかった」
彼のことだ。こんな出来事が起こっていた、なんて言えば、確実に質問攻めになっていただろう。
「それより、今日はなにかあるのか?」
朝礼前だと言うのに、珍しく朝からざわついている。
「先週の金曜に言ってたこと、覚えてないのかよ。ほら、年に一度、社長が挨拶しに朝礼参加するって」
「そんなこと言ってたような……」
「んで、来年息子に社長を引き継がせたいから、息子も一緒なんだってよ。早いうちに引き継いでおきたいんだと」
「へー」
「なんでも、若くてイケメンって噂だぞ」
「そうなのか」
イケメンと言われると、先日の男を思い出す。
隣人とはいえ、もう顔を合わせることもないだろうけれども。
「お、そろそろだな」
朝礼の時間になれば、全員が立ち上がった。
今日の連絡事項などを伝えられたあと、最後に「先週もお伝えした通り――」と、朝礼の様子を見ていた社長が全員の前に出てきた。
「おはようございます」
朝の挨拶からはじまり、社長の言葉が述べられる。
お偉いさんを目の前にして、「眠たい」なんて思ってはいけない。
でも、眠たい。
聞いているふりをして、目線だけ下にやる。
「――それで、今年度までは私が社長ではありますが、来年度からは息子に社長を引き継いでもらいます。そのため、色々と勉強も兼ねて社内で見かけることも多くなるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。では、次期社長である息子を紹介致します。前へ」
次期社長がどんな人なのか気にはなるが、下げた視線はそう簡単には上がらない。前に登場してきたのか、女性社員の小さな黄色い声が耳に入ってくるのだから、噂通りイケメンなのだろう。
「おはようございます」
あれ、この声どこかで――自然と目線が上がった。
ブランドスーツなのか自分ではよくわからないが、きっちりとスーツを着こなして堂々としている様は、とても輝かしく見える。
堅苦しくない程度に黒髪は流しており、爽やかさを感じさせた。
「――来年度に向けて、この一年みっちり勉強させて頂きます。今後ともよろしくお願い致します」
観察していると、挨拶が終わった男が自分に気づき、目を思い切り見開いていた。
そしてすぐに、ふっと笑みを零す。
――見つけた、とでも言うように。
(まさか)
その、まさかだろうか。
なにかの間違いではないだろうかと思案させるも、男は逃さないという風にずっと見続けてくる。
(やめろ。やめてくれ。見ないでくれ!)
なのに、男から目が離せない。
背筋に嫌な汗が流れているように感じる。
「それでは、私たちはこれで失礼します。お仕事、頑張ってください」
挨拶も終わり、社長たちが出て行こうとする。社長の後ろについて歩く男は、口角を上げてどこか楽しげだ。
あのときの男が、仕事先の社長の息子で、次期社長だなんて聞いていない。顔も知らないのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが――。
「おい、朝礼終わったぞ」
「あ、ああ」
「朝からどうした? 引っ越しの疲れが残ってるのか?」
「そう、かもな。はは……」
誰か、夢だと言ってくれ。
引っ越しをして新しく環境を変えた瞬間に、色んなことが起こりすぎている。
今日ばかりは、いつもしない小さなミスを何度も仕事中にやってしまい、下手すれば壁にぶつかってしまったりと、普段では見られない様子に周囲からとても心配されてしまった。
定時になった瞬間、みんなから「残業せずに帰ってください」と荷物ごと放り出された。月曜日はなにかと忙しいのだから、少しでも仕事の量を減らそうと考えていたのにこれだ。
だが、残業しても仕事どころではなかっただろう。
「……不安でしかない」
どこかに寄ることもなく、ゆっくりマンションへと帰宅する。
変哲もない日常を少しでも変えたくて引っ越しをしたはずなのに、こんなに起きるなんて思わなかった。
エントランスを潜り、いつも通りエレベーターで家の階を押す。
重たい空気が自分の周りに纏わりついているのが嫌でもわかってしまい、朝と同様、視線が下を向く。下を向いたまま廊下を歩いていると、「よう」と声をかけられた。
――この声……。
バッと顔を上げれば、家の玄関に寄りかかっている例の男がいた。それ以前に、帰宅するまでそこで待っていたのだろうか。
「な、なにか用ですか」
「用がなければ、声をかけては駄目ってか」
「……用がなければ、俺はこれで」
男から視線を外し、鞄から鍵を取り出す。
早く、家の中に入ろう。そう思って、鍵穴に鍵を差し込もうとした瞬間、手首を掴まれた。
「あ……」
持っていた鍵が落ちるのと同時に、玄関に身体を押しつけられた。背中に痛みが少しだけ走り、眉を顰める。
「ちょ、なにしてっ」
「まさか、あの場所にあんたがいるって思わなかった」
耳元で囁かれ、覚えてもいないはずの感覚が身体を呼び起こそうとする。
「……っ。俺だって、お前が次期社長って聞いてない」
「訊かれてもないからな」
「……っ」
「達くだけ達って、先に寝るなんてはじめてだぞ」
――この酔っ払い。
そう言われてしまっては、なにも言い返せない。
酔っ払い、自分の家と間違えてしまったのだから。
「あんたがいるなら、次期社長も悪くない」
「は……嫌々社長を引き継ぐならしなければいい」
悪いのはこっちだが、なんだか苛々してきた。
「そんなんだと周りが迷惑する」
「それなりに言うんだな。……決めた」
「なにが」
「次期社長になることは、元々俺が決めていたことだ。あとはその成果をしっかり見てもらって、そしてあんたの処女を貰う」
「は……はあああっ!?」
なにが、決めた、だ。
「おっさん言う割には可愛かったぞ」
「っ、もう関係ないだろ」
「俺には関係ある。絶対、あんたに俺のをぶち込む」
なんだ、これ。
次期社長になろうとしている男に口説かれながらも、頭はとても混乱していた。
「つーわけで、逃げるなよ」
「ぅん!?」
あっという間に唇を奪われてしまった。
マンションの廊下で、いつ人が通るかもわからない場所で。
「色々と楽しみだ」
「いや……は?」
「あ。もし逃げたときは、捕まえて、あのとき以上のことしてやるから覚悟しろよ」
あのとき以上のこと、と言われても、処女を奪われること以外思いつかない。
それだと、逃げられないじゃないか。
なにがよくて、三十路を過ぎた自分を捕まえようとするのか――と考えても、脳はすでに疲れている。
それに、引っ越したばかりで新たに引っ越すこともできなければ、転職するのも面倒くさい。
(引っ越しするの、早まっただろうか)
後悔しても後の祭り。
そして、安心していた貞操は、再び危機に瀕しようとしていた。
これから、仕事も私生活もどうなってしまうのか。
もう一度言う。
この先、不安でしかない。
終わり
最初のコメントを投稿しよう!