マリオン ザ リゾルバー

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マリオン ザ リゾルバー

Ⅰ 「卒業生って二十四人じゃなかったのか」 「ほとんど関係者だよ。関係者のほうが俺達より多いって……」  マリオン・セントの言葉に、隣でギード・ギザンがコメントした。  全面ガラスの天井からは恒星の光が差込み、コスモ連邦警察の大ホール全体をばら色に染めている。  一日に一つ以上の割合で増え続ける連邦加盟国を束ねる銀河最大の組織、コスモ連邦。その安全保障機関であるコスモ連邦警察は、コスモ連邦の司法局と同惑星内に設置されている。  そのなかでも広域捜査班、リゾルバーは、個の生命の安全確保と諸外国との健全な関係を保ちつつ、国をまたがる事件を解決する要員として育てられる。 入学のための規制はない。  試験に合格し、二年の厳しい訓練を終えられれば資格が得られる。  ここに集まった卒業生の人種は様々、星間の混血児もいれば、外見だけでは出身地のわからないものもいる。  ホールの前列には卒業生が並んでおり、うしろには卒業生の訓練や教育に参加した先輩、講師、過去の卒業生が並ぶ。  正面の壇上に初老の男が立った。  ざわついた部屋がしんと静まりかえる。 「諸君、コスモ連邦警察・広域捜査班・リゾルバー隊のシニア、カルネル・ デフォーだ。二年間の実地訓練ご苦労だった。第百二十二期コスモ連邦警察・広域捜査班・リゾルバー隊訓練生二十四名、一人の落伍者もなく卒業だ。これはコスモ連邦警察始まって以来の宇宙記録として残るだろう」  拍手の波がホールに反響した。  卒業生達のあごは誇らしげに少し上を向く。  惑星という惑星から受験者が集まるリゾルバー志願者の中で、卒業生はたったの二十四名。試験の難易度がおのずと想像できる。  カルネルは続けた。 「君たちはこれからこの広い銀河の中で、さまざまな事件を担当することになるだろう。しかし、覚えておいてほしい。君たちリゾルバーは、事件を解決する単なる捜査員だけではなく、諸外国との調整を行い、利害関係のない、真の平和を目指すための外交員であるということを。おめでとう。今日から君たちは正式なこのコスモ連邦警察のリゾルバーだ」  わっと、歓声があがった。  二十四名がそれぞれに抱擁と握手をかわす。  直前の研修はサバイバルをかけた、二年間の戦闘訓練。  物理的な訓練のみならず心理戦の厳しい訓練をかいくぐった誇りと安堵で皆それぞれにたたえあい、今後の期待を話し合っている。  リゾルバーに志願するものの理由はさまざまだ。  混乱する銀河系の秩序を守りたいという高潔な意思をもったものは言うまでもないが、それだけでもない。  皆の注目を一身に集めて、卒業生代表挨拶をしたマリオン・セントもその一人。  天然の縦巻き毛の長い黒髪は青光りするほどの漆黒。瞳は深い海の翠。筋の通った形のいい鼻は、印象を妨げず、可憐で美しい形の唇にかしずいている。  誰も彼もが、彼女を中心に別れの挨拶を交わしていく。  ギードはその様子を遠くから見ていた。  最初のグループから一緒で、多くの試練を一緒に分かち合ってきた。宇宙記録だと言われる落伍者ゼロの卒業も、マリオンの並外れたリーダーシップと危険回避能力が大きく貢献した。彼女が卒業生代表を務めることを誰よりもうれしく思った。  ようやく自分にも女神に挨拶する時間ができたかな。  最後の一人が離れていくのを見届けるとギードはマリオンのそばに来た。 「マリオン!」 「ギード!」  二人はお互いの卒業を祝って腕を高くしクロスさせ、ぶつける。 「最初はお姫様の気まぐれかと思っていたけど」 「私は最初から本気だ。ギードこそ、力試しだといってなかったか?」 「気が変わった。本気でやるさ」 「殉職率ナンバーワンの仕事を?」 「おれは死なない」 「殺してもね」 「ははは。相変わらずきついね」 「お互い様だ」  このどこまでもクールな性格に何度も救われた。 「マリオン、本当に国には帰らないのか?セント星の第一皇女さま」 「ギード、その呼び方は出会ったその日に禁止したはずだ」 「あれ?在学中は許さないといわれた記憶はあるけど」 「そういうのを、揚げ足をとるという」 「は?」 「もういい、私は帰らない。国は弟が継ぐ」 「確か、コスモ連邦アカデミーで」 「まだ大学院生だ」 「マリオンが国を継ぐってうわさがあるぞ」  ギードはマリオンの眉の動きを見ながら聞いた。マリオンは数ミリも眉を動かさずにギードに答える。 「ギード、ゴシップに詳しいのはお宅の星の習性か?その噂にはなんの根拠もない。私が言うのだから本当だ」 「そっか。お互いしばらくは会わないだろうけど」 「そうだな、最初から同期と組むことはないと私も聞いている」 「マリオン」 「なんだ」 「無理をするなよ」 「おたがいに」 「そういう意味じゃなくて」  マリオンは首をかしげた。  ギードは口に出しかけた事を胸にしまった。  マリオンが自身の痛みを顔に出さない事を言いたかった。訓練中、平気な顔をしているかと思ったら、熱があったりけがをしていたりして何度もこっちがびっくりさせられた。  立場上、痛みを顔に出さない癖がついているのかもしれないと本人が言った。それでは戦力として確認できないからチームメイトとして不安だと言ったら、相変わらず平気な顔をしている時にでも怪我の申告をしてくれるようになった。  生まれというのは時に、精神に過度の負担をかけるものなのだと思った。  ギードはマリオンの肩に手をおいて、何でもないというふうに首を横に振り、明るい笑顔と少し意地悪い表情で顔を上げた。 「それと、仕事でパートナーを組むときにはお手柔らかに」 「私と本当に組みたいと思っているなら」  マリオンも右の口角を上げて悪巧みするような表情で返してきた。 「は、は、は」  ギードは、妙に自分の笑いが乾いていることに気づいた。確かにと、彼女とパートナーを組むには相当の覚悟が必要だ。彼女と一緒に仕事をするにしても、数年後だろう。それまでに自分もより大きく成長しておかなければ。同期でいながらいつも先を行っていたマリオンと一緒に仕事をするなら必須だ。ギードは新たな目標に心を震わせた。  卒業できた。  これで国に帰らずにすむ。  マリオンは、何よりもこの事実を喜び、安堵していた。  お家騒動に巻き込まれるのはまっぴらだ。  マリオンの生まれ故郷であるセント星は王政国家。  コスモ連邦加盟国だ。  父王、デュール・セントが現在治めているものの、時期王のうわさが出だしたのは、マリオンがこのコスモ連邦アカデミーをいったん卒業し、帰国した頃。  もともと、マリオンがこのアカデミーに入学することでさえもセント星議会から反対があった。けれどもマリオンは特待生としての入学試験結果を得、そのことがニュースになると、議会はマリオンのアカデミー入学を認めざるを得なくなった。  内外からの批判を恐れたためだ。  セント星は土地のほとんどが亜熱帯であり、四季はあるが総じて一年を通して暖かく湿度が高い。主に、薬草、薬品を輸出することによって利益を得ている。議会は、ただでさえ古臭く、神がかり的な星のイメージをこれ以上濃くすることを恐れた。皇室がコスモ連邦アカデミー卒業者となれば、因習的イメージも閉鎖的なイメージも払拭される。  マリオンは、在学中、宇宙国際法を中心に法律を学び、星間検事の資格も取得した。一国の皇女であるという立場上の制約を受けて、裁判官の道は最初から閉ざされていたが、同時に星間外交の歴史、星間政治学と外交に役立つ知識を全て吸収し、帰国した。  帰国後は早くに亡くなった母の代わりに外交で父を助けることになった。嫁入り修行をさせられるよりはずっと性に合った。  なにかと議会から制約を受け続けたマリオンの立場に、常に一人の人間として向き合ってくれた父の役に立ちたいとも思った。  だが、表舞台に立てば立つほどその存在は目立つところとなり、マリオンが時期王としての後継者のうわさが立ち始めた。  王位は弟が継ぐことになっている。  弟のショーン・セントはこのコスモ連邦アカデミーを今年卒業予定だったが、帰国後の産業の発展のために、研究機関に残っている。最初からそのつもりだったようだ。  すべては国の役にたちたいと思ってしたこと。  マリオンは自分自身の望む国への奉仕と、国が望む自分の存在のギャップを感じ始めていた。  強烈に支持するもの、拒否するもの、国がほぼ二つに割れ、自分には逃げ道が必要であることを実感した。  それに追い討ちをかけたのは父王からの結婚を望む言葉。  マリオンは父にも言わず、コスモ連邦警察のリゾルバー試験を受けた。  父王は激怒した。  星の外で働く事をではない、相談せずに危険な仕事に就こうとしたことをだ。  だが最後は止めなかった。  父が議会をどうやって説得したのかはわからない。  そして自分はやっとリゾルバーになれた。  自分はセント星の皇女という立場から離れて自由だ。  興奮冷めやらぬリゾルバーたちのそれぞれの一時滞在用のコンパートメントの廊下には、花びらが舞っている。  マリオン自身も花束を抱えて部屋に入った。 〈伝言があります〉  鍵盤の調べのあと、電子音的な伝言アシスタントが響いた。  今、演説をしたシニア・リゾルバー、カルネルから、すぐに指令室にというものだ。今、壇上で、卒業生を祝福してくれ、一人一人に卒業証書と任務状を渡してくれたばかりなのに。  何かあったのだろうか。  マリオンは部屋に花を置くとそのまま、司令室にむかった。 「失礼します。第122期訓練生マリオン・セントです。シニア・カルネル」 「マリオン、もう訓練生ではないだろう」 「はっ」 「あらためて、おめでとう、マリオン、二年の間ご苦労だった」 「ありがとうございます」 「早速だが、お父上から連絡があって至急帰国してほしいそうだ」  マリオンはカルネルの言葉に声を失った。  二度と帰らなくていい切符を今、手に入れたはずではなかったか。  驚きを隠せないマリオンの様子を察して、カルネルは続けた。 「君が国に帰るつもりのない事は承知している。しかし、二年の訓練期間は外部との接触を禁じていたので知らないとは思うが、セント星に政変が起きている」 〈私から説明しましょう。リゾルバー・マリオン〉  部屋のどこからか、電子的な音が入ってきた。ジャンヌD、リゾルバーの仕事を支えるホストサポートコンピューターだ。 「ジャンヌD、訓練中のサポートありがとうございました」 〈あれらは私、マザーコンピューターの子供たち、役にたちましたか〉 「彼らのサポートなしには卒業はありませんでした」 〈それはなによりです。では、セント星の政変について説明しましょう。これには昨年起こった事件が関連しています。セント星が、友好な取引を行っていたシネルド星に生命力が強く、医療部門で注目されている薬草品種を輸出したところ、シネルド星の主食である穀物種を食いあらす結果となり、シネルド星の第一次産業にかなりの被害をもたらしました〉 「それは、事前の調査に不備でも?」  輸出の責任は輸出者、および輸入者双方にある。そのため、輸出者は現地の生態系調査を輸出前に輸入者の協力を得て徹底的に行なう。セント星の環境調査機関は輸出物のダメージに対して敏感で、相当の調査を行わないと輸出しない。その結果は第三者機関のコスモアカデミーの研究所でも検証され、認可されたものだけが輸出されてきた。  歴史上もその調査の徹底ぶりから、セント星からの輸出物で生態系の決定的な異変を起こすことはなかった。  とはいえ調査は絶対的なものでもない。  弟のショーンが研究機関に残った理由はそこにもある。星々の生態系のバリエーションは拡大するばかり。最先端の機関とのつながりを強くする事が最重要事項だと判断してのことだ。  ジャンヌDが続ける。 〈セント星は迅速に対処し、国を挙げて、品種の改良と薬草品種の回収に努めましたが、被害はシネルド星の穀物総産出面積の5%に上りました。このことで、セント星はシネルド星に対して、多額の賠償金を支払っています〉  ジャンヌの報告を聞いていたカルネルが口を開いた。 「この事件に関してセント星から、調査依頼がコスモ連邦警察広域捜査班に来ている。シネルド星への種輸出は、シネルド星での生態調査をした上で、問題ないとの判断でのものだった。しかし、その生態調査の内容が間違って報告されていた可能性がある。もちろん、セント星の政府公安警察が徹底的な調査をしたらしいが、これといった糸口は見つかっていない」 「セント星政府公安警察はたしか……」 〈そうです。マリオン、貴方の国の警察の評価はエクセレント。銀河一、二を争う機関です〉 「マリオン、内部に犯行にかかわっているものがいる可能性がある。お父上とは長年の付き合いだ。連邦としてもできるだけのことをするつもりだ」 「ありがとうございます。広域捜査班に依頼が来ているということは、これが私の仕事ということでしょうか。カルネル。私はリゾルバーとして派遣されると……」 「いや、君の帰国はお父上の意向だ。こちらは関与していない」 「しかし、リゾルバーという仕事は国と国との外交官的役割も果たしながら、事の真相を解明するための要員であると教えられています。であれば、セント星の内情に詳しい私が……」  ジャンヌDはやわらかく言葉をはさんだ。 〈もちろん、リゾルバー選出は、その国の出身者がふさわしい場合もあります。けれど、あなたに加わってもらえない大きな理由があるのです。これはつい先ほどコスモ連邦ニュースにはいってきたものです〉  立体的な画面が二人の前に現れた。映っているのは、見目麗しい男性アナウンサー。一見してでは、遺伝子の繋ぎ合わせによる美しさなのか、作られた美しさなのかは判断つかない。マリオンには見慣れたセント星の映像をバックに男性はしゃべり始めた。 「……銀河最大の自然薬草・薬品生産国であり、輸出国であるセント星の議会は、今回の輸出品不祥事のため、国民の国庫を著しく浪費したとの責任を追及し、現王、セント王三世の退陣を強く求めています」  マリオンは、自分の脈拍がぐっと上がるのを感じた。この二年の間に、なにが起っていたというのだ。父は、いったいなにをしているのか。ニュースは続いた。 「議会の要求は、今すぐセント王三世の息子、ショーン王子を帰国させ、議会のサポートでの治世を図ること。でなければ、第一皇女マリオン・セントの帰国および、彼女の結婚によってしかるべき次期王を選出することです。現在議会からは、二人の花婿候補があがっており……」  画面は急にフェードアウトした、カルネルは、マリオンを気遣うように見た。 「言葉もでないか」 「わなです。これは、カルネル!」 「そうだろうな。しかし、これで、私が君に依頼はできないことを納得してほしい」  ジャンヌDが状況を補足した。 〈マリオン、セント王は息子の帰国には応じるつもりはないと硬く拒んでいるそうです〉 「でしょう。帰れば立場的にも生命的にも無事ではすまされませんから」 「セント星と今回の事件の調査はすでにリゾルバーを選出して派遣してある。マリオン、今はお父上を助けて一国も早く帰国したほうがよかろう」 「・・・・・・しかし、私は・・・・・・」 「君の気持ちも分かるが、今、国にとっても一番大事なのは、セント王の側に味方がいることではないかな・・・・・・リゾルバーに求められているものは、個の生命の安全確保だ」 「カルネル・・・・・・」 「お国から迎えのシップが連邦のドックに待機中だ。三時間後には出発する。荷物をまとめて二時間以内にドックに入り給え」 「・・・・・・承知しました」 「マリオン、こちらも全力で解決にあたる。君の力を借りたいときは、連絡もとらせてもらう」 「もちろんです。ありがとうございます」 「気をつけて帰国したまえ。君自身十分命を狙われる可能性がある」 「恐れ入ります……しかし、カルネル」 「何かね」  マリオンは、今手に入れた切符を手放すまいと、硬くこぶしに力を入れて言った。 「私は・・・・・・・くどいようですが、国に永久に帰るつもりはありません。国が落ち着きましたら、任務に尽きたいと思っております」 「覚えておこう」 「は、ありがとうございます」  マリオンは、一礼して部屋を後にした。  国のシップが迎えに来ている。  事態はそんなにも切迫している。  マリオンの後ろ姿を見送りながら、カルネルは、この二年間、彼女を訓練から呼び戻さなかったことがよかったのか悩んでいた。が、これはセント王、かつてのアカデミー同期生からの頼みだ。  その同期生から通信が入ったとジャンヌDが伝えた。  大画面には、セント王の姿が映る。お互いの白髪ぶりが年月を物語った。 「これでよかったのかな。王よ。マリオンが帰国の意思をかためた」 「すまなんだ」 「帰国しておとなしくしてるとは思えないがね」 「当たり前だ。だが、事態がゆるさんのでな」 「あわよくば、娘が事件を解決するとでも?」 「まぁ、おとりにはなるだろう」 「娘を危険にさらすとはたいしたものだ」 「そちらで鍛えてもらったのだろう。大丈夫、生き残るさ」 「勝手だな」 「マリオンはちゃんとリゾルバーになったのだろう」 「トップの成績でね。さすがだよ。君の娘だ」 「まだまだ甘いところがあるとおもうがね」 「いや、彼女は第一級のリゾルバーになるだろうよ」 「とんでもないやつにみこまれたものだな」 「そういうな。いいようにとってくれ」 「面倒をかける、カルネル」 「いや。これが仕事さ」 「では」 にこやかに手をふって、別れを告げるかつての旧友に向かってカルネルは思わず言葉をつないだ。 「王よ、気をつけろ。数少ないアカデミーの同期生をなくすのは悲しいからな」 「わしは大丈夫さ」 「だと思うがね・・・」  セント王はにこやかに笑いながら、フェードアウトしていった。  そんなにも信頼している娘を外に出す決意をした同僚に、やはり一国の主の権威と威厳を感じる。 カルネルはフェードアウトした画面に向かって、軽く敬礼した。 「離陸します。目標セント星」  シップのアナウンスが響く。  マリオンは船長からの個室待機のリクエストを拒否し、デッキの副操縦席に座っていた。  自国のシンボルマーク。つたのような複雑な文様をバックにSの文字をまた複雑に絡み合わせている、曲線的な文様。久しぶりに見る。  