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三萩
放課後
やはりもう一度咲兎に会いたいと、職員室に向かおうとしたところ…
教室で突如始まった、帰宅部によるポーカーゲームに巻き込まれた。
こういう心理戦は苦手だ。
いいカードにも恵まれず、クイーン3枚のスリーカードで最後勝負に出たところ、神戸がだしたキング3枚10が2枚のフルハウスによって敗北。
チップの代わりに全員分のジュースを奢ることが確定した。
「あぁーついてないなぁ…」
わざわざ少し離れたスーパーまで出向き、重い袋を揺らしながら愚痴を溢した。
彼奴ら、絶対俺が今どれだけ金欠か分かってない。
途中、公園に立ち寄りベンチの上に袋を預ける。
ジュースの束を運ぶのはなかなか骨が折れた。このまま持ち続けたら、腕がそのうち伸びる前に取れるだろう
これならまだ、安いチョコ菓子とかの方が良かった。
「…咲兎にもコーヒー買っちゃったし」
まだ…学校にいるだろうか。
寮に戻る前に一度、職員室に行ってみようかな…
その隣に腰掛け、適当に袋からペットボトルを取り出すと勝手に蓋を開けた。
「遣いも学生の仕事か?面倒だな」
聞き覚えのあるその声に驚き、音を立てて飲み込んだ炭酸飲料に酷く咳き込む。
慌てて顔を上げると、そこには前髪を軽く掻き上げた黒シャツ姿の男が目に入った。
「三萩さん!」
「よぉ…よく覚えてんな。咲兎んとこの…」
「新伊 要です」
「要な、…覚えとくわ。咲兎とは変わりねぇか?」
三萩はジュースの袋を挟んだ隣のベンチに座った。
自然と組まれた、長くしなやかな足が視線を誘う。
「えっ…や、そのっ…別に…」
「分かりやすい奴だな。喧嘩でもしたか?」
「…喧嘩って、言うか…」
…この人は何て言うだろう
咲兎の親友で、同じΩでもすでにαの番がいる…
咲兎を雨瀬から逃がしてくれた人
「咲兎を───抱いたんです」
三萩の気だるげな目が、一瞬だけ驚いたように見開いた。
だが、すぐに顔を逸らすと…ため息混じりにそっと呟く
「そうか…」
「…怒らないんですか?」
「あ"ぁ?どやされるような抱き方したのかよ」
ギロッと睨み付けられた鋭い眼光に、慌てて首を横に振った。
「だ、大事にした…つもりです」
「合意の上だろ。じゃなきゃ咲兎が…てめぇみたいなガキに抱かれるか」
確かにその通りかもしれないが…
はっきり言われると嬉しいような、凹むような
「で、何だよ。まさか抱いてみたら好みじゃなかった…」
「そんなわけないです!俺にとって、咲兎以上の人はいません…
でも、咲兎は…俺で良かったのかなって…」
後悔と不安にうつ向いた瞳を揺らした。
俺がもっと、雨瀬ほどの優秀なαだったら…
「…突っ込んどいて、今さら悩んでんじゃねぇよ」
「分かってます…でもっ、俺が頼りないから甘えてくれないし…怪我してたって、痛みも辛さも全部隠して…遠ざけてる」
まるで、触ることが出来ない予防線を張っているみたいに
「……何焦ってるか知らねぇが…」
三萩が何処からか煙草を一本取り出し、口に加えたところ…丁度、胸ポケットに入っていたスマホから着信音が鳴った。
面倒そうに手を伸ばし画面を見ると、舌を打って着信を拒否する。
「…緤の野郎、人で遊ぶのもいい加減にしやがれ」
「…せつ?」
「あぁ、悪い…俺の番な。昨日から、まぁ…揉めててよ」
番…
たしか…三萩さんは、無理やり番にされたんだっけ。でも、恐れていたり…恨んでいる感じはしない。
「…三萩さんは、どこで番と会ったんですか?」
「あぁ?んなこと知ってどうすんだよ」
「いえ…何となく、気になって」
「……本当に、下らない話だぜ」
三萩は加えた煙草に火をつけると、軽く吸って煙を作った。
「飲み屋で酔い潰れちまった所を、緤に持ち帰りされて…犯された挙げ句噛まれて終わりだ
な、詰まんねぇだろ?」
苦い思い出を軽くするように、ふっと笑ったその表情は何となく優しげだった。
「…咲兎が、弱味を隠そうとするのは昔からの癖だ…隠してる物をわざわざ暴く必要はねぇ」
そう言ってベンチを立つと簡単に細身のズボンを叩く。
よく見れば、その着ているシャツの背には
『創作居酒屋 靉』と書かれている。
「でも、てめぇは気付いてんだろ。…だったらこんなところでパシられてんじゃねぇよ
怪我してんだったら何気なく気遣ってやれ、そうすれば彼奴は喜ぶし…甘えねぇならお前が甘える振りして抱きしめろ。
…咲兎に寂しい思いさせてんじゃねぇ」
分かったな。と釘を刺され、ハッと目が覚めたように立ち上がった
「っ…はい!」
「おー、ならさっさと行ってこい。俺も店に戻らねぇと…」
「ありがとうございます…三萩さん、良かったらこれ貰って下さい」
袋を軽くするためにも、手に取ったミルクティーを二本、三萩へ手渡した。
「番の…緤さんと一緒に飲んで下さい!」
「え…あ、待て。彼奴、牛乳苦手…」
要は少し軽くなった袋を担ぐと、すでに走り出していた。
公園を横切り、目的を見つけたように意気揚々と遠退いていく背中をフッと煙草を吹かしながら目を細める
「若ぇな…緤もあれぐらい可愛げがあれば…な」
「…僕は可愛くないですか?」
「───は?」
声に驚き辺りを見ると、古く寂れたブランコに一人、ポツンと座っている緤の姿があった。
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