第4章 のんびり屋さんと塔と僕

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第4章 のんびり屋さんと塔と僕

「ジリリリリリリィィィ!」 アラームが鳴り響く。 時刻は六時三十分。 飛び起きる。 「やばくね?」 メイも今起きて背筋を伸ばしている。 「えっ?六時三十分?昨日大丈夫かなって思ってアラームセットしたんだけど……」 「集合が七時だよ。モクレン館って結構遠いよ」 「えっ?」 彼女は端末を開く。 「ここから二キロメートルもあるよ、あと三十分で?」 「取り敢えず急ごう」 僕らはまず昨日届いた服に着替える。長袖上着、長ズボンだ。冬に丁度良い。 「見ないでね!」 「見るわけないじゃん」 お互いに背け合う。見たいのは山々だが見たら異世界性格終わる。 着替えやすい。肌触りが良い。 上着を羽織る。そして届いた段ボールの中の肩掛けバッグに端末とハンカチ、ティッシュ(ひどい花粉症で一年中必要)を入れる。 そして鏡で寝癖を直す。 振り返る。 「一応終わったけど」 「うわぁ、見ないでよ」 彼女は長ズボンを履いているところだった。 「ごめん、ごめん」 端末を開く。グループRailでは、 「ユリ)今日の持ち物って?」 そうか。持ち物は言われてない。 「ケンリュウ)とりま端末と……」 「ツヨシ)後なくね?」 「ユリ)みんなでそれだけ持ってけば大丈夫でしょ?」 「ツヨシ)赤信号 みんなで渡れば怖くない理論w」 僕はRailが苦手だ。実はRailで入学初期にクラスの人と揉めてしまった。それで孤独な生活を送ることになったからだ。 「準備カンリョー!後は寝癖!」 メイの着替えが終わった。結構地味な服装だが仕方ない。 彼女は髪をお下げの二つ結びにする。昨日は何だったっけ?とにかく異なっていた。 毎日変えてるのか…… 「似合ってる?」 とても可愛かった。可愛いという形容詞だけで表現するのが勿体ないくらい。 「とても似合ってるよ」 「ありがとう、今何分?」 端末の時計を見る。 「三十七分、あと二十三分」 「いけるんじゃない?」 彼女は化粧を始める。化粧品が段ボールの中にあったのか。 「間に合うの?」 「化粧くらいしなきゃね」 化粧なんてしなくても美しかった。取り敢えず急いであの険しい山道を走るのだけは避けたかった。 「け、化粧なんかしなくても大丈夫だよ!綺麗だよ」 そう言うしかなかった。顔を赤らめて吐き出す僕。 「ありがとう、綺麗なんて言われたことないんだよね〜、照れるー」 本当はニキビが目立っていたが、山道を走るのだけはしたくない。 「化粧なんて要らないよ。急がないと!」 「そんなに言うなら……」 彼女は化粧品を置いて肩掛けバッグに端末を入れる。 時刻は四十分、遅刻厳禁とか言ってたな。 「よし、行こう!」 部屋を出る。 「お腹減ったんだけど、朝食は?」 彼女は本当にのんびりさんだ。 「七時だし無理じゃない?」 「えー、待ってて。一品だけ食べてくる」 「ちょっと待ってよ!」 バイキングだったのでそれほど時間は影響はなかったが五分ほど遅れた。 「あと十五分だって」 「山なんてチョロいよ。ズボンだから走りやすいし」 エレベーターまで行く。極度な高所恐怖症だってことは知ってる。 しかしエレベーターが混んでいた。階段の方が断然早い。 「ねぇ、階段にしない?」 「えぇ……」 二回目の説得でやっと許可が下りた。 もう何様だよ…。 「お姫様抱っこにして!」 「えぇ……」 貧弱な僕が出来るわけがない。インドア系だし。 「お願い、」 「大体さぁ、学校とかで階段どうしてたの?」 「あたしの学校は普通にエレベーターあったもん」 「えぇ……」 仕方ない。 「行くよぉ」 身構える。腕に力を入れる。 「ぐえっ」 しかし、潰れたカエルのような抜けた声が出る。 そもそも彼女の方が身長が高い時点で不可能なのだ。 こうなったら馬鹿力だ。 「行くよ、掴まってて」 二人合わせて百キロ以上ありそうな感じだ。 足を滑らせなければ勝利だ。 「もっと早くー」 「何様だよぉ!」 やっとのことで降り終えた。