なぜ、退陣など。  貴方が受け入れるとは考えられない。マリオンは、父王がどうにもならない事態にまで追い込まれているということが信じられず、あれこれ思いをめぐらせた。  思い出されるのは最後に旅立ったときの厳しい父の顔。  マリオンがリゾルバーの試験を受けるために旅立ったときだ。  けれど、自分には、あの時、国を出ることしか道がなかった。二度とかえることはないと思っていたのに。  父上、どういうことなのです。マリオンは心の中で父に語りかけていた。  船長が。マリオンにあと数時間で高速移動に入るので、部屋に戻って欲しいといいにきた。  その遠慮勝ちな船長の言葉を聞きながら、マリオンはレーダーを凝視している。  レーダーに急に侵入してきた不穏な影を見ながらマリオンは叫んだ。 「船長、戦闘体制!一個艦隊がこちらを射程距離にいれて突進中だ」  全く同じコメントをレーダー監視コンピューターが告げる。  スクリーンに映る怪しげな光を見て、船長が顔色を変えた。  マリオンに頷くと、指令を出した。 「全艦、迎撃態勢、緊急度、クラスA」  マリオンは、船の先頭に走る。  船長も続いた。  スクリーンに大きく艦隊が映った。 「海賊のように見えますが」  船長のいうように、船のデザインがさまざまで、一様でないところが海賊っぽい。 「いや、海賊に見せかけているだけかもしれん」 「は・・・?」  マリオンは、船の基本構造がどれも同じであることを見抜いていた。  デザインだけではごまかせない基本的な、エンジンの形やシップの尾翼の形が一様だからだ。  いずれにしても、ここは戦うしかない。あっちは何の前触れもなく、こちらを射程距離に入れてきているのだから。 「マリオン様。数では勝ち目がありません。ここは、金品を渡して解放してもらうことはできないでしょうか」 「金品が目当てでなかったら?」 「それは」 「ここから高速移動地区までどれくらい?」 「全速移動しても、一時間弱はかかりましょう」 「私の専用戦闘機は積んであるか?」 「皇族戦闘機ですか」 「そうだ」  皇族戦闘機は、儀式用だ。しかしながら、もちろん、武装は最新のはず。 「私に優秀なパイロットを二名かしてほしい」 「姫様」 「目的は私だ」 「それはなりません」 「船長、私は訓練を終えたばかりだ」 「しかし、もしものことがあれば・・・」 「とにかく、全員が無事に帰るのが目的だ。この船は先を急いで、高速移動圏内に入り、高速移動警備隊に助けを求めよ」 「マリオン様・・・」 「この船の中での戦闘指揮権限は私にもあるはず」 「しかし」 「ぐずぐずするな、私一人でもでるぞ」 「それは。お待ちをただいますぐに」  船長は、後ろを振り返ると直立している二名に言った。 「ムソグ警備隊長、副隊長とともに、マリオン姫の護衛にあたれ」  二人はマリオンの前で敬礼した。 「頼みます」  マリオンに続いて二人が消えると、船長が大声を上げる。 「高速移動地点まで、全速で進め。主砲隊は三機の発進時の援護。全員配置につけ!」  甲板が一斉に動いた。  指紋一つないくらいに磨き上げられてる皇族戦闘機にマリオンが乗り込んだ。周辺モニターが立ち上がり、敵機が確認される。飛び出す際の攻撃をかわして、三機が弧を描いて、母艦から離れ、海賊船に突進する。  挙をつかれた海賊船もどきがたじろぐように見える。  化けの皮をはがすことができれば、今回の騒動、解決が早い。  マリオンは、かすかな期待を持って、船をひきつけていく。  数は五隻。一隻は、全速力で高速移動拠点に向かった本艦を追いかけ始めた。四隻がマリオンたちを追いかけ始める。  乱れ飛ぶ光線をかわしつつ飛ぶと、小惑星群が見えた。  他の二人に小惑星群に入ることを伝える。  小惑星を盾にできれば攻撃も防御もしやすい。  発進したときに、一番近くの連邦警察には応援を求めたが、早くても一時間はかかるだろう。そのころには既に決着がついている。  小惑星群は、定住しない海賊達の巣窟になっているので、運が悪ければ他の厄介ごとを呼び込む可能性もあるが、考えている暇はない。  仲間の船を攻撃しようとして隙のできた敵艦のエンジンを狙い、命中させた。  あと三隻。と、今度は味方の機のエンジンをやられる。 「片方のエンジンで、小惑星に不時着をしろ。援護する」  マリオンは、叫んだ。 「り、了解」  副隊長の声が応答し、ふらふらと小惑星の一つに船体ごと不時着する。  上部に不吉な影がのぞいた。突然小惑星の影から大型のシップが姿を現す。 やはり。 国を識別できるような信号は出ていない。 海賊船か。  不気味に近づいてきており、マリオンとムソグ警備隊長の船が緊張する。 「ムソグです。姫様どうしましょう」 ムソグが指示を求めてくる。 「攻撃はかわせ、しかし、反撃するな。後が厄介だ」 「了解しました」  敵方の三機も思わぬ邪魔者に、出方を見ているようだ。  大型の海賊船は、ゆるりと物色するように戦闘機をみて、ゆっくり主砲を有る一定方向に向けた。 「ムソグ、離れろ!」  マリオンは叫んだ。  主砲は、マリオンの敵方のすぐそばの小惑星に向かって放たれた。  敵方の戦闘機はことごとく、エンジンや外装にダメージを受け旋回しながら、去り始める。  この皇族戦闘機がこの巨艦の海賊船の食欲をそそったのであれば、万事休すだ。  しかし、味方の不時着機を見殺しにはできない。  そのとき、セント星の本艦と一緒に、高速移動基地の警備艦隊が、姿をあらわした。 「こちらは、高速移動基地付属警備艦隊である。この小惑星群までが、高速移動基地警備の範囲である。用のない艦隊は至急にこの場から立ち去るように」  巨大な海賊船は大海原の鯨のように、ゆっくりと旋回すると悠々と進路を変更した。 「最近、高速移動前の海賊襲撃が多いらしく、警備範囲を広げられていたとのこと。おかげで早く、マリオン様のところまで帰ってくることができました」   船長は傷一つない、皇族戦闘機から降りてきたマリオンをほっとした目で見ながら事情を説明した。  警備隊は、無事にセント星の送迎艦を高速移動に乗せることが仕事。 彼らは襲った海賊についてのデータをコスモ連邦に送り、お役ごめんの態度を取った。どこでも、責任の範囲を明確にしておかなければやってはいけないのだろう。  高速移動後の場所からセント星はそれほど遠くない。移動前に襲われたと連絡を受けて、セント星の惑星警備艦隊が高速移動警備領域の外まで迎えに出てきていた。  青緑の星。  マリオンは送迎艦の窓から自国を懐かしく見た。帰らないつもりだったとはいえ、自国の空気はなじみがあってほっとする。  そう思ったのもつかの間。 セント星の空港の歓迎ムードを見て、マリオンは、一瞬、艦に戻りそうになった。  騒々しい歓迎のファンファーレ。  垂れ幕。  レーザー光線。  ふんだんな生の花々たち。  驚いたことに、空港の内部ゲートに立っていたのは、父王。デュール・セント。 「マリオン!襲われたらしいな。迷惑はかけなんだか?」 「父上、だれがだれにです?」 「もちろん、お前が、送迎艦のみなみなにだ」  後ろでデュールに敬礼している艦長が、額に脂汗を浮かべている。 マリオンはため息をつき言った。 「たくさん迷惑かけました」 「やっぱり」 「仕方がなかったのです」 「まあいい。報告はきいとる。ここは宇宙空間でも、アカデミーでもないのだから、下手な騒ぎは起こさないよう」  マリオンは自分の父親のわざとらしい確認にうんざりした。だいたい王が娘の迎えに公の発着場に来ること事態、自殺行為だ。 「父上!城で待っていてくだされば、発着場など、危ないではありませんか」 「このところ、ずっと城の中でな。退屈しておったのだ。で、訓練期間はどうだった?」 「はい。おかげさまで無事にリゾルバーになる資格を得ました」 「そうか」  一瞬、寂しそうな父の顔を見たと思ったが、マリオンは、その気持を殺した。  後ろから、うやうやしく会釈する壮年男性が言う。 「マリオン様、ご無沙汰しております」 「バルダ議員……いや、今は議長であられたか」 「はい、一年前に就任いたしました。このたびのこと……」 「連邦警察のシニア・カルネルから事情は大体聞いています」 「では、今回のご帰国は議会での提案を受け入れてくださったと思っていいのでしょうか。マリオン様」 「そ、それは」 「わ、わしはうれしいぞ。マリオン、帰ってくれて……」  マリオンは父親のうそ臭い嗚咽にうろたえる。 「ち、父上……」  セント王はマリオンに目配せをしている。事情は跡でという意味だ。 「父上……」  セント王は、出迎えの国民の群れに向かって手を振り、マリオンに言った。 「ほれ、マリオン、お前の帰国を喜んで国民がたくさん出迎えておる、手をふれ」 「はあ?」 「みな、お前の帰国を心待ちにしておったのだ」  マリオンは生まれてこの方ずっと身につけてきたプリンセススマイルで、星民に手を振った。自分に手を振ってくれる星民にありがたいと素直にマリオンは思った。  だからこそ帰ってきた。  私には少なくとも、自国の星民たちを守る義務があるのだから。  空港から城までの間、父王と二人同じ車に乗り込んだ。  案外元気そうな父王を見て内心安心していた。 「それにしても、色気のない服だな。なんだ、それは」  デュール・セント王は、マリオンの服をみて眉根にしわを寄せた。 「コスモ連邦警察の制服です。父上」 「城で着替えろ、早く婚約者たちに会わせたいからな」  マリオンは耳を疑ったが、聞こえないふりをするわけにもいかない。 「なんとおっしゃいました?父上」 「お前の将来のダーリン候補にだ」 「う……父上、まさか本気で」 「詳しい話は城にかえってからだ」  デュール・セント王は静かに目を閉じた。もう話はしないという合図だ。  盗聴を警戒している。  それほどまでに父は監視されているのだろうか。であれば、事態は深刻。  マリオンは父親の横顔を見ながら、今は聞くまいと思った。  目の前には、久しぶりの故郷の風景が広がっている。  大陸のほとんどが温暖なこの星だからこそ、育つ、豊富な植物。  青緑の空と、植物たちの青緑が重なっている。  空と陸の境がわからないほど密度の濃い緑。  この色に囲まれているだけで、癒されてくる。  そして、それらを原料とした、薬草、香料が、この星を支えている。  この星に帰るたび、祖国の財産を誇りに思う。  マリオンはその風景を眺めながら、この星の財産に付け込む外部の圧力がどれほど存在するだろうと、ふと眉をひそめた。  青緑の風景の隙間から、シルバーに輝く建物が現れた。  城だ。豪快で重厚な橋を渡った城砦の奥に広がる、円錐形の優美な宮殿。  車はその円錐形の足元に吸い込まれていく。  城の門をくぐったとたん、後宮のファンファーレが鳴り響き、歓声がこだまする。  マリオンは、窓をあけ、窓から外に体を乗り出して、手を振った。  歓声がひときわ大きくなる。  いつの間にかデュール・セントも、窓を開け、手を振っている。   「マリオン様!」  懐かしいアルトの優しい声に、マリオンは振り向いた。  城内のプライベートエリアで、数名の顔なじみが出迎えてくれる。 「セレナ。元気にされてましたか?」  生まれてから、ずっと母と二人三脚で自分を育ててくれた乳母、セレナばあや。  丸い顔に似合って体も丸くなっている。 涙もろいところは昔から変らず、目に涙がたまっている。 「マリオン様。本当に、もう一度、お会いできるなんて」 「ばあや、ちょっと大げさよ」 「いいえ、このたびのことで、ばあやは、これではいけないとなんとか気力を振り絞っているのでございますよ」 「気力って。いつも元気そうだが」 「はい、もうろくなどしていられませんから」 「セレナはいつ見ても若いよ」 「いえいえ、めっきり足腰が弱くなって」 「それは、大事にしなくては」 「いいえ!まだまだ子守もできますから」 「こ、子守?」 「マリオン様、ご成婚なさったら、きっともうあっという間に」 「はあ?」 「もうどきどきしますわ。マリオン様のお子様だったら、もう玉のような」  セレナが赤ん坊を抱くような仕草をしている。 「セレナ、私は」 「二代にわたって皇族のお子様をお世話できるなんて」 「私は結婚するつもりは・・・」  後ろで気配がし、いやな予感がして、マリオンは振り向くのを故意にためらった。  セレナの瞳が輝くのをみて、予感があたっていることを知る。 「姫様。お父上がお婿候補をつれていらしたわ」 「・・・」  抵抗しても始まらない。前には、期待に胸膨らませている乳母。  うしろには・・・ 「マリオン、婿殿候補だ」  マリオンは思い切って振り返り、しおらしくお辞儀をしたまま、父を迎え入れ、頭を上げた。  二人の男性は王宮に招かれるにふさわしいローブ付きの服を着て、頭を少し下げて待機している。 「マリオン、紹介しよう。こちらがアンサーン・エチゴン殿」 「エチゴン……」 「お前も知っておるだろう。わが国最大の生産機関を備えた商社であり、納税額ナンバーワンの富豪でいらっしゃるエチゴン商会のご子息だ」 「お見知りおきを」  アンサーンは、マリオンに礼儀正しく挨拶をした。  セント星では平均身長を上回るマリオンでも、少し見上げるぐらいの背の高さ。  吸い込まれるのでは思うくらいの瞳は黒目のはっきりした木の実型。浅黒い肌。  にこりとした顔の歯はいやみなほど白いが、笑った口の形は、魅力的で、好感が持てる。  財閥の息子であれば、さぞちやほやされてきただろう。  誰にも憎まれなかったその分、素直な表情が出る。  闊達そうな青年。マリオンはそう思った。 「そしてこちらが、セルカーク・プギョム殿。昔遊んでもらったことを覚えているだろう。今はセント星商務省にお勤めだ。そうそう、お前の先輩でもある。コスモ連邦アカデミーご出身だ。国際商業法とビジネス化学を学ばれたらしい」 「ご無沙汰しております、マリオン殿。お母上のご葬儀以来ですが」 「セルカーク殿・・・」  顔を上げたセルカークはマリオンに一礼で挨拶をした。  マリオンの母の葬儀の日、セルカークは父親のプギョム商務省大臣に付き添われて参列していた。セルカークの父はマリオンの母との遠い縁繋がりにあった。  セルカークが地元の最高教育機関を選ばす国外での勉学を望み、コスモ連邦アカデミーに進んだと聞いたのは母の葬儀からしばらくたってからだった。マリオンが自分の進路を自国の外に求めたのも、少なからずセルカークの影響を受けている。  周りからは無敵の姫君とおもわれている自分にとっては、適わない相手の一人だ。  目の前のセルカークはマリオンの記憶の中の彼とほとんど変わりなかった。 長いまつげ、切れ長のブルーグレーの瞳。面長で美しい鼻筋。薄く形のいい唇はいつも必要最低限の言葉しか発しない。  絶世の美女と謳われたセルカークの母君の顔立ちをそのまま受け継いでいる。  暖かい季節しかないこのセント星で、セルカークのイメージはいつも冬の景色だ。  氷の表情。  自分の心を絶対に悟らせない表情。  人は無意識に相手の表情を自分の表情の中に映し出しながら、話をしたり挨拶を交わしたりする生き物だ。  しかし彼の表情はいつも変わらない。  小さい頃、人の顔色を見ながら話をする時期に、マリオンは彼の前で不安を感じたことを覚えている。  だからといって本当に冷たいわけではなかった。  マリオンは幼き頃に遠い親戚の子供として、セルカークに遊んでもらったことを忘れてはいない。他の貴族の娘や息子と違って、マリオンや弟のショーンが悪さをしても、ぎりぎりのところまではほっておいてくれた。というより、今考えれば、どこまでやれば危ないのかを計算していたのだ。  あの頃、制限の中で生きていたマリオンたちを最大限に遊ばせてやろうというなんとも大人びた気遣いを持っていた。  彼の表情がなくなったのは、あの日を境にかもしれない。  あの夏の暑い日。  私を体を張って助けてくれたあの日から。    マリオンは懐かしさを心にしまい、わざと無表情に挨拶をした。  そのとき、セルカークが微笑みながら、挨拶を返した。  マリオンのほうが驚いた。  セルカークの笑った顔を見たのはあの幼い頃以来だと思ったからだ。  なんと涼やかな。  これも戦略なのか。  セルカーク・プギョム。どういうつもりだ。  しばしの沈黙のあと、デュールがマリオンのそばに来て言う。 「マリオン。顔が怖いぞ」 「父上!」 「敵(かたき)を紹介しているのではないぞ」 「わかっています」  アンサーンは顔を伏せ、肩が震えている。笑っているのだろう。 「この間の一件では、お二人にずいぶん世話になった。アンサーン殿は、問題解決のためのあらゆる輸出物をほとんど原価でだしてくれてな。本当にお心が広い」 「当然ですわ。国の一大事でしたからなあ」  マリオンは、この現代っこの口から出る変ななまりにぎょっとした。  そういえば、エチゴン家はかなり南方の出で、商業言葉でさえもその地区の独特の言葉が多く使われていることを思い出した。 「セルカーク殿も、手続きが最短ですむように配慮してくださり、自ら赴いて、指揮をとってくださった」 「いえ、商務省の仕事でしたから。当然のことです」  父の芝居がかった二人の持ち上げ方。  それに対する二人の返答もわざとらしすぎる。マリオンは心の中で頭を抱えた。二人とも茶番を演じているのか、自分を馬鹿にしているのか、それとも本気なのか全くわからない。  マリオンは淡々と返した。 「お二方とも、私の留守の間、父の力になってくださってありがとうございました。しかし、私が帰ってきたからは、大丈夫です。それに、お二方がいらっしゃるのではっきり申し上げますが、私は結婚しに帰ってきたのでは……」  デュールはマリオンの言葉を遮った。 「で、マリオン、これから七日間このお二方を城にお招きした。お前の将来のことだ、ゆっくり時間をかけて、どちらの御仁と結婚するか決めるがいい」 「父上!」 「もちろん、どちらがこの国の王になるのがふさわしいかを決めるテストは毎日行い、わしのほうでも、見極めさせていただく」 「もちろんです」 「望むところです。王」  アンサーンも、セルカークも、レースにでも参加するような勢いだ。  マリオンは不愉快を通り越して、怒りの表情をあらわにして叫んだ。 「だから、父上、私は結婚するつもりはありません!」 