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番外編 三萩と過去
初めて性別検査でΩだと診断されたのは、小学生の頃。
『毎日飲みなさい』と言われ手渡された欲制剤は、子供ながらに高価な薬だと分かっていた…
飲むことで発情期を押さえられる。
薬が効けばβと変わらない生活が送れる
何も心配することはない。
コップに注がれた水と共に、薬が喉を通りすぎた瞬間…
込み上げる強い吐き気とゾッと凍りつくような寒気が背筋を伝い、耐えられずトイレへ駆け込んだ。
その日食った物と一緒に全て吐き出し、それでも治まらない気持ち悪さに意識が遠退くのを感じながら…
ドアの外から聞こえた『…可哀想に』という声は───きっと
苦しげに咳き込む今の姿を哀れんでいるのではなく、俺の未来を案じていたのだと
それに気付いたのは高校に入学し、発情期を迎えた時だった…ような気がする
Ωの処女なんて儚いものだ
初めて抱かれたのは誰だったか
助けを求めた先生か?
よく吊るんでいた悪友か?
はたまた顔さえ知らない赤の他人か?
ちなみに…その悪友だった奴は、知らないうちに親友からセフレになっていた。
…誰もが、俺がΩだと分かった時から少しずつ態度を変えていく。
軽蔑、哀れみ、欲情。
どれもこれもめんどくさいので、最初からΩを偽ることを止めた
薄っぺらい布団の上で熱い呼吸を繰り返し、力の入らない火照った体に汗を浮かべながら…
誰かに触れて欲しくて堪らない疼きに、三萩は枕元に置いてあったスマホへ手を伸ばした。
電話番号の連なりを眺め、いつの間にか増えている体が目的なだけの知り合いにため息をつく
学もなければ人に媚びる愛想のよさもない俺は、高校を卒業してからずっと同じ居酒屋の厨房で働いていた。
以前…
手伝いでジョッキを運んでいた際、客からΩだと気付かれ仕事が終わったらホテルに行かないかと誘われたことがある。
その時たまたま発情期が近かったのと、相手が決まっていなかったこともあり…好都合だと思い、男に片手を差し出し言った。
『連絡先よこせ、発情したら抱かせてやる』
…自分で巻いた種だが、それからというもの客に声を掛けられることが増えた。
何でも、発情期だったら誰にでも抱かせてくれるビッチなΩが働いていると噂がたったらしい。
うるせぇよ
誰がビッチだ
欲制剤が少しでも飲めたら…こんなことしてねぇ…
それでもスマホの中身も、やっていることも…淫乱なΩと変わりないのだから嫌になる。
小さく毒づき、誰に電話をすることもなく…暗くなっていた画面を手から落とした。
苦しい…
辛い
辛い
熱い
身体が熱い
抱いてほしい
抱かれたくない
…名前も知らない相手に、触られて喘ぐ自分が惨めでしょうがない…
それを分かっていて、快楽を求めようとするこの身体も…
「っくそ、…消えてぇ」
人が悲嘆に暮れているところ…
空気も読まず、玄関のドアを叩き付ける音が響いた。
驚いて顔を上げたが、すぐため息と共に布団へ沈めることとなる。
何ヵ月も前からこのボロアパートのチャイムは壊れていた。
それを知っていて尚且つこの乱暴なノックの仕方をする奴は一人しかいない。
そいつはヤクザの取り立てかと思うほど荒々しく叫んだ。
「千寿、いんだろ!早く開けろよ!じゃねぇと隣人に迷惑だぜ!」
てめぇが言うな。ほんとにうるせぇ…
「おい!千寿!」
「っ羽黒…うるせぇ!待ってろ」
泥に埋もれたような重い体をふらつきながら何とか持ち上げ、壁に手を付き騒がしい玄関へ向かった。
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