時刻は五十五分になっていた。 「終わった」 「五分あれば行けるっしょ?陸なら大丈夫だよ!」 「もう……」 お姫様抱っこが出来たことで一喜一憂している場合ではないが、諦めるしかない。 「取り敢えず行こう!」 僕は「諦めない」に舵を切る。 「ダメ元でね……」 こうなったら走り抜けてやる。馬のように!! 正面玄関を抜ける、険しい山道が覗く。 そのまま走り続ける。 「おーい、こっちだよぉ〜」 振り向く。彼女が手を大きく振る。 「えっ?」 そこには何の変哲もない車があった。タクシーのようだ。 そこに運転手が現れる。オールバックでスーツに身を包んだ紳士であった。 「こちらはニライタクシーでございます。チャーリー様からの依頼を承っております」 「えぇ〜」 燃えた気持ちが興醒めした。なんだよ。 完全に萎えた。山を抜けて間に合ってやろうと決めていたのに。 「篠田さんったら真面目過ぎるんだからぁ〜」 車に乗り込む。 「モクレン館までお願いします」 「承知しております」 運転手は無表情だ。ロボットであるかのように。 その瞬間、車が浮いた。 「空中飛行なら間に合います」 まだ心が追い付けていない。 丸で地面を走っているかのように違和感が皆無だ。 「え、えぇ……」 彼女は端末を開く。 「まだ五十八分だよ。多分間に合うよ」 やけに早い車。間に合うのは確実だ。 「さっきはごめんね。ほんとに高所はムリなんだ」 「ほんとだよ。結構重かった」 「えっ?何?もう一回言って?」 「いや、何でもない」 「目的地に到着致しました」 車は着地する。 「ありがとうございました!」 僕らは降りる。そこはビルに囲まれたモクレン館の中庭だった。そこに何台もの車がある。 「みんなタクシーなのね」 そして、間に合うことが出来た。 「皆さん、よく寝られましたか?」 チャーリーはマイクで言う。 以外とよく寝れた。自分の罪悪感で辛かったが。 殆どの人が首を横に振る。流石に異性と一対一はなれない。 「それは良しとして、今日は皆さんで軽い探検をしていただきます。いわゆるスタンプラリーですよ。今の二人ずつです。今から言うところに行ってください」 何とかやれている。メイとなら大丈夫なはずだ。 「モクレン館チームはニライタワーの最上階……ミスズ館チームはニライタワーの神髄階の写真を撮って私に見せて下さい。その他は自由です。しかし、十七時までにはここに戻って来て下さい」 こうして僕らは分かれた。真髄階って名前はカッコいいが…実際はどうなんだろう。 「どっかで朝食取ろうよ」 「あ、いいね」 丁度空いていたところだ。 モクレン館を抜け、街へ出る。 街は朝の新鮮な空気が数人いるスーツ姿のサラリーマンを包む。 どうしてこんなに少ないんだろう…… 「サラリーマン、少なくない?」 「そうだね、在宅企業が増えてるんじゃない?」 「そうか……」 そしたら殆どの人が引きこもり状態じゃないか。 「七時で開いてるのここしかない、ニライフーズ!」 いわゆるマクドナルド。ファーストフード店だ。 「美味しそうな匂い……」 彼女はカウンターにいた。 「早いよー」 「どれにする?」 朝からハンバーガーは合わないが仕方ない。ここしか開いていない。 「あたしはニライ三十五周年セットにナゲット、ポテト、コーラはエルで。足りなかったらまた注文します」 彼女は大食いだ。そんなに頼んでも金はあるのか……じゃなくて歩数計の値はあるのか? 「僕はニライバーガーセットにコーラのエムですね。お願いします」 「合計二千四百八十円です。アプリをかざして下さい」 「えっ?そんなに無いよ」 「知らねーよ」 僕のは合計八百円、昨日の山道で結構貯まっていたので払えた。 彼女は足踏みする。それが通行人に見られる。 そもそも三十五周年セットはカロリーがスゴい。ビックマックの二倍くらいだ。 それに、セットにはポテトとナゲットが既に付いている。 「貯まったぁ」 汗だくになっていた。まだ冬だぞ。 受け取って上の階に上る。 「流石にこれは大丈夫だろ?」 「下が見えたりしないから大丈夫!」 テーブル席を取る。 