「マリオン。これは提案でも、アドバイスでもない。私からの命令だ」 「父上!」 「もちろん、この七日間外出を禁止する」 「そんな、父上!」 「話は以上だ。もう夜も遅い。おまえもゆっくり休め」  これまで一度も娘に命令など下したことなどない父。  なぜ、どうして、言葉にならない疑問に押しつぶされている間に、セント王は候補者を伴って部屋を出て行った。 Ⅱ  自分の部屋はまだ残されていた。  ショーンが結婚すれば時期女王の部屋にでもなって、私の帰る場所は本当になくなるだろう。しばし、甘えさせてもらおう。  この部屋には母の魂もまだ息づいている。  マリオンには感じられる。  昔から、薬草・香木を扱ってきたセント星には、香を焚くことによって、自分の意識を外に飛ばし、宿る魂と交信することができる人間がいる。マリオンもその一人だ。父、デュール・セントの力は最大と聞いているが、その力を使うところを見たことはない。  マリオンは、母の残してくれた香(こう)を取り出した。  代々、王家に伝わる大切な香木(こうぼく)。  バラの香りを湧き出させることができ、母の持ち物はそのにおいを焚き染めてあった。  マリオンは、香木をくゆらせ、長いすに寝そべった。  体にまとわりつく香(こう)の香りはそのまま、母の手のぬくもりになり、マリオンを押し包んだ。  母上……。  母の魂が、マリオンの久しぶりの帰還を喜んでいることを感じて、マリオンもうれしくなった。父への怒りがだんだんと影を潜める。 「父と話をしなければ」  マリオンは無意識につぶやいた。    アンサーン・エチゴンは、与えられた部屋に入るとソファーに座った。机の上に盛られた果物を手にとってかじる。  この国の人間といっても王に会う事など一生ないと思っていた。王宮の中のことなど他人事だと思って育った。特に、王宮の有る政務を司る機関は、自分の育った南の地区から遠く、すべての出来事がデジタルモニターの中の世界だった。  最初、この話が来た時、また父親の仕業と知って頭から拒絶した。あの親父には会社を大きくすることしか頭にない。そして、会社を大きくするためには、絶対的な後ろ盾がいる。  王家以外にそれに匹敵する後ろ盾があるだろうか。 ない。  それは十分判っている。  けれども、自分の結婚相手までその犠牲にするつもりはない。  アンサーンとて会社を大きくしたいと思っている。もっと多様な貿易をしたいとも思っている。だったら後ろ盾などなくても正当なやり方で会社を大きくすればいい。多様で規模の大きい商売をするには、べつにこの星にこだわることはない。宇宙法を守って進めるなら、どんな取引だって可能だ。  父親との対立は、貿易のあり方が変化すればするほど大きくなっていく。セント星がコスモ連邦に加盟してからは、実際、星間貿易が盛んになった。セント星の持っている財産は植物の多様性だ。それらを把握してより効率的で、効果の有る輸出入のあり方を考えるのも商売のやりかただ。なのに、父親は利益の上がらない商売かどうかだけで判断する。会社の成長も、人材育成の成長が必須だと口では言っても、社員を使い捨てするような考え方をまだ持っている。必然、会社の中での管理も甘くなる。  今回の不祥事がいい例だ。扱っている商品は人を助けもするが、星を滅ぼしもする。開発中の薬草を使った医薬品は使い方で人の命も奪う。だからこそ、商売というよりは、もっと厳密に対処するべきであり、お金で解決できない事を提案していくべきなのだとアンサーンは思っている。  それにしても、身近で見た面影が脳裏から離れない。写真や映像で何度か見たことがあるものの。マリオン第一皇女の輝くばかりの気品と容姿は想像以上だった。   元々彼女の貿易に対する考え方、諸外国との付き合い方を見ていて会ってみたいとは思っていた。国益のためだけの貿易ではなく、双方向によりよい貿易と友好関係を謡った外交手腕は一般市民から見ても誇れる考え方だ。  王家の一人娘でありながら、コスモ連邦アカデミーに奨学金扱いで入学し、帰国の予定はないといわれていた女性だ。その潔さにも感動したといってもいい。  今回の勝負。  結婚相手となるとスタート地点としては不利だ。自分を卑下しているのではない、それどころか、自分さえ知ってもらえれば、決して劣りはしないと思っている。しかしながら、相対する、セルカークのコスモ連邦アカデミーというバックグラウンド、もと商務省大臣の息子でありながら、王家の母方とも血縁であるという条件。それだけを見ても勝ち目はない。  けれど、今日、マリオンを見て驚くほど心が動いたことをアンサーンは認めないわけにはいかなかった。絶対に人にこびない孤高の魂。けれども人を拒絶しているのではない、生まれもっての鷹揚な雰囲気。美しいことは言うまでもない。自分が生涯ずっと心をささげ、この人を支えていくことで自分の生きがいを見出すことは決してありえない選択ではない。むしろ自分はそういう人生こそを望んでいたのではないかとふつふつと思い始めていた。  本気でいかんとあかん。  なんとしても、この七日間で、姫の心をゲットしたい。これは一つのチャンス。  それには、どんな手を使ってでも。  アンサーンは誰もいない部屋で。よしゃあ!と叫ぶと、気合いをいれた。  美しくおなりになった。  セルカークもまた、今日久しぶりに再会したマリオンの姿を回想し、ふっと口元を緩めた。さすがに、大人の女性の落ち着きを身に着け、帰ってこられた。昔のような無防備な表情をみることはできないことに少しさみしい気もする。  小さい頃は妹のような存在だった。あまりのおてんばにいつもひやひやした。  いつも大人に囲まれ、制限の多い生活をものともせず、表情を七色に変えて、遊ぶ普通の子供だった。  けれども、あの日。  あの暑い日の午後。  セルカークは、昨日のことのように思い出していた。  弟君のショーンに虫の名前を教えていた間に、姿が見えなくなった。  肩に落ちてくる落ち葉で、上を見上げた。あの方が上へ上へとどんどん木を登っている。  ---セルカーク。みて、こんなに高く上れるよ。  ---姫様危ない。すぐに降りてきてください。  セルカークはあせった。  子供の体は頭の重心が重い。下から見ていても危なっかしい。  ---あと少し、あと少しでてっぺん。セルカーク、ここから、一緒にお空を見ようよ。  息を切らした声が降りてくる。  ---姫様、どうか、困らせないで。てっぺんは、枝が細くて危ない。どうか今すぐ。  あの時、捕まえにいったほうがいいかどうか迷った。けれど、結果的に、次に起ることで、下にいたことが功を奏した。  ---あっ! 空から振ってくる声と、枝の折れる音。続いて、空気を切って落ちてくる音。  小さい体と枝数本が一斉に降ってきた。  受け止めた。たくさんの鋭い枝も一緒に受け止め、手の中で姫はセルカークの血で染まった。  ---セルカーク、セルカーク。  マリオン姫の驚いて見開いた目。  痛みは感じなかった。  姫の顔にとんだ、自分の血を拭いてやる。  ---姫様、痛いところはないですか?  見開いた目に涙をためて、必死に首を横に振る。  それを見たとたん、意識が遠のいた。  ---ごめんなさい。ごめんなさい。だれか。だれかきて!  姫様の声がこだまし。ショーン様の火のついたような泣き声が遠くで聞こえた。  肩から腕にかけて裂けた皮膚は、完治するのに時間がかかった。  議会が、セルカークの父への罰則を提案したと聞いた。  けれどそれをとめたのは、セント王。  子供は怪我をし、怪我をされて学ぶ。今回のこと、ご子息の怪我、こちらから謝りこそすれ、なにもとがめるところはない。  一緒に付き添ってやれていなかった親の責任。つまりは自らの責任以外のなにものでもない、と議会で発表された。  それからの姫君からは変わられた。子供らしい微笑は消えてしまった。  常に回りの人の顔色を見るようになっていた。  私に対しては特に。  すっかりおとなしくなってしまったあの方をみて、ああ、自分はこの人の前では冷静でいなければと常に思ったものだ。なんと人の心をすぐに読んでしまう、生まれもっての洞察力。これが王家に伝わる力とも関係あるのかと思った。  あれから、二十年近い時間が流れている。  今回のような展開になったと知ったら、亡くなった父はどう思っただろう。喜んだだろうか、それとも、慎重に考えすぎて、落ち込んでしまっただろうか。  今では想像するしかない。けれども、父上、貴方が心配していたことが起りつつあります。そして、私はその渦中にいる。あの時、父上が望んでいたこと覚えています。そして、それはいまでも私の心の中に生きている。  やり遂げますよ。父上。 見ていてください。  セルカークは、明日からのことを思って、窓の外を眺めた。  あの人と同じ建物にいる。  そう思うと、やはり笑みがこぼれた。  翌朝、マリオンは、父を探して、執務室に入った。  デュール・セントはマリオンの顔を見ると、人払いをした。  王は、部屋の外のテラスに誘った。  テラスのスピーカーを入れて、音楽を鳴らした。盗聴予防だろう。  マリオンは必然、王の耳元で小声で話をする格好となった。 「父上、なぜです。私がなぜ国を出たか、ご存知のはず・・・・・・なのにいまさら・・・・・・」  マリオンは自分の帰国をほぼ強制した父に対し、単刀直入に聞いた。  デュールは、父にわずかな遠慮を残した娘の発言に、前から用意をしていたように答えた。 「お前が、次期後継者にと世間が騒がしくなったことを気にして国を出た事は、承知している」 「では。なぜ?」 「マリオン。わしがおまえを娘としてだけの立場でいさせることは難しいことは理解してほしい。まだこの国を背負っておるのでな」 「それは・・・・・・」 「いま、議会を刺激するのはよくない。シネルド星への輸出品の不祥事について、連邦警察が解明してくれるまでは・・・・・・」 「父上……」 「自分の立場を自由にすることができないことは、承知しておるだろう?」 「それは。ある程度は」 「ショーンも含め、お前達二人ともを国外に出す事を承知させるだけでも、いろいろあるのだ」  それは、よく知っている。このことは国の問題として浮上するたび、父が押しとどめてきたと言ってもいい。それには感謝している。けれども、再び、国に縛られての帰国は、やはり納得がいかない。ではいっそ。言ってはならないと思いながら、やはり言ってしまう。 「では、いっそのこと私を勘当してください」 「ばかもん!・・・・・・・わしを天涯孤独にするつもりか・・・・・・・」 「父上」 「カルネルが」 「リゾルバーシニアのカルネルですか?」 「彼がわしに約束してくれた。七日でなんとかすると・・・・・・」 「七日間・・・・・・では、この茶番は・・・・・・」 「なんとか持ちこたえてくれ」 「安心しました」  マリオンは、父親の言葉にやっと納得のいく流れを発見し、やはりと思い、安堵した。これは単なる茶番なのだ。事件が解決すれば、国の平穏が訪れれば、自分はまた国を離れることができる。マリオンは、それを聞くと、立ち上がった、が、その背中にデュールの放った言葉に耳を疑った。 「しかし。マリオン。わしはお前の結婚には真剣だ」 「は?」 「この機会にいっそ結婚してくれたらと本気で思っておる」  娘と、父との間で、無言のにらみ合いがしばし続き、マリオンは自分の気持を言い放った。 「私にそのつもりはありません!」 「わしは本気だ」  父は本気だ。  マリオンは、デュールの目の中に訴えるような光をみて、めまいがした。  今まで、どんな意見の対立があったとしても、父を敬い、また、娘の意見も尊重されてきた。けれど、今の父にその気持ちはみじんも感じられない。強制的な意見の押しつけだ。  扉番が、訪問者が来たことを伝え、扉が開いた。  アンサーンとセルカークが入ってきた。  急にまた、とぼけ王に変身したデュール・セントは、勢いよく、二人を出迎えた。 「お、きたぞ、テストタイム開始だ!」 「父上……話はまだ……」 「おはようございます。姫様」  アンサーンは、朝から元気よく、マリオンに笑いかけた。  セルカークも、会釈しながら、微笑を絶やさない。  マリオンはこのペテン師どもめと苦々しく思いながらも、父がどんなテストを行うのか興味本位で見ていた。  どうせ城を出ることはできないのだ。  それにしても、明らかな時間稼ぎとも思えるつまらないテストばかりが並ぶ。  父がいったいなにを考えているのかわからない。  確かに連邦警察が解決するのを待つしかないのはわかる。けれど・・・。  アンサーンはセント星から出たことはないといっていたが、国の最高教育機関では最後の課程まで取得している。頭の切れかたは、アカデミー出身のセルカークと劣らない。父のテストというのは、結局は、禅問答のような哲学論争のような、毒にも薬にもならない、会話を続けさせているようにしか見えない。どうやって点数などつけるつもりなのか。  あわててマリオンは首を横にふった。  悲しいかな、親がどちらを選ぶかを気にしていること事態、この茶番に巻き込まれているではないか。ありえない!断じてありえない! 「さてと、マリオン。なにがありえないんだ?」  父が、冷や汗をかいている自分を覗き込んでいるのをみて、はっとマリオンはわれに帰った。こころで叫んだつもりが、大声で叫んだらしい。  アンサーンは、びっくりした顔をしてマリオンを見ており、セルカークは、苦笑している。  マリオンはあわてて、取り繕った。 「あ、いえ、別に」 「御仁たちになにか質問はないのか?」 「質問ですか?」 「そうだ、わしが、いくらどちらかの御仁をいいと思っても、結局は、お前が決めることだからな」  父は、マリオンの心を見透かしたようににやりと笑うとそういった。  とたん、セルカークとアンサーンの顔が引き締まる。  心の中でため息をつきながら、それでもマリオンは口を開いた。 「では、……王政についてどう思われる?もし、セント王が本当に退陣し、私の伴侶となれば、しばらくは王としてこの国を束ねていくことになるが、弟のショーンが帰ってくれば、王位を譲ることになる。それでも、私と結婚するつもりがおありか?」 「マリオン、そんないきなりな質問では・・・」 「私が聞きたいのはそれだけですから」 「気に入った!」  声を上げたのはアンサーンである。目は感動で輝いている。  アンサーンは続けた。 「われわれ商売の世界もそうですけど、女性は強くないといけません。かかあ殿下が基本です。国を発展させるのも、平和を保てるのも、すべて母性の力ですから!」 「ぼ、ぼせい・・・」  マリオンは、どんな答えからも思いつかない単語が飛び出したことで、面食らって、復唱してしまった。  アンサーンは人懐っこい微笑みで、正面から堂々と言う。白い歯が印象的に輝く。 「王政とか、時期王とか、なんでも結構です。私は、姫さまについていきたいです!」  あいまいに答えを理解したという合図を送ったが、あまりの突拍子さになんといって返していいかわからない。が、ついてきてもらってもこまることだけは明らかだった。 「セルカーク殿は」  セント王が話を振った。  セルカークは、淡々と話し始めた。 「国民の絶対的支持と、統率力、それと国民を含め、国を愛する心が代々受け継がれていくのであれば、王政は有る意味、理想的な姿だと思います。それは何も要求しない信念に基づいた結束だからです」  ああ、なるほど、セルカークらしい返答だ。  氷の男、マリオンは一人納得した。 「けれど、マリオン姫」  セルカークは、マリオンの瞳を覗き込んだ。 「私は国と結婚するのではありません。貴方と結婚するのです。それに伴う責務、変化、すべて受け入れる覚悟はできています」  セルカークの瞳に見入られ、マリオンは一瞬言葉をうしなった。  横で、アンサーンがやきもきし、視界にはいってくる。   王はなにに感じいったのか、横で頷いてばかり。  マリオンは、なんとか言葉を返した。 「わ、私のことをなにも知らないのに?」 「私が貴方を知らないとなぜわかるのです?」 「すくなくとも、私は貴方を知らない。セルカーク殿。成人された貴方は、私の記憶の中の貴方とは違うようだ」 「ということは、知ってみようと思っていただけるわけですね。姫様」 「え……」 マリオンはうろたえた。やはり敵わない相手だ。まるで誘導尋問だ。 と、二人の狭い視界の中にアンサーンのアップが入ってきた。 「カート! カット! カット!このお方も私も、ただ、マリオン殿自身と結婚したいって同じこというてんのに・・・えらい不利でんがな。わてのほうが」  マリオンは、アンサーンの仕切りなおしの言葉で体制を立て直し、自分の意見を述べた。 「わ、私自身はともかく、私は王政が一番いい形だとは思っていない。将来、だから、私の伴侶となってもどうなるかわからないということを申し上げておきたい」 「マリオン」  デュール・セント王は、娘をたしなめるように言葉をかけた。  うまく体制を立て直せないと悟ったマリオンは、その場からいったん退却をきめた。 「これ以上は、お父上にお任せいたします」 「まあ、いいだろう、マリオン、今晩の舞踏晩餐会にそなえて、準備もあろうから」 「え……今なんと」 「今日は盛大に人を招いて、舞踏会をするといっておる。お前の婚約者候補のお披露目会だからな。美しく装ってきてくれ」  マリオンは、凍ったままセント王をにらみつけた。 「いやあ、たのしみですわ」とアンサーン。 「まったくです」とセルカーク。  マリオンは、剣のような視線を送ったつもりだったが、眼力不足だということを思い知らされ、二人のやる気満々の気力に押され、自室に戻った。 自室にもどったのにも理由があった。連邦と今日は通信できるはずだ。  通信回路を開く。  程なく、アナウンスが入った。 〈連邦警察のデジタル回線で、通信が入っております。ログイン名は、JD〉 「つないでください。ジャンヌ」 〈マリオン、無事につきましたか?〉  コスモ連邦警察広域捜査班のマザーコンピューターであるジャンヌD。マリオンは、今回の件についての資料の収集を依頼してあった。とくに、アンサーン・エチゴン、セルカーク・プギョム、そしてバルダ議長について今回の事件の容疑者になりそうな要因がないかどうかをだ。  