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第 二 章 5
「悠真、かわされんなよ!!」
あたしはコースに体を乗り出し、【L1】と表示されたサインボードを掲げながら声を張り上げた。
目前を、レーシングバイクが疾風の如く駆け抜け、1コーナー三十路へ飛び込んでいく。
「悠ちゃぁあん! がんばれぇえ!」
すぐ隣で、ヘルパーの舞ちゃんも声を張り上げる。
悠真は、あきらかにプッシュされていた。コーナー進入のたびに2番手、ゼッケン47のバイクが鼻先をインに突っ込んでくるのを、かろうじて抑えこんでる。
あたしの心臓は飛び跳ねっぱなしだった。優勝をかけた大詰めの限界走行。一瞬のミスで転倒に至る。見ていてとんでもなくハラハラする。肩に力が入り、拳を堅くする。
悠真はどうにかトップを死守したまま、最終コーナーへのアプローチに入る。
あたしの、いや、サーキットにいる全員の視線が、意識が、緊張が、最終コーナーに凝縮していく――最終コーナーの、ブレーキング勝負!
悠真がブレーキングに入った瞬間、観客がどよめいた。スリップから放たれたゼッケン47が明らかなスピード差で悠真のインに突き刺さって――無理だ、オーバースピード! しかし47は強烈なブレーキングでマシンを倒し込み、フロントタイヤが切れ込むのも構わず――うわっ、クリアしやがった!
ファイナルラップ、最終コーナーの大逆転、最悪のケース。でも悠真はあきらめてない。フィニッシュライン寸前でトップを奪い返す加速重視のラインに変えている。
最終コーナーの立ち上がり、ふたつのエクゾーストノートが高鳴る。
「――ぃや!」
舞ちゃんの声にならない悲鳴。観客の叫声が爆発するように膨れあがる。
悠真のリアタイヤが大きくスライド――あたしは叫んだ。
「堪えろぉ!!」
悠真は必死にバイクにしがみつき転倒は免れるも――チェッカーフラッグ。
あたしは思わず空を仰いだ。
「アクセル、焦るから!」
*
あーあぁ。もうちょっと愛想良くできないもんかね。
表彰台の二段目に立つ少女が、インタビュアーの質問に露骨に嫌な顔をしてみせた。
阿部悠真。あたしのチーム、レーシングチームモトムラに所属する女子高生レーサーだ。
悠真は6歳の時、両親に連れて行ったもらった日本GPで、世界最高峰の走りに大感激。バイクに乗りたいとモトムラの門を叩いた。
すぐにポケバイに乗り始め、小四からポケバイレースに参戦するようになり、チャンピオンシップで5連覇を達成。中三でミニバイクにステップアップして、やはりチャンピオンを獲得。通算6連覇。高一になった今年、ディフェンディングチャンピオンとして7連覇に挑む、名実ともにうちのエースだ。
表彰台3番手で苦笑いしているのは、悠真のチームメイトの川島久真。
悠真とほとんど変わらない小さな体。汗に濡れた長めの前髪をかき上げると、あどけなさの残る端正な顔が現れる。
悠真と久真は同じ歳、誕生日も数日違い。『真が悠久でありますように』って名前の由来まで同じくする筋金入りの幼なじみだ。
ふたりは同時にポケバイに乗り始め、今日までともに戦ってきた。
「改めてレースの結果を申し上げます! 三番手、レーシングチームモトムラ――」
クロージングのアナウンスが始まり、拍手がそこここから起こる。
「そして、見事3連勝を達成した、ハヤテプロレーシング、岩代幸佳選手でした!」
「みなさん、ありがとうございました!」
表彰台の頂点で、テレビCMにでも出てきそうな愛らしい少女が頭を深々と下げた。
今シーズンの開幕戦、関西から遠征してきた美少女レーサーは、後続をまったく寄せ付けない圧倒的な走りで優勝をさらった。第2戦も征し、そして今日のレースも悠真を破り、3連勝を達成した。
その可愛らしい見た目からは想像もつかないアグレッシブな走りが魅力になって、今や、このHRCミニバイク選手権の時の人だ。
何年に一度の天才、なんて言葉があるけど、彼女は才能はまさにそれだ。彼女なら史上初の女性MotoGPレーサーになれるんじゃないか。それほどの可能性を感じる。そして、天は二物を与えずのことわざを嘲笑うような愛らしい容姿。そのスター性。
彼女には、MotoGPで、世界で活躍する才能のすべてが備わっている。
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