第21章 悪夢と旅と友情

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第21章 悪夢と旅と友情

「私、現実に戻りたくないんだ」 「えっ?」 耳を疑った。確かに部活の顧問のことは以前に聞いたが、それほどではないと看過していた。 「どうしてもね。でもあと五ヶ月、折り返しに来てるんだよ」 「どうしたの?」 日付計算。確か去年の十二月二十日から二百七十九日後。 九月二十四日か。初日からカウントダウンは始まっていた。 「沢山友達居るんでしょ?何でそんな事言うの?」 僕は問い詰めた。馴染めている癖に戻りたくないなど贅沢なことは聞きたくない。 「何でよ。だってそうでしょ普通は」 「えっ?」 「長い夏休みが終わるのと同じ」 そう言えば分かる気がする。みんな肯定的ではないはずだ。 「面倒じゃん。忙しいし。異世界と比べたら断然よ」 「……そうか。ごめん」 「いいよ。おやすみ!」 「あ、おやすみ」 女子が隣で寝ている。滅多にない機会だが気持ちを抑える。 変なことをすると異世界でも人生が終わってしまう。 朝日が隙間からさりげなさそうに差してくる。夢現の状態だ。 ぼんやり目を開ける。希望の朝日だ。 それと同時に足が釣る。もう少しの辛抱だ。 横を見る。彼女が居ない。 さては、もう集合したのか? テントを抜ける。朝の大気は霞んでいる。 見渡すと誰も居ない。ケンリュウ達の班のテントを覗いたが(もぬけ)の殻だった。 「えっ?嘘だろ?」 テントに打ったペグに躓く。脹ら脛を擦りむいた。かなり痛い。 もう一度テントを覗く。荷物の存在もいつの間にか消えていた。生活感が引かれた。 「おーい、ケンリュウ?ツヨシ!」 喉が痛む。声は嗄れて、思うように出ない。 木と木の間を通り抜け、駆け出す。枝に足を取られそうになっても。 僕だけを置いて先に行くなんて有り得ない。 「おーい、マサキ、マナさん、」 それでも声を張り続けた。 僕らに突然、楔を打ち込まれた。丸で全てにゼロを掛けられたように。 全て消えた。僕は失いかける。 木の根に足を捻られた。その場に倒れる。 自分でも何をしているか解らない。 負け犬のように泣き叫んだ。 折角手に入れた幸福だ、なぜすぐに奪われる? どこまでついていないんだ。神様なんていないんだ。 気付くと渋谷のスクランブル交差点の真ん中に倒れていた。 通る大勢の人に踏み潰される。迷惑そうな目で見られる。 捻挫した足を振って進む。しかし冷たい視線に焼かれる。 夢であって欲しい。 もう一度、仲間が居た時代。僕のベルエポックへ。 あの美しかった世界に。春に似合わない汗だくの服装はより多くの視線を集めた。 恐ろしいことに慣れてきた。仲間達の顔すら思い出せなくなった。当然名前も性格も全て。 あてもなく進む。そもそも渋谷なんて来たことがない。 捻挫したところも癒えてきた。本当に怖い。 マナの後ろ姿だ。髪型がそっくりだ。そんな女性を見つけた。 紙袋を抱えている。友達と一緒に笑っている。 「……マナさん?ですか?」 気力が根こそぎ持っていかれる。その残りで後を追い、声を掛けた。 突然すみませんでした、が抜けたと思った時ではもう遅かった。 女性が振り返る。そこにはそっくりな顔がある。 「何こいつ?キモッ」 「早く行こうよ」 分かってる。彼女の友達は僕をゴミを見るような目付きで睨んだ。 しかし彼女は目を大きく開いて驚いていた。声にもならないことを表現しようとしているのが感じられる。 「あ、突然すみません」 「遅いんだよ、気持ち悪っ」 「そもそも春に厚着でどうしたんだよ?」 「マナ、早く行こう?」 「う、うん」 確信した。彼女はマナだ。しかし目の前から去っていく世界線が瞳に浮かんだ。 夢だった。 起き抜けの天井はテントの屋根。横にはマナがいる。 安心した。しかし酷い夢だ。まだ明けていない夜を憎んだ。 あんな夢を見たくない、だから寝ずに起きていないと。 まだ午前三時。寝てはいけない。 