昨晩自分でも調べたセント星の公安による調査結果は、ほぼ完璧でそこからは何も伺われなかった。  ジャンヌは早速報告をはじめた。 〈エチゴン商会の取引は、星全体の四十パーセントを占めるほどに大きくなっています。そのため、何度かに分けて、エチゴン商会の貿易には不利な法案が施行されています。これはエチゴン商会以外の中小規模の開発と成長を助けるためのものですが、エチゴンのグループ会社にとってはかなりの減収になったと思われます〉 「なるほど、それはここ数年ということですね。議会の法案、最終承認は、父、セント王」 〈そうです〉 「十分動機にはなる」  花婿候補を議会が選定したと聞いたとき、議会の裏で糸を引いている人間もしくは、それに乗せられている人間が怪しいことになる。まずは議会が何を考えてこの二人を選んだのかも知りたかった。 〈セルカーク・プギョム。プギョム王の末裔です〉 「伝説の王国」  マリオンはつぶやいた。 〈そうです、歴史は此方の資料より、マリオンの方が詳しいかもしれません〉 プギョム部族は、父セント王の三代前まで存在した、セント部族と並ぶ大きな王国だった。コスモ連邦加盟時に星全体を統一するために、セント部族とプギョム部族は話合いでセント部族を国の王族とすることを決定したといわれている。  頭脳的にも、感性的にもハイレベルな文明を抱えていたのはプギョム部族だったが、政治的なものよりは、補佐として、もしくは国の文化を支える役割を選んだ。実際、最初にできた議会の主要な役どころは、すべてプギョム部族で占められていたといわれている。 〈マリオン、セルカーク・プギョムの父。サルク・プギョムは、息子セルカークと同じく、商務省大臣を務め引退したあと、昨年他界しています〉  ジャンヌは過去二年の様子を埋める部分を補足した。  商務省は国内外の貿易を管理する機関であり、生態調査の窓口にもなっている。商務省内でデータが改ざんされたとしてもおかしくない。 「われらのこの政権統一の歴史から、セルカークも怪しいと。ジャンヌD」 〈連邦警察はコスモ連邦アカデミー出身者のものが事件の発端を担っていると考えたくはありません。が、歴史的なつもり積もった事情の中に何が含まれているか定かではありません。たとえば、セルカーク・プギョムがアカデミーでより深い国家のあり方を学び、個の中に芽生える何かがあったとしても、おかしくはないでしょうから〉 マリオンは、セルカークの印象がずいぶん変ったことを思い出していた。 「つまりは、星全体を個人が所有するような感覚を持つ、王政に対して反感をもつという……」 〈そうですね。あり得るかもしれません〉  マリオンはジャンヌDが一緒に送ってきたセルカークの経歴書を見ながら、コスモアカデミー卒業後から商務省に入省するまでの間に空白があるのに気がついた。 「ジャンヌD、セルカーク・プギョムがアカデミー卒業後五年間については?」 〈記録では勉学のためのグランドツアー・他国視察との事ですね〉 「その裏を取ってほしい。彼が星を離れて何をしていたのか」 〈わかったわ。マリオン〉 「あとはバルダ議員」 〈彼の議員任期にはブランクがあります。それは主に王族の教育制度についての法案を無理に通そうとしたことがきっかけといわれています。特にショーン王子をアカデミーの通常在学期間以上の、研究機関での国外滞在について強く反対し、議会を追われることになったという経緯があります〉 「それは、初めて聞く……」 〈マリオン、貴方がちょうど、リゾルバーとして訓練に旅立った後のことですから〉 「その間に……」 〈彼を選ばなかったのは、国民の意思によるものですが、セント王の『王族の国外経験がより国を豊かにするであろう』という発言が、国民の心を動かしたとも言われています〉 「父上……」 〈けれど、セント王はバルダ議員を高く評価していて、今期、議長指名をしたのは、セント王自身です〉 「けれど、根にもっていないとは限らない」 〈ええ〉 「私が帰国し、今後の展開で、弟のショーンまでもが帰国する羽目になったら、まさにバルダ議員の望むとおりになる」 〈その通りです〉 「結局はだれもが怪しいということ?ジャンヌD」 〈怪しいという判断の係数は私にはありませんが、反乱を起こすきっかけを持っているという係数なら全員がプラスです〉 「なるほど。ジャンヌD、この事件を担当するリゾルバーはだれが選出されました?」 〈マリオン、作戦にかかわるため、人選については口外できないのはよく知ってるいるはずです〉 「こちらが当事者でも?」 〈当事者だから余計です。私をからかってますか〉  コンピューターがしゃべっているというのに、ジャンヌの笑い声が聞こえてきそうだ。 「ごめんなさい。そして、ありがとう。ジャンヌD、協力してくれて」 〈私は、私にかかわった人について、常に心にとどめています〉 「何億という人を?」 〈ええ、この銀河全体の平和を願って、すべての人を心にかけています〉 「ありがとう。心強いです。ジャンヌD」 〈いいえ、ではまたなにかわりましたら、連絡いたします〉  回線の切れる音が最後に響いた。  誰もが怪しい。  バルダ議員。いや今は議長。議員より議長のほうが、決定できる範囲は広くなっただろう。裏で動く手段もだ。  そんなにもショーンの国外留学を反対したのには、何かわけがあったのだろうか。ただ単に、国のためと思ったのだろうか。  自分の中のバルダの印象は決して悪いものではない。  国を思う心の強さは誰にも負けない。  融通は利かないかもしれないが、どこか一つ、強い信念を持って政務にあたっていた。  父王、デュールの気まぐれな提案につねにまじめに取り組んでくれていた。  王の提案は本人は至ってまじめだが、時に発想が奇抜で、どこにたどり着くか不安になるようなものが多い。娘のマリオンでさえも最終的に意図している事がわからない時が有る。  それでも、バルダ議長は常に王の提案を議会に翻訳し、通訳し、そしてリサーチし、議会を説得していた。実施が決まったら決まったで、実施の手続き、そのあとの効き目を測定し、王の提案に効果があったかどうかをフィードバックしてくれる。  王にとっても議会にとっても心強い国民の代表だ。  今回のような国の不祥事は、バルダのようにいつも国益を第一に考えているものにとっては一番避けたい事態のはずだ。  まだ、判らない、いまの状況では判断はつかない。  それにしても、セルカークの父、サルクが亡くなったとは。  常に厳しい顔をしていたサルク・プギョム。にこりともしない人だったが、下手なお世辞を言う人ではなかった分、信頼のできる人だった。  おそらく父王デュールのサルクに対する信頼も厚かったと思う。マリオンは自分のことばかりで、久しぶりにあったセルカークの家族の消息も聞かなかった自分を恥じた。今回のこととは別にお悔やみしたい。マリオンは心の中でサルクを思い冥福を祈った。  酒場は賑わいを見せている。  人種のるつぼだ。  ギード・ギザンはノンアルコール飲料を飲みながら、酒場の喧噪の中に身を置いて思った。  銀河連邦加盟国ではない辺境の星ほど、情報収集に向いている。  この星では情報は金さえ出せば取引できる。  ありとあらゆる銀河の星々から、情報を売り買いするために多くの人間がひしめき合っている。  表向きは辺境の景色を売り物にしている観光星を謡っているが、情報取引に密かに税金をかけ、売り上げのほとんどはその税金だという有名な星だ。  辺境の景色の中の山中には地下組織があり、情報をやりとりするデータセンターで詰まっているのではないかと言われている。  空港には情報売買の性質柄、変装技術を売り物にした全身美容院が競って立ち並び、言語の壁を越えるための声変性も合わせた通訳機の販売も盛んだ。  ギードも、全身美容院に入り、『古い時代のスーツに身を包んだ、疲れた会社員が浮浪者になって三日目』という設定の変装を受けた。  服に余裕があるので、いつもフィットする宇宙服を着ているギードにはなんとなく、落ち着かない。  しかし、全身美容院の店員の『目立ちにくい服装』のおすすめに従っただけあって、このスモーキーで、堕落した雰囲気の酒場には溶け込んでいる。  コスモ連邦警察広域調査班、リゾルバーの仕事は二つに分かれる。一つは現場に赴き、実際の調停調査、仲裁、解決を行うもの。もう一つは、連邦本部に残り、ホストコンピューターの助けを駆りながら、現場の調査隊をサポートする側だ。  今回、現場派遣としてギードはこの星に来ていた。現場に派遣されるリゾルバーは足で情報を稼がなくてはならない。  最後の研修が終わった翌日、仕事を命じられた。 初仕事が卒業式の次の日からとは名誉なことなのだろうか、ギードは考えあぐねていた。しかし、最下位の成績ではまわってこなかっただろう。  それに、この事件調査、マリオンが当事者でなければ、たぶんギードの幕はない。  辺境地区星域群出身の自分にはとても想像できないが、今回の訴訟、かなりの損害、しかも、国の指導者交替までが絡んでいる。  あの手ごわいお姫様が、婿殿を押し付けられるために帰省したとは、本人もさぞかし不本意だっただろう。 マリオンの険しく美しい横顔が目に浮かぶ。今のマリオンの視線なら人を殺しかねないに違いない。ギードは苦笑いとともに、背筋に悪寒を感じた。 とはいえ、どうしてもかなわなかったあのお姫様に一目置かれるためだ。この幸運を逃す手はない。  ギードの役割は、不正な金の流れを掴むこと。  誰かの陰謀がうごめいていればそこには必ず、不自然な金の流れがある。  どのように気を使っていても、どこかにあった金がどこかにうつる。それはどこかに記録が残る。それを探るのが仕事だ。  パートナーのリゾルバーは、一足先に、現地近くで調査中だという。 ここで金の流れを掴んだら、あちらで合流することになっていた。  今日、情報を提供してくれるといっているのは、かなり落ちぶれたコンピューターハッカー。何度も捕まっているが、ハッキングすることが快感で、止められないらしい。あまりのことにコンピューターへの進入が不可能な信号を頭脳に埋め込まれてしまったとのこと。 そんな、情報から全く遮断されたそいつがどうやって情報を握っているのか、想像が及ばない。  約束の時間は迫っている。  ギードは、飲み物のおかわりを頼んだ。    扉番が乳母、セレナの到着を告げる。  後ろから悲鳴のようなセレナの声がこだまし、マリオンは首をすくめた。 「マリオン様、ま、まだこんなところに」 「ばあや、まだって……」 「姫様、まず、ゆっくりお風呂に入ってきてくださいませ。その間に、準備をいたします。これは、今日のために大急ぎで作らせたんですよ」 セレナは、ついてきた侍女達にドレスを広げさせた。 「え……」  ほぼヒップラインまでがフィットした、胸の開いたブルーのドレス。すそは優美に何枚もの生地が重なって広がっており、様々な花びらの濃淡を思わせるグラデーションを醸し出している。  一見して、武器を隠すところはどこにもありそうにない。  セレナはマリオンの絶句を無視して自慢げに語り始めた。 「素敵でございましょう?一流のデザイナーに作らせましたんですよ。このロイヤルブルーはきっとマリオン様のお肌の白さをより一層引き立ててくれます。なにせ、婿殿をお決めになるんですから、でも、ま、どんなドレスを召されても、姫様なら、美しく着こなしてくださるし、何より、姫様自身の美しさにはどんな美しい衣装もかすんで見えてしますわね」  従順な侍女達はセレナの言葉にいちいち大きく頷いている。  機能性をまったく無視している。これでは、身動きとることすら難しい。しかし、セレナを悲しませたくはない。マリオンはセレナには弱い。  セレナの言葉になんと言えばいいかわからずに黙っていると、セレナの顔がたちまち曇り始めた。 「お気に召さない?」  同時に、侍女達も泣きそうな勢いの落ち込みようだ。 マリオンはあわてて繋いだ。 「あ、いえ、ありがとう、ばあや。」 「私は、王妃様からマリオン様のことをくれぐれもと、頼まれてまいりました。今日、このような日を迎えられるなんて」  セレナは感極まっておいおい泣き始め、侍女達はもらいなきをしている。 「セレナ」  マリオンはありがたいと思いつつも、ドレスを手にとって縫製構造を理解しようとした。胸元の隙間を確認し、小さいナイフの一本くらいは隠せるかもしれないと考えながら、裾を裏返す。 「マリオン様。サイズを気にされていらっしゃいます?あちらをたたれる直前のサイズ計測ではこちらのドレスで問題ないと思われましたが」  セレナは涙をぬぐっていぶかしげに尋ねる。 「あ、いや、その装備が」 「え?」 「あ、いえ、その扇子を入れるポケットなどあればと」 「ま、そんなダンスの際にはこちらでお持ちいたします。もしくは殿方にお預けくださいませ」 「だ。だんす?」 「ええ。舞踏会といえばダンスですから」  踊る?人前で?そういったことをすべて卒業したかったからリゾルバーになったはずなのに?外交でもないのに踊る?自分のために?めまいがする。  実際、足がもつれて、後ろに下がった。 「マリオン様!」  二人の侍女に抱えられてソファーに腰を下ろす。 「お疲れでございますよね。でもお時間がせまっております。御髪もセットが必要ですし」 「大丈夫だ。セレナ」 「湯浴みで少しリラックスしていただけると思います」 「そうだな。すまない」 「いえ、こちらこそ。姫様、では、湯浴みが終わられましたら、教えてくださいませね」 「わかった」  セレナと侍女たちはドレスを置いて出て行った。  それを見るたび、ああ、この茶番を早く終わらせなければという気持を増大させ、一度はなれたPCのコンパートメントに中にはいった。もっと情報を集めておかなければ。  同時に、プライベート回線に着信が告げられる。 〈コスモ連邦アカデミーの非公式の通信が入っております。ログイン名はストロベリーショートケーキ〉  ストロベリーショートケーキはショーンがプライベートで送ってくるログインだ。 「非公式?つないでください。ショーン?」  なぜ、非公式。今どき非公式の通信など届くものなのか。どこから発信しているのか。しかも動画も画像もでない。 「ショーン。どうしたの?どこから通信してるの?」 「姉上、コスモ連邦アカデミーの研究所から、事情があって長くは通信できない」 「わかった」 「姉上、訓練から帰ってきて、すぐ帰国したんだ」 「仕方ないでしょう。お前を帰国させるわけにはいかないから」 「ごめん」  ショーンがアカデミーを卒業しても研究機関に残ることになったのは、帰国してからの地盤を作るためだ。旧態依然の産業に頼った国の生産基盤をより高度なものにし、銀河に比類ない薬草を作る研究機関をセント星に作りたいと思っている。また貿易の自由化を進めながら、輸出国の安全な繁栄に貢献できる信頼ある国の体制を作りたいと思っている。その夢はマリオンも同じだ。今回の問題はいわば、近々起こるのではないかと思っていた問題の一つでもある。  検査機関の発達と情報管理の徹底が、安全な輸出につながるとお互い信じている。 「それでどう」 「どうって?」 「お婿候補の二人」  ショーンの声は弾んでいる。ここにも茶番を楽しんでいるやからがいる。 「急いでるんじゃなかった?」 「急いでるけど、今一番の話題だろ?」 「私は結婚するつもりはない。それ以上言ったら、切る」 「あ、まって、まって、姉上に役に立つ情報が手に入ったから連絡したんだ」 「なに?」 「シネルド星の件」  今回の父、セント王退陣要求とマリオンの花婿騒動の発端は、セント星が友好関係にあったシネルド星に医学的価値の高い薬草品種TRX1を輸出した結果、シネルド星の主食である穀物種を考えられないスピードで食い荒らし始めたという被害をもたらし、その責任問題を巡ってのこと。  ショーンの研究機関は、種の開発についての調査機関も持ち合わせている。彼の近くに情報が集まってもおかしくはないが、立場上、どうなのだろう。 「姉上、シネルド星から提出された、種に関する報告書と、セント星が輸入した薬草品種との相性を検査したのは、コスモ連邦アカデミーの『種と薬品にかかわる研究センター』」 「じゃあ、ショーンの研究室で?」 「そう、こういったものは、悪意ある操作の介入を防ぐために、たいてい第三機関に依頼するから」 「それで?」 「シネルド星のすべての品種に置いて、甚大な損害を与えないというのが最終的な結果。ただし」 ショーンの声が、緊張を帯びる。勿体つけるやつだ。ショーンは続けた。 「TRX1は大丈夫だけれど、直前に改良されたTRX2は、改良が未完成のため、輸出は不可と出た」 「二つの品種を確認していたというの?」 「それが、シネルド星に対しても、セント星の対しても逆に報告されていたらしい」 「え、では、輸出されたのは」 「TRX2、改良型」 「それは……」  二人とも一瞬だまった。アカデミーからの情報のやり取りは今回のことが象徴しているとおり、間違いがあっては大変なことになる。もっとも信用の置ける研究機関なのだから。だからこそ、通信回線のセキュリティーについては非常に厳しい。  まずハックされることはない。マリオンはそれでも、聞かざるを得ない。 「コスモ連邦アカデミーの調査報告が事前にもしくは、送信過程でハッキングされる可能性なんて・・・」 「ハッカーハンターの免許を持ってる奴くらいしか無理。それもやりなれているやつ」 「それって。ショーンが最年少で取ったっていう免許」  ショーンは、昔から最先端のものが好きだ。しかも免許オタク。  王族という立場からの逆コンプレックスなのかもしれない。  肉食植物の調理師免許やら、武器を使わないで一瞬で相手を倒す武道の何とかとか、マリオンには、ショーンがどういう考えで取っているか判らない免許をたくさん持っている。 「どうしてこう勤勉に努力していろいろ免許を持ってることが、裏目にでるのか・・・」 「勤勉って」  マリオンは初めてショーンが勤勉さをアピールするために、免許を取り続けていたのだと知った。 「気まぐれにとってるようにしか見えなかったけど」 「ひどいなぁ。姉上みたいなカリスマ性はない分、何か覚えてもらえる特徴がいるだろう?」 「なにそれ」 「だいたい姉上はね。疎いんだよ」 「疎いってなにが?」 「自分に疎い。