番外編 三萩と過去

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ずっと… 考えないようにしていた このまま番を作らず、発情期の度にβに抱かれて…一人で生きていくのか αは好きなだけ気に入ったΩを番にできるが、Ωが選べるのは一人だけ しかも一度捨てられたら二度と番を得ることは出来ず、抱かれても苦痛しか感じなくなる。 余りにもリスクが大きい 第一αの顔色を毎日伺いながら、気に入られるように機嫌を取るなんて器用なこと…俺には出来ない 耐えたとしても、いずれボロが出て捨てられる …その前にストレスで胃に穴が開くかもな だが、もし… 俺を受け入れてくれるαがいたら 時々酷く、寂しいと感じるこの気持ちも… 満たしてくれるんだろうか─── 「……三萩」 不意に後ろから掛けられた声に驚き、肩を跳ねらせ振り返った。 藍墨(あいすみ)色の和洋服に、和柄が入ったエンジのバンダナを頭に結んだ制服姿のそいつは、同じΩでありながら大学に通う自慢の友人 「…な、んだよ。咲兎」 「それ焦げてないか?」 「あ…?ッッ──やべッ!」 焼き網の上でさっきまで生だったはずの鶏肉は、すっかり黒焦げて固くなっている。 …しまった。呆けすぎだ 焦げた臭いにさえ気が付かなかった 「あぁ、悪い…すぐ焼き直す」 「…無理はするな。発情期が終わったばかりだろ」 「別に…関係ねぇよ。少し気ぃ抜いちまっただけで…」 「その割りに顔色も悪い…あまり寝てないだろ?」 相変わらず自分のこと以外には鋭いな… 気に掛けてくれるその言葉が、やたら胸に染みる 気が利くし優しい、俺と違って汚れてないし…何をしても出来がいい。 こう言うのを高嶺の花と呼ぶんだろう。 きっと…優秀なαであればあるほど、手に入れたいと望む優れたΩ… 「…なぁ、お前は… αと番になりたいとかって思うのか?」 ふと口にした問いに、咲兎は表情は変えないまま瞬きを繰り返した。 「…俺がか?」 「お前だってΩだろ、番がいれば発情も軽くなる。ずっと薬に頼ってる訳にもいかねぇし」 欲制剤の過剰摂取は寿命を縮める。 長期に渡り飲み続けても同様だ… 「今は…考えていないな」 「…前に来た知り合いのαはどうなんだよ?」 「ここに?…あぁ、雨瀬のことか」 以前…数人の男女と共に、その雨瀬という奴は店にやって来た。 良くも悪くもαらしい優男(やさおとこ)… だが、どうもあの目は苦手だ 人を見下しているような…冷たい瞳 「…雨瀬は友人だ。そういうのじゃない」 …友人、か… 「随分ばっさり言うんだな…恋人にはなりえねぇの?」 「恋人は…別物だろ?俺はこの関係が、それより劣っているとは思わない。 ここまで越えてやりたいと思える相手は、そうそういないだろうからな… 彼奴の友人としてライバルでいられる、今の関係を…壊したくはない」 …俺もそうだった 羽黒との、友達としての関係を捨てることが惜しくて……諦めきれなくて… 気付けば、こんなにも歪みきった形になってしまった やり直すことも出来ないし… 今さら『抱くんだったら愛してくれよ』なんて…聞くに堪えない 「…そうか」 「…三萩」 「ん?」 「───何かあったか?」 背中に掛けられるその優しげな声に、網の上で煙を揺らす焼き鳥から顔を上げた… いつも通りの笑みを浮かべて、咲兎に向かいヒラヒラと手を振って見せる 「何でもねぇよ、止めて悪かったな…。 これ遅くなっちまったし俺から持ってくわ。部屋番教えてくれ」 「…大部屋の15番。今日、店はほとんどこの人たちに貸し切れられてる」 「は?…貸し切り?」 「あぁ、聞いてなかったか?宴会って話しだが、三人しか見えなかった。 店長が受け入れるだけの料金は払ったんだろうが…」 「すげぇな…どこの金持ちだよ。何かの社長か?」 「さぁな…予約名には桃郷(とうごう)と書いてあったが…いや、詮索(せんさく)するのは止しとこう。 あまり関わらない方がいい気がする…お前も、それ渡したらすぐ戻ってこいよ」 ちょうど店の奥で電話が鳴っているのが聞こえ、咲兎はそれだけ言うと急いで扉から出ていった。 …彼奴は心配性だな 俺みたいな貧乏人が、そんな金持ちと関わりあえるはずもない 1人前の焼き鳥を3皿。 お盆の上に乗せると伝えられた部屋へと向かった。
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