8897人が本棚に入れています
本棚に追加
「夕花が⁉ そんなまさか……」
洸一が狼狽えるも、他の家族たちは、驚きというよりも弱ったような表情を見せている。
どうやら、他の皆は真相を知っていて、黙認していたようだ。
夕花は焦る素振りでもなく、そっと頷いた。
「ええ、私が、浩二さんにお願いしました」
「洸一さんの命を奪うように、ですか?」
すると夕花は、首を横に振る。
「いえ、主人に『自分は命を狙われている、と思わせてほしい』とお願いしていました。殺すつもりなんてありませんでした」
「ホームで背中を押したり、夜道、車やバイクで襲っては、死んでしまう可能性もあったのでは?」
清貴の問いに、浩二が肩をすくめる。
「ホームで背中を押したのも、絶対に落ちない位置からで、もし本当に落ちそうになったら俺が助けるつもりだったし、夜道に車やバイクでヒヤッとさせたけど、絶対に当てないようにしたよ。運動神経と運転技術には自信があるんだ」
当の洸一には、そんな浩二の言葉が耳に入っていないようで、動揺しながら夕花の両肩をつかんだ。
「夕花、どうして、そんなことを?」
夕花は目を合わさずに、そっと口を開く。
「それはね、あなたが当時、私以外の女の人に熱を上げていたからなのよ」
静かに、それでも強い口調で告げた夕花に、洸一は動きを止めた。
呆然としている洸一の様子を見て、夕花は力なく笑う。
「……あなたは、本当に記憶を失っていたのね。もしかしたら記憶喪失の振りをしているのかもしれないと思っていたのよ。それならそれで、良いと思ってた」
話を聞いていた小松は、堪えきれなくなって一歩前に出る。
「なあ、どうして洸一さんに、『命を狙われている』と思わせたかったんだよ?」
「主人が熱を上げていたのは、祇園でも人気の芸妓でした。当時の私は、二人の恋は一時の熱情だろうから目を瞑ろうと思っていました。主人は家のために仕方なく私と結婚したんです。だから他の女性に恋するのは仕方ないとも思ってました……きっと、そのうちに恋も冷めてくれるだろうから、それを待とうと思っていたんです」
夕花は小さく息をついて、話を続ける。
「けれど二人の仲は進展していく一方で……不安になった私は、主人に怖い思いをしてもらおうと思い、浩二さんにお願いしました。『人気の芸妓と良い仲になったら、他の男たちの嫉妬心を買って、面倒なことになるんだ』と思わせようと思ったんです。早く……目を醒ましてほしかったんです」
夕花は、苦々しい表情で、目を伏せる。
「夕花……」
「だけど、駄目でした。主人と彼女は一時の気の迷いではなく、本気になってしまったんです。夫が恋した女性は、そちらの女将、綾香さんのところの芸妓でした」
と、夕花は、綾香に視線を移す。
最初のコメントを投稿しよう!