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すっかり見慣れてしまった保健室。
入ったすぐに事務用のデスクが目に入り、部屋の奥ではベッドが二台、白いカーテンに仕切られている。
その手前には、大人一人が横になれるほどのソファーと小さなテーブルが置いてあった
ベットが埋まっていたら、このソファーも使えるのだろう。
…前に咲兎もここで寝ていた。
黒いソファーの背を撫でて、座席を覗き込む。
当然ながら誰もいない空白を見つめ、随分昔のことのように、咲兎を自分のモノにすると息巻いたその日を思い出した。
あの時はまだ…抱いて番にしてしまえば、それで全て手に入ると…軽く考えていた。
「良かった、誰もいないね。ここって保健の先生いるのかな?」
「…おい、本題って何だよ。まだ何かあるのか?」
「あぁ、実はさ…ずっと、気になってることがあって…」
急かすように問い詰めると、神戸は真剣な眼差しで要を見据える。
「…新伊君。キミさ、どうやって…あのお堅い先生を抱いたの」
「───は?」
「悔しいけど凄い気になる。キミがどうやって、あの人を丸め込んで犯したのか…。ちょっと強引だったんじゃない?強めに攻めないと先生逃げるでしょ」
「っ…何言って!くだらなッ…だ、誰が話すか!俺は戻る」
「待てって…αの本質は、支配欲と自尊心だよ。本当は先生を抱いたこと、滅茶苦茶自慢したいんじゃないの…可愛かった?」
「ッだから、そんなこと…」
「…ふーん、そっか。
なんだ…そんなでもなかったんだ」
なッ…!?
その言葉に、思わず神戸の肩を押さえ付けた。
分かってる、完全に乗せられている。
それでも、神戸が言っていることは確かに正しかった。
誰にも知られたくない、教えたくないと思う反面…
艶かしい白い肌や、僅かに怯えた揺れる瞳、快楽に耐える声…その全てを、俺がどれだけ魅力的なΩをこの手で抱いたのか言ってやりたくてならない。
「…んな訳ないだろ…やっと、触わらせてくれたんだ」
高まっていく感情を止めることが出来ず、肩を強ばらせ、手に力が入る。
緊張しているせいで…
保健室の前に立った人影が、後ろでドアをノックし…自分の名を呼ぶ声にさえ気が付かなかった。
「誰を抱いたと思ってんだ!可愛かったに決まってんだろ…息すんのも下手くそで、気持ちいいのに逃げようとしてっ…」
「あっ…新伊君、ちょっと…」
「必死に俺にしがみついて、受け入れながら俺に助けてって…それに!…んだよ、お前が聞きたいって言ったんだろ。いいから黙って…」
神戸は申し訳なさそうに人差し指を立てると、要の後ろを指差す。
「……え?」
嫌な予感に背筋を撫でられ、そろそろと振り返った…
いつの間に開かれていたドアの前に、愛しいその人を目にした瞬間…自分の浅はかな行動にサッ─と顔色を青くする。
「あっ…咲、兎…」
「…要、何を話してる…」
しまった───
「え、と…その…
恋人の、自慢を…」
「こッ……っ…お前、俺の醜態を晒して自慢とは、一体どういう了見だ」
「別に…醜態じゃないだろ。可愛かった」
「ッ…俺は、お前だから…っ許したんだ…」
小さくなっていく声に、後悔の思いが乗っていく。
違うんだ。
咲兎を抱いたのも、神戸の言葉に乗せられてしまったのも…その全てを愛していて、本当に、好きだからで…だからっ
「もういい…体調に問題がないなら、早く教室に戻れ。俺はプリントを持ってくる」
「えっ…!ちょっと待って、咲兎ッ」
こちらに背を向ける前に手を伸ばし、離れようとする腕を取った。
ドアを押し開け、逃げられないよう体を引き寄せる。
「…ッおい」
「職員室までだろ、俺も行く」
そして、あからさまに今の状況を楽しんでいる神戸を睨み付けた。
元はと言えばこいつのせいだ
こんなことで咲兎と喧嘩なんてしたくない。
「神戸…お前付いてくるなよ」
その言葉に、神戸は少し驚いたように目を丸くした。だがすぐ何かを察したみたいに頷くと、小さく笑みを浮かべる。
「…うん、ごゆっくりどうぞ」
要は神妙な面持ちでその言葉を見返すと、咲兎の腕を握ったまま保健室を出た。
一回だけ「放せ…」と聞こえたが、そのまま誰もいない廊下を歩いていく。
その様子に眼を細め、神戸は小さく鼻を鳴らした。
…初めて会ったときより、随分雰囲気がαっぽくなった。Ωを抱いて支配と独占欲の枷が外れたのか…
それとも───
Ωを取られまいとする本能が…強く刺激されるような…何か、あったか
「…俺には関係ないか。あぁーいいな、俺もセフレじゃなくてΩの恋人欲しいなぁー」
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