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「…ごめん、その…浮かれすぎた」
門を曲がり神戸の姿が見えなくなると、その横顔を覗き込んで自省の思いを口にする。
うつ向いていた咲兎の瞳が、軽く迷い揺れてから要を見た。
「…お前の目に、俺がどう映っているのか知らないが…」
階段の前で立ち止まり、先に二歩したへ降りた要を見下げる。
自分より背が高く感じる咲兎を、顔を上げて見るのが新鮮だった。
「…俺はお前より13も年上で、人に可愛いと言われて喜べるほど若くもない…
自慢されて得意気になれる大胆さも、素直に甘える度胸も…持ち合わせていない
だから、そう…浮かれるな…
俺はきっと…お前の期待に半分も応えることができない
そこまで、喜ばれると…困る」
眉を下げて、視線を逸らす。
その寂しい表情に目を奪われ、刺すような胸の痛みに息を呑んだ
「…ッ俺が、期待してんのは…一つだけだよ」
側にいたい。
側にいてほしい
俺から離れたくないと思ってほしい
「俺は…!」
「情事を人に知られたくはない。今後一切誰にも言うなよ…言ったら二度と寝ないからな」
咲兎は階段を下りず、逃げるように廊下に戻った。
「えっ、ちょっと…!咲兎!」
「話は終わりだ…。俺はエレベーターで行くからお前は早く教室に戻れ」
…いつも階段使うくせに
やっぱり、まだ怒って…
「咲…」
名前を呼び掛けた途中で…気付いた
歩き方に感じた、とても僅かな違和感。
右足を庇ってる…
…まだ、怪我をした所が痛むんだ
今の今まで…こんなに近くにいて気が付かなかった。
咲兎が痛みに耐えている横で…俺は一体何を見て…
何事も無いように歩いていく背中に声を掛けることが出来ず、伸ばし掛けた手が子供の我が儘のように煩わしい
クシャッと髪を掴み、視線をそのまま下へと落とした。
「…あぁー…本当に、
───役に立たねぇ」
きっと自分で巻き付けたテーピングを支えに、あの人は歩いている。
抱いてしまえば…
もっと近くに行けると思っていた。
ずっと深いところで、分かち合えた気でいたんだ
…勝手な欲の押し付けで
「…良かったのかな、俺に抱かれて」
そういえば、一度も…
気持ちいいとかって…
───聞かなかったな
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