自分のことをよくわかっていない」 「自分のことって」 「どうでもいいよ。もう。あ、やべ、通信が」  非公式という通信は雑音が多く、ショーンの声が途切れ始めた。 「いま、どこにいるの?ショーン。大丈夫なの?」 「大丈夫じゃないよ。調査報告に一研究員として加わっていたことと、セント王の息子、それにハッカーハンター免許保持者ってことで、今、退学の危機。謹慎状態さ」 「どうしてそれを先に言わないの!じゃあこの通信だって」 「そんなへまはしない。けど、姉上ががんばってくれないと、本当に不名誉な強制帰国かも」 「なんてこと・・・」  非公式の回線は、通信状況がよくない。  電波が頻繁に切れはじめた。  ショーンは切れると悟って、大声で叫んでいる。 「コスモ連邦アカデミーにかかわってた人間なら、ハッカー並みでなくても、介入が可能かも!・・・頼むぜ、姉上。おっとこれが通信の限界・・・」  と、弟が、予告したとおり、ぶっと不気味な音をたてて、通信が終了した。 最後のショーンの言葉が耳に残る。 コスモ連邦アカデミー出身者って・・・セルカーク・プギョム・・・?  マリオンは、一瞬、自分の中で打ち消したことに気がついた。  私は、彼がかかわってくれていなければと思っている・・・  そして、あわてて考えを改めた。  マリオンは浴槽に体に浸しながらおもった。  昔のことは忘れよう。今のことを考えなくてはいけないのだから。  もし、彼がかかわっているとしたら、これは手ごわい相手になる。  マリオンは、今日の舞踏会で少しでも相手の心を揺さぶってみようと決心した。  着せ替え人形というのはまさにこのこと。  三名の侍女に世話をされて、この大仰なドレスへの着付けを済ませた。  小作りで繊細なティアラが、結い上げられた髪に埋められており、同じデザインを組み合わせた垂れる形のピアスと胸元への三角形を強調するチョーカーがついでつけられた。それらは、一斉に、部屋の光を受けて、あちらこちらにプリズムを作っている。  最後に施された化粧で、普段の顔が華やかに色づいた。侍女たちがおのおのにため息を漏らす。セレナがマリオンの映った鏡を一緒に覗き込んだ。 「マリオン様。とてもお似合い、うっとりしますわ。お母上そっくり・・・あら、ドレスのこんなところが膨らんで」  セレナは、マリオンのドレスの腰元を直そうとして近づく。  マリオンはあわてて、言いつくろった。 「あ、これは口紅とマスカラが」 「ま、お化粧直しならこちらで時間を設けてありますのに。ま、でもいいですわ。ちゃんと殿方の前での身だしなみも気にしてくださるようになったんですね。マリオン様もやっと、そんな乙女心が・・・」  セレナがまためそめそしだし、侍女たちが一斉にまた慰めているのを見て、マリオンはこの善良な乳母を騙している気がして、気が引けた。  腰元に隠して有るのは、口紅型の発信機や、マスカラ型の銃。ガーターベルト型のポケットを足に巻き付け、装備した。  宇宙空間でマリオンを抹殺するのをしくじった誰かが、このセキュリティーの甘くなる舞踏会なるものを利用しないはずがない。だれが尻尾を出すか。誰が鍵をにぎっているのか、この機会に探しだしてみせる。  マリオンは、鏡をじっと見つめた。  そのなかに、父王の姿が入ってきた。  一瞬、はっとした、鏡を通してみた父は昨日までは気がつかなかったが、思いの外、年老いて見える。  相対して見ていたときにはほとんど気がつかなかった。マリオンは複雑な気持になった。 「マリオン、したくができたか?」  デュール・セントは、その後姿を見て声をかけた。  振り向いた娘をみて、声を詰まらせた。  亡き妻の若い頃そのままの姿。 (ユリーシア・・・)  デュールは心の中でつぶやいた。  さまざまな思い出が走馬灯のように思い出される。  早くにしなせてしまった妻。気苦労が多かったことはいうまでもない。けれども、いつも微笑みを絶やさなかった。なんどきも不安にさせるような表情は作り出さなかった。その微笑にいつも癒されていた。 「父上・・・?」  声をかけられてやっと、われに返った。 「ああ、美しくしあがった。セレナ、お前の見立ては、やはりたしかだった」 「恐れ入ります、陛下」  セレナは、王に低く腰を下げて、挨拶をした。 「いや、母親に似てきたな。マリオン」  「そうですか?恐れ入ります」 「うつくしゅうなった・・・・・・」 「父上・・・」  マリオンは、父親からの素直な発言に、またしても戸惑っていた。  子供の何かをほめるということを一切しない人だった。  それは弟のショーンに対しても同じだった。何をしても、どんなに父を喜ばせようとしても、素直に喜んでもらった記憶はほとんどない、ましてや、容姿についてのコメントをされたことなどない。  年をとったのだ。  人間が丸くなったのだ。  少しは家族の愛をはぐくもうという気になってくれたのか。  いつも国のことしか頭になく、家族だという意識を持たされたことがなかったのに。  娘の容姿にコメントするとは本当に意外だ。母に似ているといわれて少しうれしくもあった。マリオンにとって母の存在は絶対的な美と優しさの象徴だった。それは父にとっても同じだ。  しかし、次の瞬間、家族として褒めてくれたのが勘違いだということがわかった。 「うむ、これなら、高く売れる。どこへ出してもはずかしくないぞおおお!」 デュールは、おおいに笑いながら、鏡から消えた。手もみまでしている。 「ま、王様ったら照れてらっしゃる」 「いいや、照れてなどおらぬ。あれは本心。私は売り物らしい」 「姫様・・・」  乳母はその鋭い声に、心配そうな声で答えた。  マリオンは、さっと立つと戦闘開始とばかりに、広間へ歩き出した。  さあ、売り物のお披露目だ。 Ⅲ  会場には、皇族の血筋の貴族が招待されている。財界、有名人、政治家。しばらく星を離れていたマリオンには、知らない顔ばかりだった。  ---美しくなられて  ---ご立派になられて  ---お母上そっくり  マリオンはそれらの賛辞とコメントに、返事の言葉のローテーションを作って、挨拶を続けた。  参加者がほぼ出揃ったところで、バルダ議長からの乾杯の挨拶ですと、アナウンスが流れた。  バルダ議員が一段高いところから見回し、厳かにグラスを掲げている。 「私、セント星国家議会議長バルダは、先日引退を決められたセント王、並びに、このたび帰国され、国の繁栄のため、花婿を選ばれるマリオン第一皇女様の幸せと国の安寧を願って、乾杯いたします」 かわされるグラスとグラスの重なる音。 王族の繁栄のためにと誰かが叫ぶ。 たくさんの拍手が続く。  マリオンは、まだ挨拶が終わっていない人々にまた、同じ様な挨拶を交わすため、進み出た。  挨拶を終えたバルダ議長がマリオンの前に進み出た。 「マリオン様。今日は一段とお美しい」 「恐れ入ります。バルダ議長」 「議員達もこの度のこと大変喜んでおります」 「ありがとうございます」 「お婿候補はいかがですかな?」  バルダ議長はパーティー会場の入り口に立つアンサーンとセルカークに視線を送る。相当のデータを取りそろえてこの二人に白羽の矢を立てたに違いない。この際だ。選んだ理由から何かかぎつけないか聞いてみよう。マリオンはバルダが聞いてほしそうな質問をした。 「どちらもそれぞれにご立派な方で。バルダ議長がお選びになったとか」 「はい。もちろん。様々なデータを取り寄せた結果ですが」 「私のこれからの参考のために、選考基準をおしえていただけますか?」 「それを聞いて時期王の参考にされると?」 「昔からバルダ議長がこの国の繁栄を誰よりも考えてくださっている事は、私も承知しております。であれば、差し支えない範囲で根拠を教えていただければと」  バルダの胸の位置が上がったと思えるくらいに、胸を張ったバルダは最もほしい賛辞の言葉を受け取ったのだろう。咳払いをしてとうとうとのべ始めた。 「学歴やお家柄はもちろんのこと、健康状態や今後の政務への考え方など、我が星にとってリーダーとなられる方かどうかを中心にお選びいたしました」 「なるほど」 「加えてお世継ぎがより優秀な遺伝子を引き継いでいただけるために、セント部族以外の方をお選びした形です。種は交わってこそ強くなるものですから、我々の土地の薬草種のように」  バルダは自分の人選がいかに完璧なものか自分の中で、反芻しながら、改めて納得したように遠くの二人を見やった。 「もちろん。お決めになるのは姫様です。是非この機会にお二人とよくお話されてください」  バルダとマリオンが挨拶にしては長々と相対しているのをみて、心配になったのか、いつのまにかデュールがそばに立っている。 「セント王」 「父上」 「バルダ殿に挨拶しておったのか」 「はい、この度の件、大変ご苦労をいただいたとお聞きしていたところです」 「いやいや、私のことなど」 「マリオン、そろそろお婿候補の側に行こうか」 「はい、父上」  余程、娘が非礼をするのではないかと、不安がっているのだろう。にこやかな顔は崩さす、マリオンに確かめるように小声で聞く。 「それはそうと、物騒なものはもっとらんだろうな。娘よ」 「いいえ」 「私の目が節穴と思っておるのか?頼むからその、恐ろしげなものをぶっ放すとかという事態はやめてくれ」 「警備が厳重なのは存じています。けれど状況的には誰もが敵なのですよ。特に父上。貴方の身になにかあったら・・・」 「わしはもう退陣すると決めておるから、誰も気にしとらんよ」 「そうでしょうか・・・」 「こんな老いぼれにだれも注意は払わん」  私はそうは思わない。  マリオンは思った。  この機会に王と、自分を抹殺することができれば、今回の不祥事の総仕上げとなるだろう。そしてショーンが帰国せざるをえない状況を作りだす。ショーンの研究は、いままで商売一辺倒だった国の方針を変更し、研究施設を作り、種の保存と、今後の開発。ゆくゆくはもっとこの星だけでなく、全宇宙で広く利用できる種の開発とそれに伴う法の整備を目指している。それを良く思わないのは……。  マリオンは、誰に対しても、真摯に挨拶を交わしている父王を見ながら、さまざまに思いをめぐらしていた。  父王に次々に挨拶を交わす来賓たちの微笑みのむこうにどんな悪意が隠されているのか、どんな野望が隠されているのか、父は知らないふりをしている。 セント王として、誰もが国を愛する国民に変わりないと思って接しているのだろうか。  私にはわからない。私にはこんな度量はない。ただの個人であることがそんなにも許されない状況が幸せであるはずがない。  顔の表面積が広い誰かが自分の前に広がった。体も大きい。 「このたびは、お招きいただき光栄です。セント王」 「おお、エチゴン殿、今日はよく参られた。マリオン、エチゴン商会社長、そしてアンサーン殿のお父上だ」  エチゴンは恭しく、深々と腰を曲げてマリオンにお辞儀をした。  アンサーンは褐色の肌だけをこの父親から譲りうけたに違いない。  エチゴン商会の社長は、横に広い顔に、丸い鼻、大きな垂れ目。横に大きな分厚い唇。耳は不自然に大きくたれている。どこかの国のお金の神様がこのような顔をしていたように思う。  アンサーンとは似ても似つかない。よく言えば貫禄がある。  星最大の会社を経営し続けているという人物としては申し分ない。  ある種のカリスマ性が漂っている。 「こたびは息子のアンサーンがお世話になっております」 「こちらこそ」  マリオンは、父王の強い眼力の監視のもと、丁寧に挨拶をした。  後ろから背の高い人影がかぶった。 「親父!」 アンサーンが顔色を変えて飛び込んできた。 「おお、ここにおったんか」 「こんでええっていうたのに」  しゃべっているのを見ているとやはり親子、出身の南の地区の商売言葉が飛び出すととめられない速さになる。マリオンはただ感心してそのやり取りをみていた。  このエチゴン商会がこの事件にかかわっているのかどうかを見極めるチャンスでもある。マリオンは様子をうかがった。 「何をいうか、息子よ。今日はせっかくのお招き、それにお前にとっても大事な時。わがエチゴン一族がどれほど、この星に貢献してきたかもわかっていただくためにも……」 「親父、会社と俺は関係ない。そんなことを言いにきたんなら帰ってくれ」 「いえ、アンサーン殿、輸出産業に頼ってきた国、エチゴン殿がどれほど、貢献してくださっているかは私もわかっているつもりです」  マリオンは、控えめに相手の言葉を誘うような発言をした。  アンサーンは、言葉を飲み込んでいる。  顔がもっと拡大したかのような満面の笑みを浮かべてエチゴンは喜んだ。 「さすが、ようわかってくださっている」 「ですが、弟のショーンは、輸出に頼った国の体制を根本的に見直す考えで今、国外で修行中です。私がこの星に帰ってきて結婚したとしても、弟が帰ってくれば、王座は弟が継ぎます」  エチゴンの顔が一瞬、こわばった。 「マリオン、ここはそういった話をする場ではないぞ」  デュール・セントは会話を遮った。 「ですが、父上、私も、国の豊かな資源に頼ってばかりよりも、資源を保護し、共存しながら国自体が豊かになる方法を模索することが大切だと。またこの貴重な資源はこの国だけのものであってはならないと思っています」 「マリオン!」 「わっはっは・・・セント王、いやいや、私どもも、もちろん。どのような形でも、この星の行く末を案じてのものであることは、わきまえておるつもりです」 「ご理解いただいているようで、ありがたく思います」  マリオンは、度量の大きさをとっさに見せたエチゴンに感謝の意を表した。 「ほんとにお前というやつは・・・・」  頭を抱えているセント王の横で、マリオンを見つめているしかないアンサーン。  アンサーンに口を挟む余地はなかった。ただただ、そのやりとりに感動していた。政治家であり、国家の代表であり、そして、自分と同じことを考えている。  この国のことだけを考えていてはいけない。  財力があればあるほど、もっと広い視野が必要なのだ。  ああ、自分の選択は間違っていない。  だからこのチャンスをものに!  邪魔が入らぬうちに!  ダンスに誘って!  アンサーンは一歩ふみでた。  しかし、後ろから涼しげな声が降ってくる。 「姫。一曲踊っていただけませんか?」  セルカークが、マリオンに手を差し伸べ、会釈をしている。 「ああ! またや、割り込み禁止です。セルカーク殿」  アンサーンは思わず叫んだ。 「あ、そこにおられたのか、アンサーン殿、これは失敬。でもダンスを申し込んだのは私が最初でしょう?」  またや。またこいつや。やっぱりじゃまや。しかもかっこいい。おれがみてもかっこいい。アンサーンは心で叫びながらセルカークの後ろ姿をにらみつけた。  アンサーンが地団太踏んでいる間にも、セルカークはたくみにマリオンの手をとって、歩みだしている。  気がつけば、先ほどまでの室内楽を演奏していた小ユニットに、メンバーを加えてオーケストラ並みの楽団になっており、早くもワルツを演奏し始めている。 「踊っていただけますね」  セルカークは、マリオンの腰に手をあて、進みだした。  半ば強引にホールに連れ出されマリオンは戸惑った。こんなに積極的なセルカークを見たのははじめてだったからだ。やっぱり別人かもしれない。  セルカークはホールの真ん中で、やわらかく挨拶するときりりとした表情で、マリオンをダンスに導き出した。ダンスをリードするために、しっかりとマリオンの体を支えるセルカーク。自然と二人の体は近づく。マリオンはセルカークの二の腕に手をおいて、違和感を覚えた。  この筋肉、普通の鍛えかたではない。人間の体は衣服をまとえば中は判らない。  どんなに訓練を積んで、筋肉の発達した体でも、夜会服のようないでたちだと余計にわかりづらい。けれど、触れれば、その強固さと筋の発達、すぐにわかる。  私の記憶の中のセルカークは静かに本を読んでる人だった。  貴方はだれ?  マリオンは、無言で、セルカークに問いかけた。 「なにか?」 「いえ、でも、私は踊るとはいいませんでした」 「もう踊ってますよ」 「私に選択肢はありませんでした」  セルカークは、ふっと微笑んだ。  マリオンは何を考えているのかわからない、この、遠い親戚と信じている男にどうアプローチをかけたものか迷っていた。 「この場はおとなしくなさったほうがいい」 セルカークはその迷いを見透かしたように言った。 「え?」 「この舞踏会は、この星全体にライブで放送されているんですよ」 「!」 「ほら」  セルカークはマリオンを引き寄せ、彼女の耳を彼の耳元に当てた。セルカークの装飾に見えていた小さなイヤリングから聞こえてきたのはけたたましいアナウンサーの興奮した声。 〈おーっと、セルカーク・プギョム、プギョム王の末裔、マリオン姫の手をとり、ダンスです。一歩リードです!しかも、いいムード、かなり接近度が高いですねえ〉 「ね?」  セルカークは、マリオンの驚きの表情を楽しむように言った。  マリオンは、驚きと怒りで瞬間、体をセルカークからつき引き離した。セルカークはそれを受けて、彼女を一回転させまた引き寄せた。  回転した間にマリオンの目に映ったものは、全員が耳に手を当て聞き耳を立てている姿。  わが父、セント王までも!怒りで体が震える。 「ここで切れないでくださいね。それも中継されてしまいますよ」 「ひどい!知らないのは私だけ!?」 「そのようですね。これも作戦でしょう」 「作戦とは?議会の?それとも、プギョム王族のですか?」 「おや、私を疑ってるのですか?」 「私は誰も信じてません」 「ま、もっとも」 「では、認めるのですか?」 「何を?」  優雅に踊る二人の会話とは思えないほど、やり取りが白熱し始める。 「コスモ連邦アカデミーを卒業されたあとの五年間の空白。なにかやましいことがあるのでは?」 「はは、鋭い。けれど、このパーティーのライブ放送の仕掛け人は、議会ですよ。スポンサーはエチゴン商会の子会社と聞いてます」 「答えになっていない」 「勘当されていたんです。父から」 「勘当……?」 「けれど、一昨年父が亡くなり、勘当が解かれたので戻ってきたわけです」  マリオンは自分が相手の家族を気遣い忘れたことを思い出した。踊りながら言う言葉ではないのはわかっていたが、機会を逃したくはなかった。  セルカークの瞳をみて言った。 「あの。