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発情期で理性が腐り落ちていくような辛さを、αやβに口でいくら説明したって理解できないだろう。
怪我をしたことがない奴に、その痛みを教えてもピンとこないのと同じで…
あの苦しみはΩにしか分からない。
欲制剤を飲めば、まだ発情期を抑えたり辛さを半減させることも出来るのだろうが…
その薬すら吐き戻してしまう自分には、誰かにΩの本能を満たしてもらう他…楽になる手立てがない
誰だって体調を崩して熱が出れば、薬を飲むだろう。
セックスは俺にとって欲制剤の代わりだった
辛い現状から逃げ出して、少しでも楽になりたいと…人だったら、誰しもそう思うはずだ。
別に、悪いことをしているわけではない。
発情期の苦しみから、楽になるために身を開いているだけ…
───だが…
熱い体を持て余し、抱いてくれる相手を求め探している自分は…
まるで人間ではなく動物のようだと、抱えた虚しさを前に…思わずにはいられなかった。
「……ん…」
暗い階段から上がってくるように…ゆっくりと意識を取り戻した。
乱れた布団の上に横たわり、掛けられたタオルケットで身を隠すように丸くなっている
…彼奴は、帰ったのか…
一回抱いたら満足して女のところに戻った…
羽黒ならあり得る話だ。
第一、顔の広い彼奴が俺しか頼る相手がいないなんてあるはずがない。
三股なもんか…六股ぐらい平気でする奴がなに言って…
「っ……痛ぇ」
横になったまま垂れ落ちた前髪を掻き上げると、紐上のベルトで絞められた手首に青紫色に締め付けられた痕が目に入った。
…ッめんどくせぇもん残しやがって…
跡は付けるなって何度言えば…
「あ、起きてんじゃん」
背後から聞こえたその声に驚き顔を上げると、上から自分を覗き込む羽黒と目があった。
…帰ってなかったのか
右手にはまだ煙が立ったばかりの煙草と、見覚えがある絵柄のボックスを持っている
上着のポケットに、入れっぱなしにしていたやつだ…
「…それ俺の…勝手に吸ってんじゃねぇ」
「あ?…あぁ、暇だったから一本貰ったわ。お前、貧乏人の癖になかなかいい煙草吸ってんのな」
「そうか…?知らね…それ貰った物だし」
「へぇ、誰から?」
「店で…客から」
「……チッ…貢ぎもんかよ…気色悪ぃ」
急に不機嫌になると立ち上がり、わざわざ窓の縁に置いてある灰皿で吸って間もない赤い先端を押し消した。
…口に合わなかったのか
そう思った矢先、箱から出されてさえいない数本の煙草を…何の躊躇もなく目の前で握り潰される。
「なッ…!?っ…てめッ何して!」
「あ?…捨ててる」
「見れば分かるッ!まだ一本も吸ってねぇのに…!」
「そいつは良かったな、クソ不味いから止めとけ」
っ…こいつッ!
「…大人しくしてりゃ、いい気になりやがって!…八つ当たりにも、っ程が…あ…ん じゃ…っ…」
起き上がろうとした瞬間…
頭の中が回されたように激しく揺れて、ガクンッと前のめりに手を付いた。
めまいと、酔ったような吐き気に舌を打ち付け…そのまま倒れてしまわないよう、腰を下ろす…
「…バーカ、軟弱なΩはそのまま寝てろ。
…てか、知らねぇ男から貰った物を上着に入れてひょいひょい持って帰って来るんじゃねぇよ…ガキかてめぇは」
「ッうるせぇ…ッ俺が、誰になに貰って使おうが、お前に関係ねぇだろ…てめぇばっか銘柄見て勝手に吸いやがって…俺の物に手出すんじゃねぇよ!ガキはどっちだ…」
「あぁ"?んだよ、今日はよく喋るじゃねぇか…」
羽黒は壁に寄りかかったまま、胸ポケットから自身の煙草を取り出して火を付けた。
「…喘ぎ足りなかったか?泣かせ足りないか?…なぁ、千寿。そんなに吸いてぇなら俺のデカいやつ咥えさせてやるよ。てめぇには、それが一番お似合いだろ」
ぞっと背筋が冷たくなる
もともと低血圧で悪い顔色をさらに青くして…タオルケットを羽織ったまま僅かに後ろへ下がった。
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