二組の片割れ

1/1
前へ
/10ページ
次へ

二組の片割れ

「おはよ、葵(アオイ)」 「おはよ」  家を出ると、門のところにブレザー姿の二人の男のひとがいた。  私を見て、声をかけて名前を呼んで、微笑んでくれた。  そっくりの顔で。でも少し違う表情で。 「おはよう」  毎朝のように会う彼らの顔を見れば、一日がはじまるという気持ちになる。私もつられるようににこっと笑って、朝の挨拶を。  私は一人きりではないのである。  理解してくれるひと。  両親や血の繋がりがあるひとたち以外で、最初に私のことを肯定してくれたのはこの、隣の家、宝珠(ホウジュ)家の息子のお兄さんたちだった。  勿論、片割れがいる二人でひとつの存在。自分たちは世界の普通とされている存在なのに、私のことは幼い頃からかわいがってくれた。  高校一年生の私とは二歳上で、現在高校三年生。受験生なのに、未だに私にかまって優しくしてくれる。二人の存在に私はどれだけ救われただろう。 「今日は合同集会があるね」  三人で歩きだしながら、右を歩いている彼、名前は碧(ヘキ)くんという、が切り出した。 「あー、ちょっとダルいよな」  左を歩いている彼、蒼(ソウ)くんはそんなふうに言って、腕を上げて頭の上で組んだ。  合同集会とは、一ヵ月に一度学校でおこなわれる、一年生から三年生まで生徒全員が招集される集会のことだ。  なにをするかはそのときによった。大体校長先生の話ではじまるけれど。  多くの場合は違う学年の生徒が合流するようなレクリエーションをする。  とはいえ、まだ入学して三ヵ月しか経っていない私は次回がやっと三回目の参加。  先日、六月に入った。そろそろ梅雨入りするのだろうけれど、まだ空気は初夏のもので気持ちがいい季節だ。  制服も月が変わると同時に夏制服に変わっていて、初めて袖を通す半袖のシャツはまだ慣れない。少し肌寒い日もあるので、私はサマーベストを合わせて着ていた。  私のさらさらロングの青い髪に似合うような、薄いベージュ。爽やかでかわいいね、と友達も褒めてくれて嬉しくなったものだ。  一番に褒めてくれたのは、勿論、朝一番に出会う蒼くんと碧くんだけど。小さい頃から私が新しい服を着ていたり髪を切ったりするとすぐに気付いてくれるような二人だ。 「蒼は集会好きじゃないもんね」  碧くんがその発言を聞いて、くすくすと笑う。二人ともどちらかというと文系なので、スポーツをする回だとちょっと憂鬱なのだと言っている。私もあまりスポーツは得意でないので、激しい運動をするのはあまり嬉しくないなぁ、と思う。  蒼くんと碧くんは片割れ同士で、片割れによくあるように体型も身長も同じ。違ったとしても二、三センチのはずだ。  ただ、髪型だけはちょっと違っていた。  蒼くんは茶色の髪を耳のあたりで短く切っていて、爽やかな印象。  対して碧君は同じ色の髪をもう少し伸ばしている。ほどけば肩のあたりまでくるだろう髪をいつもしっぽのようにうしろでくくっていた。  そしてそれを表しているように、得意なことは真逆だった。  二人とも文系で勉強は小学校も中学校も、そして今も上位なのだと聞いている。  でも得意な教科は違うのだ。  蒼くんは理系、数学や理科。  碧くんは文系、国語や社会科。  高校では社会科は地理や歴史、理科は物理や生物などと細分化されてはいるけれど、まぁとにかく大雑把に分けるとそのような感じ。  そんな二人に私はよく勉強を教わっていた。去年は受験勉強で大いにお世話になったものだ。  二人はまだ高校二年生だった頃だから、少し余裕がある時期だったのだろう。私に熱心に家庭教師をしてくれた。それぞれ得意な科目をだ。  おかげで私は少し偏差値が高めのこの学校、千草(チグサ)高等学校に入学できたともいえる。  幼馴染で、お兄さんのようで、そして先生でもある。  でも今年は二人が大学の受験生だからあまり勉強を気軽に教えてもらえることはできないだろう。それがちょっと残念。  