「さっきので五キロ痩せたかも……」 「そんなわけないよ」 「そうだ、言っておくけどその量じゃ一日分の栄養素が足りてないよ」 「足りてるわけねーよ、所詮ファーストフードだって!」 流石調理部。 僕は食べ終わる。日本のと味は変わらない。具は違うかもしれないが。 端末の検索サイトで 「ニライバーガー 具」 と調べた。すると、聞いたこともない食材が並んだので頭が痛くなり閉じた。 なぜだ、知ってるものが一つもない。逆にレタスやトマトの文字がない。 ニライ語ってやつか?面倒だ。 「早くない?食べるの」 「こんなもんだよ」 彼女は既にあの巨大な三十五周年バーガーを食べ終えていた。 グループRailを開く。 モクレン館のツヨシとサラはもうニライタワーの前で開塔を待っているらしい。 「ツヨシ)ニラタワなう 07:32」 「早くね?」 「だからこんなもんだって!」 「違う、ツヨシ達もうタワーで待ってるんだって」 「気が早いな〜そっかサラがいるもんね」 「のんびりしようよ、折角だし。異世界なんてそうそう来れないよ」 「普通に生きてれば一度も来れないよ」 「途中で間食挟むからね」 あ、これ十七時に間に合わないな。 僕らが店を出たのは八時、タワーの方へ進んでいく。 「見て!あんなに高いビルあるよ!」 「マンションかな?東京によくありそう」 「あそこ住みたいなぁ」 彼女の言う言葉は重く感じる。 「ほんとにいいよね。歩数計だよ!歩けば億万長者ー」 「それな。ほんとにいい世界だな」 街にはやっと人が多くなった。朝に余裕があったサラリーマンや、買い物客など。あと丁度開店の時間だった。 「ホワイトな街だね。日本も見習えよ」 「だって五十年後の未来でしょ!」 「日本がなくなってエルドラドのニライになるの?」 「それは……わからない」 端末で調べる。しかしタイムアウトだなんだかんだで出て来ない。 「えっ?出て来ないの?」 「時間置いてみるよ」 だんだんタワーが見えてくる。スカイツリーの二倍はありそうだ。 屋上が見えない。針のように聳え立っている。 「高過ぎない?」 「未来ってヤバイな」 それにしても高過ぎる。先から流れる日光が眩しい。 腕で思わず遮った。 「丁度この方向から日が射すのね」 「スゴいタイミングだな」 結構歩いた。彼女はどこかで買ったクレープを片手に指差す。 「いっぱい並んでるね」 先駆けにツヨシ達がいた。 「おーい、エイジ。早く並んどけ!入場制限あるらしいぞ」 「分かった」 急いで行列の最後尾に向かう。もう既にタワーの半径に達していた。 並ぶ人達は忙しく足踏みをしている。なるほど、入場料が高いのか。 「九時二十分入場開始だって。神髄階ってどこ」 僕は端末をいじる。そして画面を新元号のように掲げる。 「地下七百五十階だって!エレベーターは高いらしい。だからみんな足踏みしてる」 「えっ?九百円!ってことは九千歩?」 因みに一日の平均歩数は八千歩。 「やるしかないね」 「待ってクレープ食べてから」 彼女は苺を頬張る。僕もクレープを買えば良かったと思う。 僕は足踏みを始める。九千歩貯めてやる! 汗が滴る。ようやく数が貯まった。 彼女も貯まったようだ。 「無駄に買わない方がいいかな?」 「そうでしょ。券が買えるまでは」 「ねね、これ見て」 画面を向けられる。規格外の大きさのケーキがある。 彼女がそれをタップする。すると浮かび上がった。 「スゴくない?」 「それって本物?」 流石未来。技術の賜物だ。 「スリーディーだよ」 「えっ?」 「本物だと思ってたの?ウケるー」 来た来たJK感。 「絶対騙されやすいっしょ?」 「お、おう」 否定すれば嘘になる。 「純粋だねー」 「いや、技術が進歩してると思ってて」 「何その意識高そうなセリフ」 そんな事しているうちに入場時間のアナウンスが鳴った。しかし待ち時間がある。 前の人達は美味しいスイーツ店の話をしている。それの影響か、メイはスイーツ店を検索している。 ずっと話しているのも疲れる。落語家やニュースキャスターは凄いな、尊敬している。 何とか会話を途絶えさせないようにしたい。異世界では本当の陽キャになりたい! 「前の人動いたよ!」 