あの夢の考察をする。あの紙袋は某大手スポーツ用品のものだ。すると、友達は陸上部。 気持ち悪い、と言われたのは傷付いた。 それにしても最近は酷いことばかりだ。 ようやく夜は明けてくれた。 ──2070年5月18日(日) 山を越え、今度は海を渡る。 群青の宝石が漂う海、真夏のように暑い。 潮風はあまり好きではないが心地よく感じた。 甲板にツヨシが下りてくる。 「やっともう少しで着くぞ」 「本当?」 「長い間風呂入れてねぇな」 毎日濡らしたタオルで垢を擦っていたが、流石に長期に亘ると無意味になってくる。 髪の毛はかなり伸びた。来る前に切っておくべきだった。 「そうだね」 「エイジ、日焼けしたか?」 「まぁね。外にいた方が気持ちいいし」 「日焼けした方がモテるぞ」 それは本当だと思う。ずっと室内にいる真っ白な人よりは好感度上がるだろう。 「筋トレを教えたる!」 彼は地面に手をついて腕立て伏せを行う。 「足を台に乗せると効率的だぞ!」 「お、おう」 僕はスポーツの対義語の世界で生活していたが、これを機に体を動かすのもいいかな?と思い始めた。 「ってか日曜のトレーニングもあったからそんな苦ではないよな?」 「まぁね」 でもトレーニングでは基礎的なことしかやっていない。 「見よ、俺の洗練された腕立て伏せを!」 片手だ。軍隊がやっていそうだ。自分も試しにやってみる。腕が下がらない。 それを彼は軽々とやっている。 「……凄くね?」 「でしょ?やっぱスポーツは神なんだよ」 「まぁね。ずっとスポーツ系の友達が欲しかった。頼りになるし」 「そうか?俺は友達だろ?」 「当たり前だよ」 「俺らは、現実に戻っても定期的に会って酒飲もうな?」 「うん。当然だよ」 実はツヨシに憧れていた。 「俺もお前みたいな真面目キャラに憧れてるよ、校則とか普通に破っちゃうし」 「えっ?でも僕友達少なかったよ」 「お前はもう十二月のお前じゃねぇ。戻ったら友達できるぞ」 「ほんとかな?」 「絶対だ。俺が保証する!」 本当に頼もしい。同級生とは思えぬほど。 「もし悩み事とかあれば俺にな!苛められるのなら俺がボコしたる!」 「えっ……それは……」 「冗談だ。でも悩み事とストレスは溜めといて得はないぞ!」 「そうだね。ありがとう」 「あと精子もな。三日一回だと丁度いいぞ」 「本当か?」 「そうですよ……」 マサキは深く解説を始める。真剣な面持ちで。生態的や科学的な面で。 「ってか下ネタでこんなに話せるってすげぇな」 「男性である限り知っておかなければなりません」 「それはその通りだね」 「おい、何話してんだよ!サバ釣れたぞ!」 ケンリュウが釣竿とクーラーボックスを運んでくる。 「中々いないぞ。この世界って本当に不規則だな」 「うわぁ、すげー」 日に当たって刃のように光るサバの鱗。銀色がとても格好良かった。 「こいつは賜物だ。安楽城に調理してもらおうか」 「いいねぇ」 「このメンバーで本当に良かったな!」 その晩は女子達に調理してもらった夕食だ。自給自足の生活、しかも仲間達と同じだ。テンションが上がる(自分は何一つやっていないが) 今頃サラはどうしているだろうか? ──一方、音西サラ 思ったより早くニライの地を踏めた。これでライブが開ける。 事務所に入り、上下関係が纏綿してきたが何とか耐えている。 こないだなんかはマネージャーの陰口が聴こえた。 陰口は嫉妬だ。そう思ってる。 どうせ彼らは私の才能を憎んでる。ガキの癖にって。 やはり半世紀経っても社会と人間の汚さは払拭できない。こういうものなのか? ギターのチューニングをする。外で小鳥が朝を知らせる。 何だ、現実と然して変わらないじゃないか!と思ったら負けだ。 今は取り敢えず頑張る。ヒットするまで。 ヒットしても現世の奴らの耳には届かないんだ。ここは次元が違う。 自己満でもいいから突き進む。
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