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× × ×
「美雪」
「どうしたの、幸知」
「傷、増えてる」
「転んだのよ」
「嘘」
「嘘じゃないわ。ほんとに転んだの」
「……み、ゆき」
「! もう、なんで泣くのよ……」
「だって、美雪」
「私なら大丈夫。平気だから」
「でも……」
「こんなの、全然痛くないわ」
痛くない、大丈夫、平気。私が泣いていると、幸知はもっと泣いてしまうから。
「だから、泣かないで」
それは本当に、幸知に向けたものだったのか。
× × ×
目が覚めると、じっとりと汗をかいていた。加えて身体が重い。全身に墨でも塗りたくられたような感覚。なんだろう、言葉にしづらいけれど、ひどく嫌な夢を見た気がする。
妙な倦怠感を覚えながらも布団を捲って起き上がると、冷房特有の冷たい風が肌を撫でた。汗ばんだ体には少し寒い。
「起きたか」
幸也は座椅子で本を読んでいた。最近買ったばかりの座椅子を、幸也は大変気に入っている。座り心地のよさが異常だと絶賛していたのも記憶に新しい。
「ゆき」
幸也、と、いつものように呼ぼうとして、予想だにしない勢いで咳き込んでしまった。げほげほと咽ぶ私の背を、幸也は優しく擦ってくれる。
「無理するなよ。風邪引いてるんだから」
「か、ぜ?」
「すげえ熱だぞお前」
言われてみると喉が痛いし、先程から身体が重かったのもそのせいか。でも腑に落ちない。座敷童子になってから風邪を引く、というのは初めての経験だった。こうなってはもう、普通の人間との境界線がわからない。
「お粥作ったけどどうする?」
ふわっと香るご飯と卵の匂い。料理が上手くないと自虐的に語る幸也だけど、凝ったものでなければ易々と作る。少なくとも、私は幸也が作ってくれるご飯が好きだ。優しくて温かくて、ぽかぽかする。
「たべる」
「食べさせてやろうか」
「子ども扱いしないで…」
「いや、病人扱いなんだが」
がらがら声で話す私に、幸也はいつもと変わらずマイペース。何故だかそれが嬉しかった。
立ち上がろうとしたけど上手く力が入らない。というか関節が非常に痛い。久しく忘れていた急性上気道炎の感覚に身体が追い付かない。
結局立つこともままならず、諦めてそのまま後ろに倒れるように敷布団へ身を任す。
「幸?」
「あとで食べるわ…」
「そうか」
布団を掛けに来てくれた幸也は、「ゆっくり休めよ」と、座椅子を私の横へと運んでそこへ座った。また本を読み始める。目を閉じれば二人分の息遣いと本を捲る音だけが耳へと届く。
誰かに看病してもらうというのは初めてだ。
そんなことに喜びを感じながら、私の意識は再び溶けていった。
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