8709人が本棚に入れています
本棚に追加
/209ページ
「い、いえ、その……なんだかとても、神秘的な美しい方でしたね」
まるで異世界の住人が、次元を超えてやってきたようだ。
「彼はよく来られるんですか?」
私がそう尋ねると、ホームズさんは素っ気なく顔を背ける。
「そうですね、憑きものが持ち込まれることは、滅多にありませんから、本当に時々です」
「憑きもの……」
それは、『怪しいもの』という言い方よりもさらに禍々しさを感じて、私の顔は強張った。
「ですが、今度は葵さんのいない時に来てもらうことにします」
最後は独り言のように洩らすホームズさんに、
「えっ、ど、どうしてですか?」
私が戸惑い声を上ずらせると、ホームズさんは拍子抜けしたような表情で、やれやれ、と肩をすくめた。
「いえ、なんでもありません。それより、そろそろ行かなくては」
ホームズさんは、カウンターの上のノートパソコンを閉じてバッグの中に入れる。
時計を確認すると、出社時間が近付いていた。
「あ、はい。行ってらっしゃい、ホームズさん」
微笑んで手を振ると、彼は「あかん」と手で顔を覆う。
「えっ、なにがですか?」
「すみません、新婚さんっぽいなと思ってしまいまして」
と、ホームズさんは、私を見下ろしながら、照れたように嬉しそうに、はにかんだ。
「っ!」
「おおきに、行ってきます、葵」
そっとこめかみにキスをして、ホームズさんはそのまま『蔵』を出て行く。
私の頬が、自分で分かるほどに熱い。
きっと、顔は真っ赤だろう。
「『あかん』は、どっちですか……」
静かな店内に、私の洩れ出た声が響いた、それは平和なひと時。
掌編『拝み屋さんと鑑定士』
~Fin~
最初のコメントを投稿しよう!