お父様が亡くなられたこと知らずに。お悔やみいたします。可能ならお墓にお参りをと願っています」 「ありがとうございます。父もマリオン姫にそう言ってもらえて喜んでいるでしょう。あなたのことを大変気にしていましたから」 「サルク殿が?」 「ええ、頑固そうに見えて、案外視野の広い人でした」 「息子を勘当されたのにですか?」 「私の勘当は部族への示しのようなものです」 「示し?」 「プギョム部族は土地と草木とともに生きる」 「それは、プギョム部族の心の言葉」 「そうです。セント部族にも同じような部族の心の言葉がありましたね」 「ええ、自然の恵みを尊び生きよ」  セルカークはマリオンの言葉をかみしめるように受け取った。 「その二つの心の言葉は突き詰めれば同じ事を言っていると私は思います」 「そうかもしれません」  マリオンも同じような事を思ったことがある。どの部族もこの国の財産が何かをわかっていた。 「父、サルクは私が国外のコスモ連邦アカデミーを受けたのを快くおもっていませんでしたから」 「そうでしたか」 「私は国外で学んだことは後悔していません。むしろそのほうがよかった。国のあり方を外から学べる。そう思いませんか」 「それはそう思います」 「よかった。あなたと一つでも意見が一致して」  セルカークが柔らかなほほえみでマリオンを見つめている。  こんな社交性を持っていただろうか。マリオンは思った。  セルカークは人の心に寄り添えるほど気の利く男だっただろうか。それとも、年月と国外滞在が彼を変えたのだろうか。いやいや、この知能犯は何かを成し遂げるために、女性をくどく方法を技術として会得していてもおかしくない。マリオンは話題をそらした。 「お父様はご病気で?」 「ええ、そう聞いています」 「ご葬儀には?」 「はい、遺言もあったので、葬儀は私が帰るまで待ってもらいました」 「ご遺言・・・?」  この言葉と同時に、曲の終わりを告げる弦楽器の響きが止まった。  セルカークは名残惜しそうな表情で、マリオンを見つめている。  マリオンも話の続きをしたかった。けれど、立て続けに踊るわけにはいかない。  いまいましい、実況中継め。  マリオンは深々と一礼する。顔を上げるとセルカークの後ろにアンサーンが立っている。 「さあ、私のばんでっせ。次は私と踊ってください。姫」 「アンサーン殿、私はほんとに誰とも踊る気は・・・」 セルカークは自分のイヤリングをはずしながら、そっと小声で言った。 「マリオン姫。私とだけ踊って、彼と踊らなければ、このライブ中継はどうなると思います?さ、これを貸してさしあげます」  セルカークはマリオンの耳イヤリングをつけた。  とたん、ライブ中継の声が入ってくる。 〈セルカーク・プギョムと姫!なにやら親しげです。これは、勝負あったかぁ!〉 「さ、姫」  セルカークはマリオンの手をそのまま、アンサーンに渡した。  それを合図にまたダンス曲が始まった。  ライブ放送の中継もまた激しくなる。 〈おお、エチゴン商会の跡取り息子、アンサーンと今度はダンスです。マリオン姫のお心はまだ決まっていないご様子です〉  マリオンは思わず毒づいた。 「ああ」 「これ、この放送でしょう?私もうんざりです。でもセント王が許可されたそうですよ」 「な・・・・」  アンサーンの言葉に声を失った。あの狸親父!やはり、娘を売り物としかみていない。 「まるで大昔の大国の大統領選挙なみですわ」 「アンサーン殿の会社にもご協力いただいたとか・・・」 「あ、言ってました?セルカークはん、せっしょうやな。自分は公務員やさかい。こんな低俗なことには無縁とばかりに」 「プライバシーの侵害です!」 「まあ、そうですねえ。けど、陛下には、もし、姫と結婚するなら、公の場ではゆくゆくはある程度プライバシーもなくなると思ってもらってもって・・・予行練習代わりにって、いいはってね。確かにそうかなと」 「アンサーン殿も、セルカーク殿も承知されたのか?」 「まあそうです」  マリオンは、心の中で頭を抱えた。 「でもね。姫様。これって、たぶん陛下の別なお考えがあったと思います」 「どのような?悪趣味な皇室宣伝以外の他になにか?」  アンサーンのダンスのリードは確かだった。  ダンスフロアーの真ん中に入って、アンサーンはマリオンをくるりと一回転させた。ドレスの裾が広がり、周りからの拍手も聞こえる。  セルカークのリードももちろん如才なかった。けれども、アンサーンのリードは女性の体に負担をかけないように、有る程度遊びのあるダンスだ。  きっとドレスの長さとふくらみも計算に入れているのだろう。  踊りなれている。絵になる。姿勢が良く、引き締まった顔のアンサーンが踊っていると、近くのご婦人のため息が聞こえてくるくらいだ。マリオンは思った。  このお国なまりとちょっとひ弱なものいいとのギャップ。  つい、笑ってしまいたくなる。本人は至って真面目なのだろうが。  とぼけた口調と、能天気なプレイボーイを装っているのは、彼流の脳有る鷹はつめを隠す戦法なのかもしれない。  それにこの筋肉。さっきのセルカークにも驚いたが、アンサーンの体も鍛えてある。腕周りは軽く人を投げ飛ばせるくらいの筋力がありそうだ。財閥としての家を継ぐつもりの人間にこれほどの筋力が必要だろうか。  アンサーンは続けた。 「たとえばです。この中継をすることによって、国民は同じ目的のものを追い求めて、一つの夢をみることができる。恋とは利害関係のない人間関係のことをいいますから」 「利害関係のない人間関係……」 「それとです。中継されているということは、国民全員が目撃者ですから、変な動きはとりにくい」 「誰がです?」 「誰がとは言いません。今回の件、私だって、単なる国の不祥事とは考えてませんから」 「というと?」  アンサーンがどういう考えを持っているかは聞いておきたかった。どこまで彼はこの件を見て、知っているのか。 「うーん。憶測でものをいうのは、混乱を招くので言いたくありません。それに」 アンサーンは、ぐっと、マリオンの腰に当てた手に力をいれ、引き寄せた。 「二人でお話できるこの短い時間を、私は有効に使いたい」 「アンサーン殿……?」 「私の考えも聞いていただきたい。父は、ああは言ってても、やっぱり商売第一で、今回の件も、当初は王室とのつながりを望んでのことだと思います。けれど、私は個人として貴方と向きあいたい。私自身の、この国の財産である資源についての考えは別で、私ももっと先のことを考えるべきだと思っています。事情が許せば、私も星の外に勉学に出たかった。だから、弟君のショーン王子の目指すところはよくわかります。自分にもそれなりの考えはある。それだけはお伝えしたい」 「アンサーン殿……」 「もっとも、私はそんな政治的なことなど、どうでもいいです。ほんとのところ。愛ってもっと純粋なものだと思いますから」 アンサーンの大きな瞳に魅入られ、二人が見つめる形になった。 すかさず、中継がコメントを入れる。 〈おお、いい雰囲気です!これは、判らなくなりましたねえ〉  マリオンとアンサーンは同時にため息をつき、お互いのため息に、こらえきれず笑い出した。  国にかえってきて、心底笑ったのは初めてかもしれない。  彼のくったくない笑い顔には癒される。  確かに、父の作戦は功を奏したように思える。  このパーティーを中継させる。   それほど確かな防衛はないかもしれない。  アンサーンが派手にマリオンを回転させるとちょうどワルツが終わった。  同時にセント王がマリオンの手を取った。 「娘とダンスする機会など、これからあるかどうかわからないからな。一曲願えるかな」 「はい」  ダンスの間は盗聴を気にせず踊れるだろう。父の本音も少しは聞けるかもしれない。 「で、どちらの御仁が有力かな?」 「父上、賭けでもされてるんですか?」 「まぁ星民の中で、そういう余興に発展していてもおかしくはないな」 「じゃあ、星民が損をしないように、どちらにかけても無駄だと言うことを早く知らせないと」 「本当に結婚する気はないのか」 「ありません」 「そうか」 「なぜです」 「なぜとは?」 「私に何かを押しつけることなど今まで一度もなかった。あのときと違って、もう星民は私が王位を継承するとも思っていません」 「逆に言うと、わしは別におまえが王位を継承してもいいと思う。ショーンである必要はない」 「父上」 「ただ、私が結婚して幸せだったから、勧めているだけだ。それだけだよ」 「全くそういう風には伝わりませんが」 「そうか。そうかもしれんな」  デュールはさみしげな表情をした。  母が生きていれば、娘とダンスを踊ることもなかっただろう。父は深く母のことを愛していた。それはわかっている。けれども、同じように自分が幸せになるとも思えない。政略結婚に近い形でならなおさらだ。マリオンは父に何も言えなかった。  王と姫が踊っている中、他の貴族達は、徐々にダンスを止め、ただただ見ているだけだった。ダンスホールはまさに二人だけ。 逆にここを狙いうちでもされれば、マリオンは思った。 「父上、私と一緒に踊りたいといったのはもしかして」 「うん。そろそろだろう」  ガラスの割れる音が響く。  悲鳴がこだまする。  みれば、絵に描いたような黒々した賊が、城のガラス窓から一斉に侵入してきている。マリオンは父を後ろに下がらせた。 「父上」 「二人で踊っていれば、相手の思うつぼだからな」 「自らおとりになったつもりですか。ショーンが泣きますよ」 「おまえがおるから大丈夫だと思ってな」 「そんな危険過ぎます」  マリオンはデュールを城の一番奥に連れて行き、護衛に預けるとその護衛の剣を抜いて再度フロアーに戻ってきた。 ご丁寧に、ライブ中継がその様子をとらえてくれている。 〈これは、演出か?黒服の剣をもった集団が窓をわって。あ!賊です、賊の侵入!なんと大胆不敵、この厳重な城の警備を破って。一人二人、十名ほどでしょうか、乱闘です。姫は、王は!?お、セルカーク、プギョム、アンサーン・エチゴン、剣を抜き、マリオン姫の前に!〉  自分の身は自分で守る。  剣を手にしたのをみて、セルカークが叫ぶ。 「マリオン、なぜ、王と一緒にお逃げなさい。早く」 「逃げる?なぜ」 「狙われているのは貴方です」 「だったらなおのこと」 「すぐに護衛の応援がきます。だから貴方はさがりなさい」  賊は束になって襲ってくる。  セルカークが前にで、束になった数人をわずか数秒で倒してしまう。  賊が一斉に後ずさりする。  そのひるみに付け込み、三人が踏みこんだ。  アンサーンは、つねにマリオンの背後に入り、セルカークが前に入る。  人の大勢いるパーティー会場。飛び道具は出せない。マリオンは、発信機を手の中に収めていた。賊が逃げる体制になったら真っ先にそれを投げるつもりだ。  三人は賊が侵入してきた窓の方に向かって押しもどすように攻撃をした。  パーティー会場にいた護衛隊たちは、来賓を避難させるのに奔走し、応援が入り込めない。  そのときライブ放送のアナウンサーの叫びが入った。 〈ああっと!セント王を狙った一団が!〉 しまった、マリオンは振り向いた。二手にわかれた一団が、王とバルダ議長を囲んでいる。 「父上!」  マリオンは前の敵に切り込みをいれて、相手の剣を飛ばすと方向転換した。 二人を相手に戦っていたセルカークは、息を呑んだ。 剣を飛ばされた男が、短刀をぬいて、マリオンを後ろから切りつけようしている。 「危ない!」  剣が人をさす鈍い音が響く。  アンサーンが、マリオンの前にでて、賊の短刀を腕で受けている。  鮮血が飛び散る。  アンサーンはすばやく、利き腕でその賊の腹に一撃を加え、倒した。  マリオンと、セルカークが同時に叫ぶ。 「アンサーン殿!」 「姫、行きなさい、たいしたことはない」  マリオンは無言でその言葉を受け止め、賊の攻撃をかいくぐって、父の元に走った。   父王を守ろうとしていた護衛隊の最後の一人が剣に倒れるのと、マリオンが後ろから賊を蹴散らすようにして、攻撃を突破するのがほぼ同時だった。 おーっという掛け声が鳴り響き、避難経路を逆送して、一個中隊の護衛が到着する。  王と議長は、彼らに囲われて避難を始めた。  沸いてくる護衛隊が今度は賊を追い詰めていく。  賊は逆に退却の合図をだし、引き始めた。  アンサーンが、護衛に付き添われて避難するのを見届け、マリオンとセルカークは賊のあとを追い始めた。  城壁の脇まで追いかけた時、セルカークがマリオンを止めた。 「だめです。姫、これ以上の深追いは危険です。あきらめましょう」 「いや、しかし、セルカーク殿」 「賊の狙いは貴方を城から出すことかもしれません」 「それなら、それで」  城壁の門を開かせようとしたマリオンの腕を、セルカークが強くつかんで止める。 「お立場をお考えください」  セルカークは、怖いくらい真剣な面持ちでマリオンに言った。 「セルカーク殿、これ以上私が追うとなにか困ったことがあるのですか?」  マリオンは、セルカークに挑むように言い放った。  セルカークは冷静に返した。 「この外で貴方を守りきる自信はありません」  ああ、やはり、彼だ。  この氷の表情。  この前では落ち着かなくなる。  マリオンは、だまってきびすを返した。  パーティー会場ではバルダ議長と護衛隊長が後始末に当たっていた。  マリオンは聞いた。 「バルダ議長、警備は厳重ときいていましたが、なぜ、賊が侵入できたのか、至急調査を……」 「はい、既に、手配しております」 「父上は無事か」 「はい、自室でお休みを」 「アンサーン殿は……」 「今、救護室にて王室医療班の手当てを受けておられます」  マリオンは、救護室に向かった。  自分としたことが、隙を見せたばっかりに・・・。何のために、コスモ連邦アカデミーでリゾルバーの訓練をうけたのか。人を助けるための訓練だったのではないか。なのに、怪我をさせるとは。  担当医長の話では、アンサーンの怪我は腱を痛めてはいないとのこと。 縫合も終わってアンサーンは、部屋で休んでいるとのことだった。  マリオンは、部屋に彼を訪ねた。  マリオンの姿をみて、エチゴン商会の跡取りは、ぱっと顔を輝かせた。 「姫!」  ベッドから、起き上がったアンサーンは、あっと顔をしかめた。 「いったた」 「アンサーン殿、どうか、そのままで、このたびのこと、まことにもうしわけありませんでした」 マリオンは殊勝な表情で謝った。 「これくらい。ぜんぜんたいしたことありません。それより、陛下も、姫様もご無事で本当によかったです」 アンサーンはほっとした表情をみせて、マリオンの顔を見つめた。 「しかし、強い強い。マリオン姫。さすがですわ。私なんかぜんぜん足元にもおよびません」 「いえ」 「実はね。この話がでてからずいぶん体を鍛えたんです。あなたをお守りしないとと思ってね。筋トレとかマジやったことないのに。少しは役に立つかと思いましたけど。実践はちがいますな」 「そんなことは」 「まあ、しかし、やっぱり、セルカークはんが一番強かったですけどね。またええとこもっていかれたわ。あの人、絶対、普通の公務員とちがいますよ。ばけもんやわ」 アンサーンは本気で悔しがっている。 「・・・けど、姫様」  アンサーンは、少し真面目な表情で言った。 「どうか、ご自身をお大事に、何かあったら陛下が悲しまれます」 「アンサーン殿」 「どんなご身分でも血を分けた父と子です。一番大事に思ってると思います」 「それは」 「ああ、よかった。たいしたことなくって。ほんとや」  マリオンは、彼の明るい様子に助けられた。 「そやけど、あの賊・・・」  アンサーンは、何か、考えているような形でつぶやいた。 「なにか心あたりでも?アンサーン殿」 「あ、いえ、けど、全国中継されているのに、たいした度胸というか」 「わざとというか・・・でしょう?」 「ええ、わざとやったとしたら、なにが目的でしょう?」  マリオンは、部屋を出てから考えた。  アンサーンの最後の言葉。たしかに、なにが目的で、あれほど追い詰められやすいところにわざわざ。    セント星の宇宙空港にたどりついたギード・ギザンは、コスモ連邦警察の特権で、ほとんどの入国審査を素通りし、星の市街地に足を踏み入れた。 セント星は暖かく湿度が高い。リゾート地の空気を思い出させた。  マリオンはほとんど観光地化はされていないといっていた。  彼女の説明だと、希少価値の高い植物を自然のまま保護することが目的で、決まった場所にしか、開発を進めていないとのことだった。 主な輸出物がすべて植物をベースにしたものなのであれば当然だろう。  人の持ち込む外来種で、国内種の貴重な植物が駆逐されてしまうこともある。  今回の事件は、元を正せば、環境に影響を与えないと判断された、良質の品種を輸出したにもかかわらず、主食の品種に多大な影響を与えてしまったというのだから。それによる損害賠償額は半端ではない。  しかし、そんな損害をもたらすことを、だれかがわざとやったなら、これは事故責任の問題ではなく犯罪だ。そして、誰かが得をしようとしている。もしくは、誰かが、自分の意のままにしようとしている。  情報収集のために立ち寄った星で会った男。  あの男がくれた情報が本当なら、このセント星の中に、追求されるべきものが有るはず。  あの酒場で待つこと一時間。あの後現れたハッカーとの会見をギードは思い返していた。  ネットの世界で生きてきた人間そのままのような人物が、ギードの前に現れた。 年齢不詳。  顔はそれなりのしわがあるのだが、目だけに子供のような幼さが残る。なんとも不気味な表情だ。身なりはリゾート服に草履。  全身美容とは全く縁がなく、今まで海で寝そべってましたといわんばかりの風貌だ。 「あんた?本当にハッカーなのか?」  ギードの第一声だ。  ハッカーはにやりと笑うと返してきた。 「あんたも、浮浪者三日目のサラリーマンじゃないんだろう?仕事は」  ギードは首をすくめた。  しかもこのハッカー、あまりのハック好きに、ネット社会への出入りを永久に遮断されたといわれている。そんな人間がどんな情報をもっているのか怪しい。  しかし、それらしい情報を持っていると、売り込みをしてきた人間に既に二人会い、話のつじつまからガセネタだと判断された。 最後に残ったこのハッカーを調べなおしたとき、破門ハッカーを紹介された筋がかなり確かだと、あのジャンヌDが保証したのだ。