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雨瀬は知っていた。
俺がΩだと…
ずっと、必死になって隠してきた。
誰にも知られたくなかった。
βとして築いてきた全て。
大学の生活、今の関係を…
Ωだと気付かれた瞬間、
否定され、拒まれ…失うのが怖かったから
『…何もされてないな。シャツを破られただけか?』
その声は少し緊張し、張り積めている
問い詰めるように肩に手をおかれ、勝手に体が小さく跳ねた。
咄嗟に腕を上げ、その手を振りほどく
『ッ……分かって、たんだな…俺がΩだって』
掌で踊らされていた感覚が、苛立ちと同時に不安を煽った。
『…あぁ。だが、今まで確証はなかった…お前は偽るのが上手すぎる。
誰もΩだとは思わないだろうな』
それでも…
優秀なαの目は、誤魔化すことが出来なかった訳だ…
『…安心しろよ、誰にも言っていないし…言うつもりもない
冠馬のことも気にするな。
俺に、全部任せておけばいい』
『…何を企んでる。利己的なお前が、なぜ俺にそこまでする』
『そんなことないさ、俺はいつだってお前に優しいだろ?』
そう言って、雨瀬は乱れた咲兎の髪を掌でグッと撫で付ける。
嫌がって顔を背けたが、その白い肌は赤く色付き…細められた瞳が、熱っぽく涙の膜を張っていた。
『…気持ちいいか?』
『ッッッ……や、めろっ触るな』
否定の言葉を口にすると、震える手で雨瀬の手首を押さえる。
『雨瀬…冠馬とは自分で話を付ける。お前は、関わるな』
思っていなかった返事に眉を潜めた。
今の状況なら、Ωでなくとも喜んですがり付いてくるだろう…
『αの手を借りるのは不服か?』
『…彼奴が怖くて、お前に頼ったとは思われたくない…これは俺の問題だ』
どうしても…咲兎が、俺に靡くことはない。
『……っ助けて、くれたことは…感謝してる。だが、』
『…気にするな。お前がプライド高いことはよく知ってる
そこらの奴より扱いにくいことも…』
破れたシャツの隙間から見える、綺麗な肌に目を落とした。
穢れない白さが、αの本能を無自覚に煽っている。
咲兎は知らない…
その体はαのために誂えた、αに抱かれるために出来ていると
…なぜ、話したこともないはずの冠馬が…お前をΩだと疑ったか…
きっと咲兎は、バレてしまった自分を責めるだろう
だが…
臆病なこいつにΩだと認めさせ、信頼を確かにしながら近づくには、これが一番手っ取り早い方法だった
───床に散らばった強制発情剤
もっと強力な物にしても良かった…
冠馬なら飲ませるかと思ったが。
薬はあまり効いてないように見える
理性が強いからか、それとも…また、欲制剤の量を増やしたか?
一度、完全に発情した咲兎の姿を見てみたかったが…失敗した。
『雨瀬…?』
『……いや、お前が無事で良かった。
俺のジャージ貸してやる、それ着てろ』
『あぁ、悪い。…え?いや、でかいだろ』
『その姿で外に出る気か?いいから羽織ってろ』
『…』
鞄の中から取り出したジャージを手渡す。
反論することも出来ず受け取ると、仕方なく袖へ手を通した。
だが頭一つ分近くある身長差のせいで、袖口からは指先しか出てこない
丈が長く、肩回りもブカつく。
覆い被さるようなジャージに、その姿がいつもより小さく感じた。
袖を捲っている咲兎の肩を手に取り抱き寄せると、その鋭い瞳が真っ直ぐに見返してくる。
『…雨瀬。…誰にも、言うなよ』
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