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秘密の取引
それから、とりあえず雅弥の止血を終えて、葵達はそのまま雅弥の家へと向かった。
他の人に聞かれることのないようにするには、それが一番確実だと思ったからだ。
「適当に座ってて」
「あ……うん」
雅弥に促されて葵は居心地悪そうに、近くのソファへと腰を下ろした。
これだけ長い付き合いだというのに久しぶりに訪れた雅弥の部屋は、想像以上に荷物が片付いていて少し大人っぽい雰囲気だった。
最後に入ったのは、雅弥が高校を卒業して一人暮らしを始めるので引越しを手伝った時だっただろうか。
なんでもない時なら、物珍しい光景にテンションもあがるんだろうが、状況が状況なだけに、今の葵にそれを楽しむ余裕なんてない。
「はい、葵くん」
「さんきゅ……」
雅弥に手渡されたコーヒーを受け取り、そのまま二人、無言でカップを口にする。
「あの……さっきのことなんだけど……」
静かな空気に耐えられなくなった葵は、自分から話を切り出した。
「お前のことだから、他の誰かに言うなんてないと思うけど……」
雅弥が黙ったまま、真っ直ぐに葵の顔を見返しているのを確認して、葵は大きく深呼吸をしてから言葉を続けていく。
「……実は俺、吸血鬼なんだ。だから、お前の血を見て、つい……」
その言葉に雅弥の表情が驚いたような、呆れたような……僅かな変化を見せた。
(そりゃそうだ、いい年した男が『俺、吸血鬼なんだ』なんて、何ふざけた冗談言ってんだって思うよな)
雅弥に呆れられて追い出されないうちに、葵は一気に話し出した。
人間とは違う存在が住む魔界のこと。
葵はその魔界から来た吸血鬼だということ。
少しでも雅弥に信じてもらおうと、葵は吸血行為が苦手なことも含めて自分のことは殆ど説明した。
さすがに悠陽達にまで迷惑はかけられないので、悠陽達の正体は隠したままで、葵の正体をみんなは知っている、とだけの説明に留めておいた。
そして、全てを聞き終えた雅弥が一言言う。
「葵くん……生き血が吸えないって吸血鬼としてどうなの?」
本日二度目の言葉の棘が葵へと突き刺さる。
「うるさいなぁ! 俺が一番、わかってるんだよ、そんなこと。気にしてるんだからいちいち言うな!」
完全な八つ当たりだとわかっているけれど、葵はそう怒鳴らずにはいられなかった。
魔界の王子である悠陽に言われるならまだしも、人間で年下の雅弥にまで言われるなんて……葵にだって吸血鬼としてのプライドがある。
「ごめん、悪気はなかったんだよ」
いきなり葵が怒ったせいか、雅弥が慌てて謝ってきたが、その無意識の本音がさらに葵を落ち込ませた。
そんな葵の様子を励まそうとしたのか、雅弥が突然提案してきた。
「わかった。じゃあ、俺が葵くんの吸血行為の練習相手になるよ」
「はあ?」
自分の血を吸っていいなんて言い出す雅弥に、葵は半信半疑で聞き返してしまった。
すると、どうやら雅弥は本気だったようでソファから立ち上がったかと思うと、今度は葵の横へと座り直した。
そして、葵の顔を覗き込んで囁く。
「その代わり……葵くんをちょうだい?」
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