こいつにかけるしかない。  ハッカーは病的な笑いを一瞬し、ギードに黙ってついて来いと合図をした。 ギードはそれに従った。 裏ネット。  存在するといわれていたが、このハッカーの自宅をみて、それが本当に存在するのだということを悟った。  裏ネットとは、まさに表の裏。裏だから決して表には出てこない。 つながっていないように見えているらしい。  この裏ネットを運営しているのは、破門ハッカーのように、通常のネット世界からIDを抹消されてしまい、二度と表のネットには入ってこられない措置をとられてしまった人間達。狭い人間の間だけで行っているので、機能は複雑ではないが、情報源が追いやすいのだという。  その中で、気になるやり取りを見つけたのだという。 「金はもってきた?」  破門ハッカーが聞いた。 「ああ」 「現金でないとうけつけないよ」 「現金だ」  ギードは、この星で通用する通貨を積み上げた。  破門ハッカーは、それを丁寧に一枚ずつ検品したあと、ギードを一つの端末の前に座らせた。  自分も別の端末に座り、同じ画面をダウンロードさせている。ギードの前には、公開書き込みの画面。判りにくいがかろうじて読み取りはできる。 「暗号になっているが、仕事のやり取りだ。金の受け渡しもこのなかで行われている」 「これは、裏の人間しか入れないんだろう?」 「ああ、けど、望めば表から裏への手引きをする人間がいるんだ。俺はみとめたくないけど」 「つまり、手引きがあれば、表の人間も裏のネットに入れるってことか?」 「正確には、裏と表で通信できる仕組みがあるってこと。それは教えられないけど」 「わかった・・・」 「暗号は、俺の方で解くこともできるけど、もっと特別料金が係る。あんたんとこの、宇宙一って言われているホストコンピューターのほうが、はるかに仕事も速いと思うよ」 「……」  ギードは言葉につまった。  自分の身分は明かしていない。  こいつどうやって、俺を警察関係者だと。 「ああ、心配しないで、おれは司法取引をしろとか、表にもどせとか、そんなことは要求しない」 「あ、そう」 「それよりも、この神聖な裏ネットを金儲けのために使う奴を許したくないんだぁぁぁ!」  だだっ子のように叫ぶ破門ハッカーの興奮が収まるのをまって、ギードは、神聖な裏に入る手引きをしてもらい星を離れた。  破門ハッカーは最後に言った。 「この裏への手続き、二十四時間しか使えないから早めにアクセスしてね、あ、それから事件が片付いたら、感謝状の一枚もほしいなあ。コスモ連邦警察の感謝状もらってみたいから」  ギードは首をすくめた。やっぱりばれている。まあ、セント星の一件にかかわることという名前を出すだけでも、想像はつくかもしれない。  移動艦に帰って、すぐにジャンヌDに連絡を入れた。 Ⅳ  部屋に帰ったマリオンは、ドレスを脱ぎ捨てると、PCブースに張り付いた。  発信機が働いている間に何とか、賊の行方を確かめなければならない。  場所を確認しながら、戦闘用のスーツに身を包む。  武装して場所を追える通信機を持つと、部屋を出た。  外出禁止令など本当は何とでもなる。  城壁まではそう思っていた。  ジャンプスーツに動力をいれて、弾みをつけようとしたそのとき、暗い影から出てきた人影。  セルカーク! 「なぜ?」 「王に頼まれました。今日はどこにも出さないようにと」 「私を止められる?」 「しかたがありません」 「私は行きます」  マリオンはセルカークを無視してジャンプした。  これは、コスモ連邦警察仕様の特別スーツだ。同じ性能のものは闇武器商人でからでなければ手に入らない。  マリオンは、一気に城壁を跳び越すつもりで高く大きく飛んだ。  だが瞬間、何かに押され、城壁にいったん下りる羽目になった。  地上十メートルはある城壁だ。 「本当にあなたは無茶をする。私の言うことを聞いてください。姫」 「セルカーク!どうして!」  ついてこれるはずがないと思っていたのに。  なぜ。では、さっきの抵抗は彼がかけたのか。  全く涼しい顔をして、セルカークが彼女を見つめている。 「力ずくでもおとめします」 「どうして、私は真相を知りたいだけ」 「今、動けば、敵の思う壺です」 「貴方が敵で、私を動けないようにしようとしているという可能性だってあるでしょう」 「そう思いたければ思いなさい。けれど私は貴方をここから外へはだしません。ここから出たければ、私を倒してからいきなさい」  二人の間でにらみ合いが続いた。  ここを出るには彼をたおすしかない。  マリオンは城壁の上で接近戦に出た。  ジャンプしながら繰り出したキックを、セルカークは身をかわして避けた。  体制を建て直してすぐに、右ストレートを繰り出す。  かすった。しかし、すぐに彼のほうからも左腕が繰り出され、マリオンは攻撃を避けた拍子に体制を崩した。  早い。本気だ。あわてて距離をとって体制を建て直す。  お互いが、キックの交し合いを何度かした後、バランスを崩したセルカークをマリオンが壁面に押さえ込んだ。  お互い、息が荒い。 「なぜ」 マリオンは言った。 「あの時、私を身をもって守ってくれた貴方が……」  セルカークがふっと微笑む。 「だからですよ……」 「なに?」  あっと思った瞬間、形勢は逆転した。セルカークがマリオンを押さえ込むと、そのこぶしがマリオンのみぞおちに食い込んだ。  意識が薄らぐ。 マリオンはセルカークの声を聞いた。 もう、お守りする必要はなくなりましたね。  続いて、城壁の向こう側の堀に飛び込む音が響いた。  一斉に城の防犯システムが作動した。  くそっ。  マリオンはなんとか体を起こした。ここで城に連れ戻されたら、もともこもない。防犯システムの光からなんとか逃れると、賊につけた発信機の場所を確認した。ついで、セルカークにつけた光も確認する。しかし、その光は、堀の中で消えていた。  おぼれた?ばかな……いや、しかし……。  賊を追うには、自分も城を出なければ。  マリオンは人の気配を感じて、自分も堀の中に身を投じた。  城の中が騒がしくなっている。  アンサーンは窓と自室の扉を開けて、外の様子をうかがった。  動いた。誰かが動いたのだ。じっとしていることはできない。  アンサーンは、不自由な手でなんとか身支度をした。  姫が危ない目にあっているかもしれないのだ。  それにと、アンサーンは思った。あの賊・・・  自分の感があたっていなければいいのだが、それを確認するためにも、ここから出なければ・・・  城壁の上で確かめた発信機の光は、商業空港の倉庫街へとつながっている。しかもその光は、倉庫街最大の敷地の中でうごめいている。  マリオンは、その敷地の前で身を潜めていた。  倉庫の門にはエチゴン商会第一倉庫とある。  発信機が別の音を発した。  確認して、マリオンは愕然とした。  第一倉庫の中でうごめいているのは、セルカークにつけた発信機。 水中から上がって、発信機としての機能を取り戻したのか?  では、両者はぐる?  確かめなければ。  マリオンは手薄そうな場所を探して、倉庫の回りを歩き始めた。  城を出る前に気になって弟のショーンにも連絡をとったが、つながらない。  ジャンヌDへの連絡さえも、なぜかとれなかった。  受けて側ではなく、発信元がどこかで遮断されていることだけはわかった。  この国は孤立しつつある。  この状況を何とかしなければ。  このままじっとしているのは、事態を相手の思うように導くだけだ。  倉庫をほぼ半周して、これは正面から入るほうがまだいいと判断した。  廻りの囲いには、異常なほどの警備施設が敷かれている。  夜の手薄な正門のほうが突破しやすい。  門からかなり離れた場所から様子をうかがう。  同じ様に様子をうかがう気配を感じ、マリオンは、その気配に向けて撃鉄を起こした。ほぼ同時に撃鉄の音がする。  相手のシルエットだけはわかるが、あちらが打つ気配はない。 「何者?」  マリオンは、声を発した。 「正面から入ろうなんてマリオンらしいね」 「ギード!」  ついこの間まで生活までも共にしてきた、リゾルバーの訓練生の姿を見て、マリオンは叫んだ。 「マリオン、お城の中じゃなかったのか?ここは倉庫街だぜ」  同期生はにやにやとしてマリオンを見ている。 「派遣されたリゾルバーって、ギード!」 「そういうこと。これが俺の初仕事」  ギードは、ちょっと鼻を高くして言う。  マリオンはギードに詰め寄った。 「捜査はどこまで進んでる?」 「それは教えられないね。でも、大体見えてきた。輸出検品所は白だった。けれど、エチゴン商会のネット環境に怪しい点が見つかっている」 「では、やはりここがあやしいと?」 「あとは証拠をつかむのみ」 「証拠・・・誰と組んでるの?リゾルバーは二人一組で行動するはず」 「パートナーは今・・・」  ギードが言いかけたとき銃声がした。  二人の間を弾がかすめ飛ぶ。  狙われている。 「う、マリオン、下がれ」  ギードが言った時、続けて二発の銃声が響き、ギードが倒れた。 「ギードォ!!」  ばらばらとした人影が、門の中から這い出てきている。  マリオンは、倒れたギードの傍らにひざをつくと、照準を人影に向けて銃を構えた。 「なにもの。なぜ彼を撃った」 「そいつのとどめをさされたくなかったら、おとなしくしてもらいましょう」  黒ずくめの男が言った。一斉にマリオンではなく、ギードの心臓狙って撃鉄が起こされる。  マリオンはギードをかばって、その体に覆いかぶさった。ギード、まだ息はある。  銃をおろしたマリオンを男が二人、脇から抱えるように抑えた。  ギード必ず助けに来る。最初のリゾルバーの仕事で死なせたりはしない。マリオンは、彼の倒れた姿に誓った。  倉庫の中に入れられ、つれてこられたのは倉庫の中二階。  巨大なコンベアがレールのように縦横無尽に引かれた場所が見渡せる。  人の誘導で、椅子に座らされた。  背後から、反響した声が聞こえる。 「じゃじゃ馬姫とはきいてましたけど、ここまでとはねえ。マリオン姫、先ほどの舞踏会では失礼いたしました」 「エチゴンの社長……」  にやついた顔は、やはり横に広がっている。 「いや、うまいこと、城を抜けてこちらにやってきてくださった」  言葉がでなかった。思う壺にはまってしまったわけだから。 「では、アンサーン殿も……」  マリオンは、あのアンサーンの能天気ぶりに騙されたと思い、言い放った。  それを受けて、社長は首を横にふり、 「息子はなにも知りません」 「なぜ……」 「それはね、この国の歴史の問題なんです」 「歴史……」 「いや、正確にいうと、経済発展の歴史ですな」  エチゴンの目は、宙を見ている。  自分がこれから展開する持論が究極の真実とでも言うように、天を仰いでいる。 「この国がどうやって発展してきたか。この辺境の星が、コスモ連邦に加盟できるくらいの財力と、文明をどうやって手に入れてきたか。それは一重に、この星の資源を研究し、開発し、商品化し、輸出して外貨を稼いだおかげなんです」  同意を求めるようにエチゴンが、マリオンの顔を覗き込む。  確かに否定するところは何もない。  エチゴンはマリオンの沈黙をうけて、満足そうに続けた。 「そんなにも、財力があるからこそ、税金で王室が保てる。この国の対面も保てる。諸外国と相手してもらえるはずなんです」  なるほど、それも否定はできない。 「そうでしょう、だからです、だからこそ。息子には、そしてわれわれエチゴン一族にとっては、この星の経済を自由にする権利がある。いや責任を取るといっても言い、それぐらいのことはわれわれはやってきた。そして今後も一族の面倒をみていかなくてはならんのですよ」  国の実権。  エチゴンはこの国の実権を握りたがっている。  独裁者になろうとしているのか。 「エチゴン殿。だから、他の国での不祥事を演出したと?セント王の退陣を促したというのですか」 「ま、仕方おまへん」 「貴方のしたことは、犯罪です。他の星への間違った品種の輸出で、主穀物に影響を与えたということは、何世代にも渡って、影響が出る可能性があるのですよ」 「そのときはそのときで、またこちらであう品種のものを提供させていただきますよ。なんだったら、他の品種の影響を受けない強い品種の改良の技術を提供してもいい」 「そんな……相手の不幸に付け込んでまでも……それこそ、考え方がまちがってはいませんか」 「きれいごと。きれいごとですよ」  エチゴンは、全く取り合わない、それどころか、自分の意見が完全に正しいと思っている。  狂っている。マリオンは思った。  しかし、彼を狂わせたのも、国政のあり方か。 「ハッカーを雇ってデータを改ざんしたのも?弟のショーンがハッカーハンターの免許を持っていることを知って?」 「雇った。どこにそんな証拠が?」 「TRX1は安全と保証されたが、TRX2は不可と出た」 「いいえ、われわれが受け取ったのは明らかに反対の結果でした。ふむ、国外で勉強しすぎた若きショーン王子は神経症をわずらい、研究センターのデータを改ざんしてしまった」 「でたらめを」 エチゴンのターゲットは弟の失脚も含まれている。 「そういったことが露呈すれば、帰国した王子を時期王として国民がみとめるとおもいますか?」 「そんなことはさせない」 「ほう、どうやって?」 「今、コスモ連邦警察の広域捜査班が、解明してくれる」  いまの捜査がどこまで進んでいるのかは全く想像がつかない。  しかも、リゾルバーとして派遣されてきていたギードは銃弾に倒れた。  それを察知したようにエチゴンが言葉を継ぎ足す。 「ああ、さっきの、コスモ連邦警察の方ですか・・・海に捨てて置くように命じておきましたから、ご安心を」 「な・・・」 「貴方にはどうしても息子と結婚してもらわないとあかんのですよ」  エチゴンは異常に近い距離からマリオンの顔を覗き込んだ。  視界が全てさえぎられる。 「そのためには手段は選びません」 「そんなことできるはずがない」  マリオンはいった。ここまで事態がはっきりしていて、YESというわけがない。 「いいえ、やって見せます。そのために、ここまで国民の注目をあつめたんですから」 「注目・・・・」 「ええ、国民全員に証人になってもらうためにねえ」 「大衆が注目しているところでは不正はおこなわれないとでも?」 「まあ、そういうことです。まず、明日の朝、冷たくなったセルカーク・プギョム卿が見つかる。セント星の公安に圧力をかけたという自分の罪を遺書に残して」 「え・・・・」 「今頃、城では手下が動いているはずです」 セルカークは、では、どこに。さっきの発信機の光は・・・ 「まあ、どんなに抵抗されたとしても、ここに姫様を人質としてお預かりしていることをしれば、簡単に始末できるでしょうから」  マリオンは、セルカークの行方については言及せず言った。 「そんなことをしても、私は誰も選ばない」 「いいえ、貴方は間違いなく、わが息子と結婚する」  まるで暗示をかけるようにいうと、エチゴンが奥に合図を送った。  白衣を着た一団が、トレーをもって現れた。トレーには医療用具が乗っている。  白衣に白手袋、顔全体を覆っているマスクをした一人が液体ビンに注射器をさし、中身を吸い上げている。  その空になった薬品をエチゴンは、マリオンの前に持ってくる。 「これがなにかご存知でしょうな」 「そ、それは」  薬品は最近開発されたもの。  記憶除去剤と催眠誘導剤。  トラウマを消すために作られた新薬。謝って摂取すると記憶の一部が抜け落ちるという菌類を改良してつくられた、セント星の医薬輸出物品。  人の幸せを願って開発された薬剤であるのに。 「あなたにはしばしの間、記憶をなくしてもらいます。そして、こちらの言いなりになってもらいます」  記憶除去剤によって一定の記憶を消し、これからのことをあらかじめ催眠誘導するつもりだ。  エチゴンが余裕で何でも話したわけだ。  白衣の一団が、マリオンの腕、足、頭を押さえつける。  近づけられる注射針、五人がかりでは体は動かない・・・ 「う、放せ・・・・・・」  エチゴンは、その様子をみて楽しそうに言った。 「さ、マリオン殿、動かないでください。ああ、貴方は、明日早速、わが息子を花婿として向かえ、そして王は退陣後、急死する。そして不名誉な帰国したショーン王子もなぜか自殺。すばらしい!」  エチゴンは酔っていた。  マリオンは、腕に差し込まれようとする注射針を凝視した。  わずかだが、注射針を持つ手が震えている。迷っているのだ。 「迷っているのですね」  マリオンの言葉に白衣の人間の目が見開かれ、注射針を落とした。  エチゴンがそれを見て、顔をこわばらせる。 「なにをしておる。かせ、私がやる」  エチゴンは、もう一つ注射針を取り上げると、薬を注入した。  薬の入ったガラスが倉庫の照明を受けて鈍く光った。その、注射針は、一瞬光に包まれるとパリンと割れた。針はそのままマリオンの腕を押さえていた、白衣の男の腕にささった。 「うわっ」  みなが一斉にあたりを見回す。  高性能なレーザーガンだ。 「うぬ。なにもの」  一回のベルトコンベアーの中継地点に立っている男が言う。 「今動けば、エチゴン殿、頭を打ち抜きますよ」 「う、セルカーク・プギョム。どうしてここに・・・」  セルカークの銃はそのままエチゴンの頭に照準が当たっている。 「私の射撃の腕前は今ごらんになったとおり。さあ、姫を放してもらいましょう」 「そ、そんな脅しに。おい、代わりの薬を用意しろ」 また赤い閃光が光った。  ジュウという音と共にたんぱく質のこげる音が聞こえる。 「う、うわ!」  エチゴンのヒゲがこげ、火を噴いたのをみて、白い一団が、一斉にエチゴンの顔から火を消そうとした。  マリオンは、その隙を見逃さなかった。  おさえられていた力が弱ると同時に、一番近い銃を構えた男に足払いをかけ、下の階まで、ジャンプしておりたった。一斉に銃がこちらに発射されるのをうけ、セルカークと共に、鉄扉に向こうに体を避けた。  一瞬、攻撃がやむ。 「セルカーク殿」 「姫、お怪我は」 「私は大丈夫」 「では、脱出します。私の後ろに」  エチゴンの怒りに燃えた声がこだまする。 「ええい、逃がすものか、やれ、やってしまえ!」  それを合図に、一斉に人の足音が押し寄せる。  