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「殿、ますます風が強くなって参りましたな。」
火月が、追い風を受けて進み始めた平家の船を見て、嬉々として言った。
「屋島の入江は、岸に近づくほど海が狭まる。進みが早すぎれば、船がひしめき、身動きが取れなくなる。」
忠度は、岸に向かって疾走する船を物憂げに見つめた。
「戦において無能とうたわれる宗盛殿も、さすがに入江が狭いことは御存じのはず。先鋒には技量のある舵手がいましょうぞ。」
火月は、殿の憂いを振り払おうと明るい調子で言った。
「だと良いのだが。宮中にて長年、政ばかりに携わっていた御方だ。戦の経験はほとんどない。実戦のない者が立てた戦法など、全く信用できぬ。」
忠度は深く嘆息した。
「義経は奇策を弄す。」
「そうですな。かの義経は、幼い時に源氏に捨てられ、京都の鞍馬寺で昼も夜も武術の鍛錬に明け暮れたと聞きまする。」
「いかにも。鞍馬寺の大天狗、僧上坊は、義経に剣や弓の稽古をつけ、義経が鞍馬寺を去る際には、風の加護を授けたという。」
「剣を一振りすれば、その風圧で数十の敵の首が飛ぶとか……凄まじい威力ですな。」
火月が、唸った。
「その上、僧上坊は、古今東西、あらゆる兵法書を義経に授けたらしい。義経の奇想天外な戦術は、それらの兵法書を基にしたものであり、決して的外れな戦術ではない。」
「確かに、義経は連戦連勝を重ねていまする。此度も侮れませぬ。」
「ああ。義経は必ず仕掛けてくる。」
「岸辺の騎馬隊の陣形に、今のところ変わった様子は見られませぬ。」
「義経は、神出鬼没の武将。何を仕掛けてくるか分からぬ。」
「ただちに義経を討ち取りに行くぞ。弓に秀でた者を四百揃えよ。」
「御意っ!!」
火月は、サッと踵を返すと、精鋭を集めにかかった。
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