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夢の中はblue
その夜、私は眠った気がしなかった。
別に昼間のこと、彼氏だの恋だののことを考えていたからではない。
なにか、呼ばれているような感覚がしたのだ。
いつもの就寝時間。ベッドに入って、目を閉じたところまでは覚えている。そして眠ったのだろうけど、なんだか変な夢だった。
「…………あおい、……アオイ」
呼ばれているような感覚はだんだん強くなって、ついに私の耳にはっきり届いた。
私の名前だ。
私は目を開けた。
周りにはなにもなかった。
ただ、水の中のようにゆらゆらとやわらかな空気がそこにある。色を付けるなら薄いブルーだろう。
「葵」
今度ははっきりした。
そちらを見てみると、そこに唐突に出現したように誰かがいた。
私は目を丸くしたけれど、すぐにわかった。
一ヵ月ほど前だったか。蒼くんと碧くんと一緒に本屋さんへ行ったとき、見かけた男の子だ。
青い髪。うしろでひとつにくくっている。
服は着ているのだろうが、何故かぼやっとしていて今の私には認識できない。
立ちつくしたけれど、はっとして私は聞いた。
「あなたは誰?」
あのとき聞きたかったことをだ。
誰、もなにもないのかもしれない。まるで知らないひとなのだから。
でもあのとき感じた奇妙な感覚。鏡を覗き込んでいるような。
それがまた強く襲ってきて、私はそう聞かずにはいられなかった。
男の子は口を開く。だけど出てきた言葉は私への返事ではなかった。
「葵は僕のものだよ。それをわかって」
声は静かで落ち着いていた。まるで海の底のような、やわらかな声だ。
その声で言ったこと。
僕のもの?
誰かもわからないひとのものなんて、意味がわからない。
「あなたの……? どうして?」
『誰?』という質問に答えてくれなかったことより、そっちが気になってしまった。
私のこの問いには答えてくれた。
「葵は僕の魂だから」
やはり意味はわからなかったけれど。
「……どういう意味?」
わからなかったけれど。
頭に思い浮かんだことはあった。
『魂』。
ひとつの魂を分け合った存在。
……片割れ。
この子が私の片割れとでもいうのだろうか。
でもそんなことがあるわけはない。この子は男の子だし、髪の色こそ私と同じでも、似ているかと言われたら違う。
だからそんなことはあるはずないのだけど……。
私の質問にはやっぱり答えてくれなくて、その子は私を同じように、じっと見つめたあと、あのときと同じように、ぱっときびすを返してしまった。
行ってしまう。
なにもわからないままに。
私はとっさに言っていた。
「待ってよ、あなたは誰なの」
最初の質問と同じになった。
彼はちょっと振り向く。その顔はなんの表情も浮かんでいなかったのに、なんだか悲しそうに見えたのはどうしてだろう。
「僕は青(セイ)。……またくるよ」
途端、ほわっと周りの空気が溶けた。その子、青と名乗った男の子の姿も同じように溶けるように消えてしまう。
そして私の目に映ったのは、天井、だった。
はっとした。
いつのまにか部屋は明るくなっていた。
朝だ。眠っていたらしい。
……眠っていたのだろうか。
それにしてはおかしな記憶が残っている。
私はのろのろと起き上がった。起きたばかりのはずなのに、妙に意識ははっきりしている。
私は立ち上がり、引き寄せられるようにクローゼットの横の姿見の前に向かっていた。
鏡に映る、私。
当たり前のように、なんの変わりもないいつもどおりの姿だった。
いつも着ている部屋着。
青い長い髪。
やっぱりあの子とは似ていない顔立ち。
けれどそこで、青、というあの子の顔が不意に頭に浮かんだ。
そこで私の頭に、閃くように落ちてきたもの。
そう、私がもし男の子だったら……あんな顔立ちであったかもしれなかった。
to be contineed...
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