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「だ、誰がそんな……私は洸一兄さんを突き飛ばしたりしないわよ」
目を泳がせる良子に、清貴はひとつ息をつき、
「ここで、決定的な嘘をついていた方に、事情を訊きたいと思います」
そう言った清貴に、皆は目を瞬かせた。
「決定的な嘘って、誰が?」
「やっぱり、洸一兄さん、記憶喪失だなんて嘘を?」
「私が記憶を失っているのは嘘じゃない!」
「嘘をついているのは、土橋さんじゃないの?」
皆がざわめいていると、壁際に立つ円生が、くっ、と笑い、
「嘘ついてるのは、そのストーカーやろ」
冷ややかな目で浩二を見据えた。
小松は「えっ」と驚いて、確認するように清貴の方を向く。
清貴に否定する様子はなかった。
「浩二が?」
戸惑いの表情を向ける洸一に、浩二はうんざりしたような顔をする。
「嘘なんてついてない。俺が舞妓に付き纏っていたのは認めるよ。それは自分の一方的な恋心をこじらせたものだ。だからといって兄さんの件まで……自分の証言まで嘘だと決めつけられたくない」
「そうよ、浩二兄さんは、誰かを想って、その度が過ぎてしまったとしても、嘘をつくような人じゃないわ」
「え、ええ、本当に」
浩二をかばう良子と夕花に、円生はもう話す気はなくなったようで横を向いて欠伸をしていた。
小松はそんな円生を横目に、『自由人かよ』と顔を引きつらせる。
「――では、たしかめてみましょうか?」
鋭い眼差しでそう言った清貴に、たしかめる? と皆は訝しげな様子を見せる。
「ああ、洸一さん、その前にお願いがあるんですが」
と、清貴は、洸一に何か耳打ちしたあと、今度は隅に座っていた利休に話しかけた。
利休はこくりと頷いて、部屋を出て行った。
何か取りに行ったのだろうか?
小松がなんとなくそんなことを思っていると、
「では、皆さん、庭に出てもらえますか?」
そう言う清貴に、皆は戸惑いながらも、重々しく腰を上げて、庭へと出た。
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