緋炎の武将

4/21
前へ
/21ページ
次へ
「殿、ますます風が強くなって参りましたな。」 火月が、追い風を受けて進み始めた平家の船を見て、嬉々として言った。 「屋島の入江は、岸に近づくほど海が狭まる。進みが早すぎれば、船がひしめき、身動きが取れなくなる。」 忠度は、岸に向かって疾走する船を物憂げに見つめた。 「戦において無能とうたわれる宗盛殿も、さすがに入江が狭いことは御存じのはず。先鋒には技量のある舵手がいましょうぞ。」 火月は、殿の憂いを振り払おうと明るい調子で言った。 「だと良いのだが。宮中にて長年、政ばかりに携わっていた御方だ。戦の経験はほとんどない。実戦のない者が立てた戦法など、全く信用できぬ。」 忠度は深く嘆息した。 「義経(よしつね)は奇策を弄す。」 「そうですな。かの義経は、幼い時に源氏に捨てられ、京都の鞍馬寺で昼も夜も武術の鍛錬に明け暮れたと聞きまする。」 「いかにも。鞍馬寺の大天狗、僧上坊は、義経に剣や弓の稽古をつけ、義経が鞍馬寺を去る際には、風の加護を授けたという。」 「剣を一振りすれば、その風圧で数十の敵の首が飛ぶとか……凄まじい威力ですな。」 火月が、唸った。 「その上、僧上坊は、古今東西、あらゆる兵法書を義経に授けたらしい。義経の奇想天外な戦術は、それらの兵法書を基にしたものであり、決して的外れな戦術ではない。」 「確かに、義経は連戦連勝を重ねていまする。此度も侮れませぬ。」 「ああ。義経は必ず仕掛けてくる。」 「岸辺の騎馬隊の陣形に、今のところ変わった様子は見られませぬ。」 「義経は、神出鬼没の武将。何を仕掛けてくるか分からぬ。」 「ただちに義経を討ち取りに行くぞ。弓に秀でた者を四百揃えよ。」 「御意っ!!」 火月は、サッと(きびす)を返すと、精鋭を集めにかかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加