1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
ナナフシですよ。やめて、摘まないで、見せないで。ぎゃあぎゃあとオーバーに騒ぐ私の声はたいそう青かったろう。緑の多いキャンパスです、と名乗っているだけあって、夏の大学の校舎の、打ちっ放しコンクリートの壁には、なんだかわからんものばかり張り付いていていて、空のてっぺんまで登った黄色いお日様は、そういうわけのわからん小さな怪物と、私たちとを分け隔てなく照らしていた。そして汗は、だらだらと、額から頬を伝って、首を流れ、紺のポロシャツをじっとりと濡らしていたし、スカートは太ももに貼り付いて鬱陶しい。 暑いね。そうですね。くい、彼は黒い縁の、フレームには2000円もかかっていないんだろうな、と思わせる眼鏡をくい、とあげた。蝉の音の濁流の中を、あっぷあっぷともがくように、灰色の壁の落とす影にもたれるように歩く。 一体何の、そう呟く彼に怪訝な目を向けると、いえ、と口ごもる。影の切れ目、白い光の波打ち際で一旦立ち止まって深呼吸した。あ、声が重なった。繁りすぎた葉が、ざわ、風に揺れるのが視界の端に映る。ふりかえって、私に目に飛び込んできた色に、何かが緩むのがわかった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!