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そんな顔も出来るんだ… 『無表情』と言う仮面で隠した、柔らかく崩れやすいその内側を見れた気がした。 もっと見たい。 もっと知りたい。 その内側に触れてみたい。 「新伊…どうした?」 無意識の内に伸ばしかけていた手をピタッと止めると、要は自分でもよく分からずに瞬きを繰り返した。 「や…えっと、」 うさ公の表情はすでに元に戻っていて、あの儚げな笑った顔の方が見間違いだったのではないかと思わせるほどだ。 結局その手は宙を掴むと教科書へと下ろされ、適当な問題へと向けられる。 「…ここの問題どうやるの」 「あぁ、そこは」 咲兎が指でノートの上をなぞり、身を前に傾けた。 その時、ほのかに甘い香りが要の前を流れる。 え?… 一瞬見逃してしまいそうなほどに薄いその香りを、要の本能は確かに感じ取った。 凛として咲いた花の、人を惹きつける好奇な香り。 「甘い…蜜の匂いだ」 突然呟かれた要の言葉に、咲兎の説明していた指先がピクッと止まる。 蜜の香りなんてしないし、そもそも実習室に花なんて置いていない。 悪い予感が走った。 αの新伊には感じられて、自分には分からない匂い。 それがどういうものか、理解できないはずがない。 昨日浴びてしまった強制発情剤、止めるために無理やり飲み込んだ抑制剤。 体の状態が不安定なのは確かだ。 まさか、発情期を起こしかけている? だとしたら…すぐにでも、薬を飲まなければ 「すまない、新伊。用事を思い出した。今日はここで」 そう言って椅子から立ち上がったところ、突然強い力が咲兎の腕に食いついた。 要の手が、咲兎の腕を掴んだのだ。 「新…伊?」 顔を持ち上げ、咲兎を見上げた要のその目は。 自身の獲物に狙いを定めた、鋭いαの眼光を帯びていた。
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