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白い天井、明るい室内、柔らかなベット。 右頬に違和感を感じ、そっと手を伸ばすとそこにはガーゼが貼られていた。 「戸宮…目が覚めたか。」 声がした方に顔を向ける。 そこにはなぜか、いつもキチッとしたスーツを着ているはずの咲兎先生が、黒っぽいシャツ姿で椅子に座ていた。 「…せん、せい…?」 どうして、僕はここに居るんだっけ… 確か… 発情期が近いのに薬がないことに気が付いて、急いで病院に向かってたら…途中で… 「っ…」 襲われた時のことを思い出し、恐怖に体を強張らせた。 「…落ち着け。ここは病院だ、αどもはここにいない。」 授業中とは違う、優しい声でなだめられる。 そうだ。あの時先生が来てくれて…その後の記憶が曖昧だけど、きっとαと戦って助けてくれたんだ。 「うぅ…っありがとう、先生。」 涙ながらにお礼を言えば、その手を伸ばして軽く頭を撫でてくれる。 ヤバい、先生βなのに惚れそうだ。 「どうして、僕が危険だって分かったんです…?」 尊敬の眼差しを向けていると、その口から短いため息が漏れた。 「お前が時間になっても英語の補習に来ないから、探しに行ったんだ。そしたら校門から出ていくところを丁度見かけてな。」 「あ…、補習って今日だったっけ?」 薬が無いのに気が付いて焦っていたのもあるけれど、すっかりその事を忘れていた。 「あぁ…お前は明後日の放課後に居残りだ。今度は必ず来てくれ」 「は、はぁい…」 補習に出なかった言い訳をしたいけど、結局薬の管理を怠って切らしてしまった自分が悪いので、叱られた犬のようにしょげるしかない。 「…戸宮。」 「う、はい…」 「もし薬を切らしてしまったのなら、俺に言ってくれ。二日分ほどならすぐに用意できる」 「…え?」 「だから危険な状態で外には出るな。他の生徒にも伝えておいてくれ。」 そう言うと先生は席を立った。 驚いている僕をよそに、帰る準備を進める。 「今日はここで休んだ方がいい。明日迎えに」 「あ、待って!」 今すぐにでも帰ってしまいそうな先生を、慌てて引き止めた。 「どうして…Ωにそんな優しくしてくれるんですか。先生だから?でも、他のβの先生はそこまで助けてくれないし…」 どうせΩはいくら勉強を教えたって、社会に貢献できるような体ではないから… 「…戸宮。お前はΩを、ただ孕むだけの存在だと思うか。」 「えっ!?そっそんなわけない!Ωだってちゃんとした人間だ。」 先生は扉にかけていた手を下ろすと、その口に小さく笑みを浮かべた。 「Ωだから差別され、αだから優遇される。下らない話だ。…俺はそう思ってる。」 Ωを哀れむわけでも、αを嫌っているわけでもない。 想像していなかったその答えに、戸宮はただ小さく頷いた。 「明日の放課後迎えに来る。薬はしっかり飲んでおけ。」 「あ、はい!ありがとう先生。」 病室から出ていくのを見送ったあと、何となく先生が見えるのを期待してカーテンをめくり、窓の外に目を向けた。 その時初めて気付いたが、外では雨が降っているらしく大粒の雨がガラスの上を打ち付けている。 この雨の中、自分を背負って病院まで連れてきてくれたのだろうか。 「先生は、βだけど強いな…」 でも、大丈夫かな… 「顔色が、あまり良くなかったけど…。もう少し休んでいけばよかったのに…」 激しく降り続ける雨の様子に、不安げな表情をその窓に映した。 * ビニール傘の上を激しく雨粒が叩く。 それと同時に、何度も繰り返して来る頭痛と吐き気を、咲兎は堪えるように手で口を塞いだ。 危なかった。 病院で倒れでもしたら、一発でΩだと分かってしまう。 Ωなんて、雇ってくれる学校など何処にもないだろう。 今の高校も、バレたら有無を言わせず辞めさせられてしまうのは目に見えていた。 だからβの振りをして、別校舎でΩに授業を教えているこの高校に教師として働き始めたというのに。 なぜ俺は今、αにまみれた校舎で教卓の前に立っているのか… 「うっ…はぁ、っ全部…あいつのお陰だ…」 しゃがみこみたくなる衝動を押さえ込み、薬の副作用で怠い体を叱咤し続けては重い足をただ前へと進めた。
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