第 三 章 6

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第 三 章 6

「舞ちゃん、寝ちゃって」  あたしは運転席から、助手席で船を()いでいる舞ちゃんに声をかけた。 「いえ、大丈夫れす」  肩をビクリとさせ、頭を振って髪をパタパタさせる。でも舞ちゃん、呂律(ろれつ)が回ってないよ。 「いいって。ほんとは寝ちゃいけない若干二名が、盛大に寝てんだから」  後部座席で久真が、ルーフベッドで悠真が寝息を立てている。  鈴鹿を出発して三時間弱。静岡IC(インター・チェンジ)の手前まで来た。これで半分ってとこか。 「ありがとうね。舞ちゃんがいてくれて、本当に助かってる」  掛け値なしの本音だった。舞ちゃんがいなかったら今頃あたし、グロッキーだ。鈴鹿までヘルパーとして付き合ってくれる友達は、本当に貴重なんだ。 「いえ、ほんと、私がやりたくてやってるだけですから」  舞ちゃんはお父さんの影響で、今時めずらしくバイクレースファン。小学校で悠真と出会って以来、ヘルパーとして悠真のレース活動を支えてくれている。 「将来の、敏腕(びんわん)マネージャーだもんね」 「はい」  弾んだ返事に、助手席の笑顔が目に浮かぶようだった。  MotoGPレーサーには有能なマネージャーがついている。将来、悠真が世界に出た時にマネージャーとして帯同するのが舞ちゃんの夢だ。  帰りの車内で、舞ちゃんはこうしてあたしの話し相手になってくれていた。しゃべってると睡魔と戦わずに済むし、遊園地での悠真の様子も知ることができた。  悠真は終始不機嫌にしていたらしいが、どことなく元気がなくて、あたしばかり浮かれちゃって悠ちゃんに申し訳なくて、と舞ちゃんは恐縮していた。そんなことまで気にしてくれて、あたしが恐縮してしまったが―― 「ん? なんで舞ちゃんが浮かれるの?」 「あ、あの…………鈴鹿の遊園地初めてで、すごく楽しくて……だから……」 「ごめん、あたし変なこと訊いちゃった?」  舞ちゃんに顔を向けると、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いていた。  ――あ。  あたし、色恋沙汰はやっぱ駄目だわ……。  謝るのも変だし、微妙な空気のまま、お互い黙ったままでいると、 「海さん。親友を好きな人を好きになってしまったら、どうしたらいいと思いますか?」  沈痛な声で、舞ちゃんが言った。  哲求くんか。  彼はしっかり挨拶するし、バカをやってみんなを楽しませる。そんな少年だ。  苦しい片思いだけど、久真じゃなくてよかった。三角関係の相談なんて、あたしじゃ間違いなく力不足。いや、何角だろうと荷が重い。 「ごめん舞ちゃん。あたしさ……その手の話はてんで駄目なのよ」 「私こそ変なこと言ってすみません。……でも、そうなんですか。海さんモテそうです」 「あはは」あたしは乾いた笑い声をあげる「足閉じて、黙って座ってればモテるって、たまに言われる」  中高生の頃、確かにあたしはモテた。ただし女子から。
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