セルカークが援護しながら、倉庫の戸口に近づく。  あと扉まで数メートルというところで、一度呼吸を整える。  セルカークの銃撃戦は、訓練されたものだ。  マリオンは、相手の銃撃が一度やんだとき、言った。 「ギードが、私のコスモ連邦警察の同僚がここに来る前に撃たれて、彼を助けたいのです」 「彼なら大丈夫、手は打ちました」 「それは……」 「ふせて!」  また、一斉に、銃撃され、建てにしていた、前方のコンベア中継点も穴だらけになった。  エチゴンの悔しそうな声が響く。 「く、くそ。どんどん撃て!撃ち殺せ」 「セルカーク、私にも銃を、援護します。このままではやられてしまう」 「だめです」 「しかし……」 「ここは貴方の国ですから。たとえ相手がだれであっても、貴方の国民を傷つけてはいけない」 マリオンは、セルカークの言葉を受け入れた、それ以上返すことはできなかった。 「存分に暴れるのは、リゾルバーとしての仕事でお願いします。姫君」 「え……」  セルカークの言葉はどこからでたものなのか。なんだろうこの違和感。しかし銃声にかき消された。なんとしても。あの扉まで走らなければ、また、攻撃がはげしくなる。  もう、隠れるところはほとんどない。  閃光と、血しぶきが舞った。 「あっ・・・」  セルカークの左肩のジャンプスーツがそげる。 「セルカーク!」 「か、かすっただけです、下がって」  マリオンは、手早く、セルカークの腕を縛った。露出した肩には、昔の名残傷が残っている。マリオンはその肩の傷に手を当てた。セルカークの反対の手がその手をそっと押さえる。  扉への脱出は無理かと思ったとき、瞬時、銃声がやんだ。頭上から、エンジンの舞い降りる音が聞こえてきた。普通のエンジン音ではない。規模からいって、宇宙船クラス。  あまりの轟音に、全員が騒然となった。  エチゴンは自分の敷地にいったいなにが降りようとしているのか、確かめようとして、天井のドームを空けさせた。  ゆっくり開く、倉庫のドーム。 「な、なんだ・・・」  宇宙船の腹には、コスモ連邦警察のマーク。  轟音と、圧力のかかった暴風が吹き荒れ、同時に声が降ってきた。 「こちらはコスモ連邦警察・広域捜査班シニア・リゾルバーのカルネル・デフォーだ」  マリオンは、宇宙船を見上げた。 「カルネル・・・」 カルネルは続けた。 「エチゴン商会社長、デンネ・エチゴン。公的通信のハッキング、文書偽造及び、殺人未遂容疑で逮捕する。直ちに武装を解除せよ。さもなくば、倉庫上空から急襲をかけることになる」  宇宙船から目にも留まらぬ速さで、何筋ものロープを伝って武装集団が降り立ち、エチゴン達を取り囲んだ。  透明で卵型の防弾シールドに包まれたカルネルが、最後に降りてくる。  カルネルは浮かんだまま、エチゴンのすぐそばまで来ると言った。 「もう一度繰り返す。今すぐ、武器を置きなさい。デンネ・エチゴン」 「情報画策罪?どこにそんな証拠が」 エチゴンは抵抗してこたえた。 「雇われたハッカーがはいたよ。成功報酬の流れをつかんだので、それをつきつけたらね。政治献金という形で、エチゴン商会からバルダ議長へ流れた金が、ほぼダイレクトに支払われた形跡を、さっきつかんだ」  エチゴンは、がっくりとひざをついた。 「他のものの武装を解除させなさい。エチゴン。バルダ議長は先ほど城で身柄を拘束、罪を認めている」  エチゴンは、部下達に首を振った。  一斉に武器が落とされる。  コスモ連邦警察の警察官によって、全員の武器が没収され、取り押さえられた。  カルネルが、マリオンとセルカークの前まで来た。  マリオンが敬礼をしている横で、同じようにセルカークが敬礼をした。 「ご苦労だった。リゾルバー・セルカーク」 「え!……」  カルネルの言葉に、マリオンは耳を疑った。では、ギードのパートナーとは・・・。  セルカークは、隣で凍っているリゾルバーとしての後輩をほっておいて、カルネルの言葉を引き継いで続けた。 「コスモ連邦警察の権限で、エチゴン商会のメインコンピューターに侵入。匿名でバルダ議員に振り込まれた金のながれの記録、及び雇われたハッカーによる改ざん記録をコスモ連邦警察経由で、コスモ司法機関に送信済みです」 「そ、そんな……ばかな。どうやって……裏の送金は絶対ばれないと……」  エチゴンは信じられないという顔でセルカークの顔をみる。 「リゾルバー・ギード・ギザンが裏ネットの情報源から突き止めた。彼への殺人未遂も罪状に含まれます。幸い命に別状はありませんでしたが」  セルカークが、マリオンの方をみて言った。  ギードが無事だった。 「デンネ・エチゴン。セント星公安警察も、議会、バルダ議長からの捜査介入を認めている」 カルネルはとどめとばかりに、エチゴンに伝えた。 「あやつ……」 「デンネ・エチゴン。他国の生命維持を危機に貶めた罪及び、自国へのクーデターを起こそうとした内乱罪容疑で逮捕する。コスモ連邦警察にて詳しい取調べを」  セルカークが連行するためにエチゴンに近づこうとしたとき、エチゴンは銃を拾い上げた。全員の照準がエチゴンに向く。 「そんな手間はとらせんよ・・・」 エチゴンは、そういって、自分の頭に銃を向けた。 「エチゴン!」 「よるな!私によるんじゃない」 「死んでも誰も喜びません。おやめなさい」  セルカークが叫ぶ。 「エチゴン殿!」  マリオンも一歩踏み出し、手を差し伸べる。 「親父!」  後ろで声がし、アンサーンの姿が現れた。 「アンサーン……なんで……」  エチゴンは息子の姿を凝視している。 「賊の一人に心あたりがあった。あほなやつが、なまってしゃべっとったから。だから調べに来た。まさかと思うたけど」 「息子よ。これもお前のことを思うてや、信じてくれ」 「そやったら、しなんといてくれ。生きて、罪をつぐなってくれ。どんなことをしても、俺にとっては親なんや。だから……たのむ。マリオン殿、このたびのこと。わたしが一生かかって償います。だからどうか」  アンサーンは、マリオンの前にひざまずいた。  マリオンは、アンサーンの前に自分もひざまずき、アンサーンの手をとった。 「アンサーン殿。私は誰も裁くつもりも、そしてそんな権利もありません。ことの調査、解決を依頼したセント王の命に従うだけです」 「おやじを助けてください」 「エチゴン殿」  マリオンが立ち上がってエチゴンの前に少し足を進めた。エチゴンの手の銃は頭から離れていない。 「先ほどのお話。私には反論できることはありません。あなたのおっしゃる通りです。星の反映のために星民が種を輸出してきたこと、それが星を支え、星民を豊にしたこと。すべて事実です。国外に行って、銀河一の薬品輸出国家であり、その品質が高く評価されている事も肌で実感しました。みな、あなたたちのおかげなのです。その事実は変わりません」  セルカークも隣で頷いた。 「どうかエチゴン殿。その銃を、おろしてください。どうか息子さんのことを思うのでしたら、そしてまだ、この国のことを思ってくださるなら、どうか」  マリオンはもう一度手を差し伸べる。  エチゴンが凍ったまま、銃を落とした。セルカークと武装集団は、一斉にエチゴンを確保した。  翌日、議会からの正式な発表によって、事件のあらましが国民に伝えられた。  バルダ議長が逮捕されたと副議長から発表された。  バルダを議長におしたのがセント王であることが取りざたされたが、結果的に、議会はセント王の引退要請を取り下げ、デュール・セント王も受けいれられた。  政権はもとの鞘に納まった。  バルダ議長の逮捕が大きく報じられ、犯行動機は皇族は国民の利益のためにあるべきという思想からのものだという発表があり、それを受けて、セント王は、正式に、「王族の個の宣言」という、王族として生まれ育ったとしても、個人の幸せを追求する権利を議会に提出した。  執務に追われる日々が来る前に、マリオンは父王への面会を申し入れた。  国をもう一度離れるためだ。  セント王の執務室には、マリオンと弟ショーンの写真が飾ってある。  もちろん、母、ユリーシア后妃の写真が一番近くにおいてある。  デュールは、娘が入ってくると、優しい目をして顔を上げた。 「世話をかけたな。マリオン」 「いいえ、父上。結果的に私は役にたちませんでしたから」 「なにを、お前が帰ってきたからこそ、犯人を突き止めることができたんだ」 「それは」 「キャリアを邪魔してわるかったな」 「いえ」 「アンサーン殿の取り調べも本人に関与がなかった事がわかったらしい」 「そうですか」 「仕事を継ぐそうだ」 「それはよかったです。いい指導者になるでしょう」 「そう思うか」 「はい、これが茶番だと知っていても、人選が確かだと認めざるを得ませんでした」 「なるほど。バルダだったからな」 「彼は」 「譲れない過激な考えは前から気になっていた。よかれと思う事の推進力がたまに暴走していることも知っていたからな」 「それでも議長に指名したのは父上では?」 「どこか、はけ口がないと暴走が爆発するとおもっていたのだ。結局そうなってしまったが」 「では、父上、最初から引退する気などなかったということですか?」 「いいや。引退もいいかと思っていたよ。しかし今回も失敗だな」  セント王は厳しい顔から一転、マリオンを見てにんまりと笑った。 「は?」 「お前自身が幸せになれるパートナーが現れるまでお預けだ。もうすこし現役でおらんと。ショーンも当分帰ってくる気はなさそうだしな」 「父上……」 「そうそう、ショーンが、監禁を解かれたそうだ。お前によろしくといっていたよ」 「そうですか。よかった」 「帰るのか」 「お許しいただければ」 「許すもなにも、お前の道はお前が決めればよい。私は、お前たちの母親を早くに死なせてしまったことを後悔しているのだよ。自分が自分で居られない立場が妃を苦しめたことには変わりないのだから。お前たちのそういう苦労は最小限にしたいまでさ」 「父上……」 「自分の人生を生きなさい。お前にとって、私は一人の親でしかない」 「父上……」 「もちろん、これからも実力行使はするぞ」  うっ。言ってることが矛盾している。強制帰国は今後もありえるということか。マリオンは思った。けれども、父王の個を大事にしろという、立場上はありえないことを言ってくれることをありがたいと思った。  デュール・セント王は言葉を繋いだ。 「国を離れても、私たちに忠誠を誓い、私たちを思う人たちがいることに常に感謝する気持ちを忘れぬよう」 「承知いたしました。肝に銘じて」 「忠誠とは愛を超えた愛なのだから」  マリオンは頷いた。  部屋を出ようとしてマリオンは聞いた。 「父上、一つ聞いていいですか?」 「なんだ」 「派遣されたリゾルバーがセルカーク殿だと知っていたのですか?」 「いや、カルネルから、一年前に引退したこの星の出身者を、リゾルバーとして復帰させて担当させたいがいいかと聞いてきただけだ。優秀なことは自分が保証するとな」 「そうですか」 「セルカーク殿に会ってくるか」 「はい。そのつもりです」 「サルクはいい息子を残してくれた。病に倒れたのは残念だった。セルカーク殿にわしからも改めて、礼を伝えてくれ。娘を護ってくれた事と、国に帰ってきてくれた事をな」 「承知いたしました」 「ついでに娘をさらって、結婚してくれてもいいと言っておいてくれ」 「父上!」  マリオンは後ろでにバタンと扉を閉めた。  言うことが一々矛盾している。これでよく国王などという仕事をしていると思う。けれど思い起こせば、いつ何時これが今生の別れとなるかもしれない時に、しんみり送り出されるよりははるかに心が軽かった。これも自分のことは心配するなという気持ちがどこかにあるからなのかもしれない。  親とはありがたいものだ。    コスモ連邦アカデミーを出発し、高速移動前に襲ってきた海賊の正体についても、エチゴンは関与を認めた。あのあたりの海賊と仲良くしておくことは、輸出国にとって通行手形のようなものだからだ。  一様な形のほぼ新品の船だったことを思い出せば、襲わせるために、船の提供までしていたのかもしれない。 「あなた方の送迎艦を助けるために、小惑星群で、より大きな艦で脅しをかけたのは、カルネルの指示をうけた海賊に化けた連邦の艦だったのですよ」  出発ロビーの一角の特別控え室で、セルカークは語った。  なるほどと、マリオンは思った。あの時、あの不気味な艦は攻撃をするというよりは、海賊をけちらすために一撃を放った。 海賊も、予想外に早く駆けつけた高速移動基地付属警備艦隊を察して、まずいと思ったのだろう。すばやい退却を見せた。 「リゾルバー・セルカーク、このたびのこと感謝いたします」 「一年前に引退した時には、このような形で、国に貢献できるとは思いませんでした」  セルカークが隠していた五年の空白は、リゾルバーとしての訓練期間そして、それにつづく任務の日々。マリオンにとっては先輩となる。  そして、ジャンヌDにさえ、今回のこと騙されていたことになる。 「ジャンヌDを責めないでください。彼女との付き合いは私のほうが長いですから」  そういわれてふてくされているわけにもいかない。今回のこと、結局自分は投石の役目を果たしたにすぎない。しかも知らぬ間に、おとりになっただけだ。 「自分はおとりにされたと思ってますか?」 「まぁ少なからず」 「リゾルバーの訓練でおとり捜査も入っていたでしょう」 「自分がおとりだと思っておとり捜査するのとは……」 「いや、しかし、あなたがリゾルバーの訓練を受けていたから予想がついた。こちらも動きやすくなりました」 「じゃあ、私が城を抜けだすことも計算にはいっていたのですか」 「そうですね」 「城壁では真剣に疑いました。あなたが内乱の首謀者かと」 「それは私の演技が成功したわけですね」 「かなり本気で殺気を感じましたから」 「かもしれません。あなたに勝つには相当本気でないとと思っていましたから。強くなられた。引退したものとしては喜ばしいですよ」  マリオンは遠くで聞いたセルカークの言葉を思い出した。  もうお守りする必要はなくなりましたね。 「では勘当されていたというのも嘘ですね」 「いえ、嘘ではありません。星の外で働くつもりなら勘当すると言い渡されました」 「・・・お父上は、どうして貴方を勘当など」 「われわれプギョム一族もまた、国を思う人たちなのですよ。そして、伝統的な考えの人たちなのです。自分の星のために仕事をしないという考えを認められなかったのでしょう」 「そんな……」 「父は病死でしたが、この事態をうすうす知っていたようです。父の遺言は、国に帰ってきて、セント王と貴方を助けるようにと、きっと近々よからぬ方向に追い込まれるだろうと」 「セルカーク、貴方自身のことではなく・・・?」 「ええ、そうです。だから帰ってきた、貴方を守りにね」 「どうして……」 「マリオン、私は貴方のことをよく知っている、私はずっと貴方のことを見てきましたから」 「私を?」  セルカークが自分を見つめる瞳は真剣だった。けれど、貴方に答えることはできない。マリオンは吸い込まれそうなセルカークの瞳からやっとの思いで、視線をそらした。  セルカークはその仕草にマリオンの決意を見たと思い、言葉を続けた。 「貴方への気持ちはお伝えしたとおり、私の貴方と結婚する気持ちと覚悟はうそではありません。ただ」 「ただ……」 「貴方にそのつもりがないことはわかっていましたし、私が貴方を全霊をかけて愛したとしても、貴方は幸せにはなれないかもしれない」 「それは……」 「貴方のこれからの人生で貴方自身が、その伴侶を見つけると思うからです。宇宙は広い。きっとあなたにふさわしい人に出会えるはずです」 「セルカーク殿……」  先ほどの情熱的な瞳とは打って変わって、マリオンがいつも感じる、氷のような表情で、セルカークはマリオンを見つめている、ああそうだった。マリオンは思った。このなにも映し出さない表情こそ、自分の決断、自らの意思、気持を自分の内部から見出させてくれる。  自分を見失わないように、セルカークがずっと影ながら、自分を励まし続けてくれたのはこの表情なのだと、今、マリオンは気がついた。 「今回のこと、私にとっては、自分のリゾルバーとしての仕事がいかに大事なものであったかを実感いたしました」 「セルカーク殿」 「私は、今後この国に残って政務に携わります」 「セルカーク殿、では二度とリゾルバーには復帰されないと?」  セルカークは首を静に横に振り、言葉を続けた。 「マリオン姫、あなたは当事者としてかかわったことで、おそらく、だれよりも依頼者、被害者の気持を理解することができたことでしょう。ですから、リゾルバーとして仕事をする貴方にとって、最高のスタートとなった。コスモ連邦警察広域捜査班、リゾルバー隊は、国内外、星間、星内にかかわらず、窮地に陥った人々を救い、争いのない、解決を目指すために派遣されるのですから。これは引退した先輩としての言葉として受け取ってください」 「セルカーク殿・・・」 「私は、貴方がリゾルバーとして思う存分仕事ができるように、この国を守っていきます。それが、私の貴方への忠誠心です、ご自身の幸せをお考えなさい。そして帰ってきたい時に帰ってきてください」  送迎艦の出発を、扉番が告げる。 「さあ、シップが発射しますよ」  セルカークは、マリオンを扉まで促した。  なにか言わなければ、マリオンはあせった。  小さいころから、ずっと見守ってくれた、兄のような存在に。なにか。 「ありがとう。感謝いたします。今回のこと。そしてずっと昔のことも」  マリオンは、セルカークを見つめていった。 「その言葉、私にとって、なによりのものです」  セルカークは、そっとマリオンを抱きしめると、額に優しく唇をあてた。  マリオンは暖かい彼のキスを受け、こころが和らぐのを感じた。  自分はいつか、この国にかえってくるかもしれない。けれどいまではない。  マリオンは連邦の宇宙船に向かって歩き出した。  包帯をしたギードが手を振っている。  カルネルが、待ってくれている。  マリオンはもう一度振り返り、セルカークに手を振った。  セルカークも笑って手を振りかえした。                                完
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