「うん」 彼女は夢中だ。 そういえば、自分が夢中になれるものは何だろうか? 思い付かなかった。だからか。 本当に毎日がつまらなくて逃げ出したかったのは。 世間も色々と煩かった。 事件の隠蔽を政治家が普通に行ってる。そんなのが許されていいのか! なのにみんなは無関心。 学校で変わりきれずに泣いた日々。 もう辞めたかった、この人生を。この世界を。 今はどうだ。こうやって友達が出来たのだろうか。目の前の彼女は友達か? 話したことがあるだけだろうか?こう考えると友達の意義が判らない。 結局どこにいってもこうじゃないか!陽になりたい自分がいる。しかし過去の陰が抑えてしまう。それが渦を巻いて混沌に持っていこうとするのだ。 混沌を口実に自分が変わりたくない方へ逃げていたのだ。 でもどうすれば……   僕は恋愛がしたい。しかし、話せなくなってしまう。 現実でダメなら異世界に来てもしょうがない。 その時、マナからRailが来た。 「エイジ君って最近元気無いよね?」 グループRailではなく個チャだったので安心した。 「ごめん」 この後に打つ言葉が思い付かなかった。 話すのが苦手と言ったら逃げてることになる。 じゃあどうするか? 答えは何通りもある。しかし変わらないこと、すべてに於いて。 「もっと話す」以外の選択肢に墓穴を掘る自分を捨てたい。 僕は「ごめん」を送信取消にして「気のせいだよ」と打つ。 陰の自分を殺す。こうして自分のハードルを高める。無理矢理いくしかない。 話すんだ。もっとみんなと。 最初の頃のように。 過去の自分に負けちゃダメだ。 しがらみになる過去を勢いよく削ぐ。 こうしなきゃダメなんだ。 僕の心は燃えた。しかし一過性の塊だということは知ってる。 少しでも長く。 「前進んだよ」 夢中になっていた彼女は既に端末を仕舞っていた。 「あぁ、ごめん」 「そいえばさ、この後どこ行く?」 「十七時まで全然時間あるね。取り敢えず神髄階行ってからタワーの施設回ろうか」 「いいね。百五十九階に超有名スイーツショップあるから行こう!」 「いいよ」 その時端末からバイブがした。 開くとRailの通知が。 「ツヨシ)最上階着きました!この後は二人でお化け屋敷行きます」 「サラ)お前抱きつくなよ!!」 「えっ、もう着いたの?」 時刻は十一時三十分。長い行列がネックになっている。 「大丈夫でしょ?」 「 心にゆとりを持つこと!大事だ。 真面目で齷齪していてもしょうがない。 「そうだ、何のバイトやってるの?」 自分から話すのだ。 「えっと、ファーストフード店とコンビニ、あと水……」 僕は想像してしまった。次に何の文字が来るか。 十六歳だ。ダメに決まってる。しかし世の中は混沌としている。罷り通る違法もざらにある。 「水汲みの手伝いっていうか高齢者のお手伝いかな?うち田舎の方だし…」 変なものを想像していたことが恥ずかしい。顔を赤らめる。 彼女がそれに気付く。 「まさか、水商売やってるとでも思ってたの!?」 「いや……そこで止めたら思い付いちゃうでしょ」 「全く。でも考えたことはあr……あるわけないよ!!」 僕の頬に衝撃が走る。これがビンタか……。 思考停止。 「ってのは嘘だけど……」 「ほらね」 でも彼女は本気で怒ってない。 「前進んだよ」 「あら、すみません」 後ろの人にいきなり声かけられた。 恥ずかしい。 「それでやっと生活出来るくらい」 「そっかぁ。大変だね」 「大変だったよ。本当に」 過去形が気になる。 「どうして過去形なの?」 「いや、何でもない」 これは何かある。 「でも最近の人って生活のありがたみを感じて無いよね?」 「そうだね。僕は感じてるけど」 「一人で炊事してる?」 「いや、それは……」 ご飯が炊けるかあやふやだな。その前に火傷するだろうし… 「自分でできなきゃ!」 「お、また前進んだよ」 もう暫くで入場できる。エレベーターの九百円は大丈夫だ。 後ろの行列は足踏みをしている。これで健康になるってわけか。
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