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「…そこで何をしている。」 聞き取りやすく、低い声が路地裏に響いた。 男は持ち上げた拳を学生に向けたまま、声がした方に顔を向ける。 「は?…なんだてめぇ。」 そこにはスーツ姿の男がいた。 きちっとシワのないスーツを身に付け、手にはそれに似合わない透明のビニール傘を下げている。 その顔に表情はなく、あるとすれば眉間に刻まれたシワと、まるで氷のように冷たい視線を湛えた瞳だった。 男はこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。 「あ…先、生…」 Ωのガキが消え入るようなか細い声を上げた。 「ふん、なんだよ。このガキの先公か。」 確かこの高校は、Ωの面倒を見る教師は全員βだった。 βの教員なんてたかが知れている。 このガキがΩのフェロモン撒き散らしながら誘ってきたんです。とでも言えば、向こうが謝ってそれで終わりになるだろう… だが、それだとこのガキを犯すことが出来ない。 「…チッ…めんどくせぇな…。おい、てめぇら!あの先生ちょっと眠らせておけ!」 「たく、仕方ねぇ。お前抜け駆けすんなよ!」 「くそっ、邪魔すんじゃねぇよ。βが」 男二人は落ちていた鉄パイプとバットを拾い上げると、それを先生へと向けた。 …酷い、一対二なんてあんまりだ… いよいよ発情期のせいでボーっとし始めた頭で、その姿を見つめる。 あれは確かに英語の先生だった。 なぜここに居るんだろう…? いや、それより、あぶない。 こいつらは多分αだ。 βの先生ではかないっこない。逃げないと、自分のせいで殴られてしまう。 「せん、せい…にげ、て…」 必死になって出した言葉に力はなく、届く前に地面へと落ちて行く。 * 鉄パイプとバットを手にした二人の男は、咲兎を挟み込むように立って武器を構えた。 「…うちの生徒に何をしている。」 以外にも、先に口を開いたのは咲兎だった。 バット持った男がニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら答える。 「見て分かんないかよ。発情期中にフラフラ歩きまわってαを誘てんだ。相手もいねぇみたいだったから拾ってやったんだぜ。」 路地の奥で押し倒されている見知った顔の生徒に目を向けた。 乱暴に剥ぎ取られた制服、両目から溢れる涙、叩かれたのか赤く腫れている右頬。 もっと早く、見つることが出来ていれば… 「…そうか、それは済まなかったな。ずっとその子を探していた、あとは私が引き取ろう。」 「はぁ?渡すわけないだろ。これから俺たちで面倒見るんだからよ。」 「私が連れ帰ればその必要はないはずだが。お前たちはこの子を強姦するつもりか。」 「Ω連れてきてやることって言ったらそれしかないでしょ。だから、βのおじさんは邪魔なんだよね。」 「ほう…それで、そのバットと鉄パイプで私を殴って黙らせる気か」 …なんだ?この説明しているような、そう言わせるために誘導しているような話し方は。 パイプを持った男はその会話の違和感に気が付くと、慌ててもう一人の男を止めようとした。 「おい、こいつの質問に答えr」 「あぁ!そうさ!こいつで今からテメェの澄ました顔をぶん殴ってやるんだよ!さっきからネチネチと分かり切った質問ばっかしやがって、って…あぁ?なんだよ」 「黙ってろ!!こいつの質問に答えんな!」 「あぁ、もう。黙ってていい。」 ズボンのポケットに入れていた手から取り出されたのは、小振りのスマートフォン。 その画面には『録音保存しました。』の文字。 咲兎は傘を右手に持ち変えた。 「Ωはお前らの玩具ではない。」
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