勿論、先生役がいないということでなく、この私にとって優しく近しい二人と過ごす時間が減ってしまうということが、だ。 「そうだ、葵。今日、放課後、時間あるかな?」  学校が近くなった頃、碧くんがふと言った。蒼くんも「ああ、そうだった」と言う。二人でなにか打ち合わせでもしていたらしい。 「えーと、多分部活も休みだったと思うよ。なにかあるの?」  私の質問に、二人は同じように微笑んだ。 「もうすぐ中間試験だろう?」 「だから参考書を見に行こうかと思ったんだけど、一緒にどうかと思って」 「一年生に向いてるのを知ってるから、それをどうかな」  交互に話すので私はちょっとおかしくなってしまった。本当に息がぴったりだ。  片割れでも仲の悪いひとたちだと噛み合わなかったりするのだけど、蒼くんと碧くんは仲がいいし、よって息も合うというわけ。独りの自分のことを思うとちょっとだけ胸が痛むけど、もう慣れた。 「ほんとに! 是非行きたいな」  良い返事をした私に、二人は顔を明るくした。 「良かった! じゃ、放課後に校門前で待ち合わせしようよ」  そんな約束をしたところで、学校に着いた。今日も余裕ある時間に登校できた。優等生の二人と一緒なのだから、遅刻なんて滅多にしないけど。 「じゃ、放課後にね」 「蒼、集会で会うんじゃないかな」  放課後にと言った蒼くんに、碧くんが訂正を入れる。 「ああ、そうだった」 「蒼はもう放課後のつもりか。仕方ないな」 「いやぁ、楽しみで」  あはは、と笑いが溢れて、そこで改めて解散。  私は一年生の教室がある二階へあがる。教室に入る前に、既に友達に出会った。 「葵! おはよっ」 「瑠璃(ルリ)、おはよう。今日は早いね」  クラスメイトの照日 瑠璃(テルヒ ルリ)。肩までのふんわりやわらかそうな黒髪をしている、小柄な女の子。普段は遅刻ギリギリになることもある子なのに、今日は早い。 「だって今日は全校集会でしょ。楽しみで!」  既にどこかへ行ってきたらしい瑠璃と連れ立って教室へ入る。  おはよう、おはよう、と挨拶が飛び交う教室。私もにこやかに挨拶をしながら自分の席へ向かった。席に通学鞄を置く。  と、準備ができたとばかりに瑠璃が私の横に、すすっと寄ってきた。 「ね、ね、聞いた? 宝珠先輩のこと」  都合のいいことに私の席は窓際の一番うしろである。声を潜めて話すには最適。 「え、なにかあるの?」 「今度コンテストに出るんだって」  瑠璃は二人のことを『宝珠先輩』と呼ぶ。私と違って、幼馴染ではないので。瑠璃は高校に入って知り合った友達だから。  それはともかく、そんなわけで普通に名字に『先輩』をつけて呼ぶ。なのでどちらを指しているのかすぐにはわからない。  ……と、言いたいところなのだが私は割合すぐ察してしまう。  なにしろ瑠璃の意中のひとは。 「碧くんが?」  瑠璃が気にしているのだから碧くんのほうだろう、と見当をつけた私はそのまま口に出した。瑠璃も私が察するのはわかっていた、むしろ期待していたのかもしれない、顔を明るくして頷いた。 「うん、碧先輩のほうがね、今度アナウンスのコンテストに出るみたいよ」 「……へぇ。知らなかった」  初耳であった。  むしろ私がまだ聞いていないことを瑠璃が知っていることに驚いた。  そしてそのときなんだか胸がちくりと痛む。  あれ、なんだろう、これ。  しかしすぐに消えてしまったし、そんなことには構わなかった。瑠璃が続けていく。 「宝珠先輩の作文がこないだなんかの賞を取ったでしょ」 「ああ、朝礼で表彰されたやつね」 「そうそう」  それは碧くんから直接聞いていた。瑠璃の言う通り、朝礼での表彰があったのだから直接聞いていなくても、今では学校中の皆が知っているだろうけど。  でも私は本人から直接聞いていたのだ。 「こいつ、全国高校生文学評論で賞取ったんだぜ」 「ちょっと、蒼! 俺から言わせろよ」 「あ、そっか。わりぃ!」  こんなやりとりで、二人から。朝礼で表彰されるよりずっと前に教えてくれた。多分、受賞が決まった直後。  それがなんだかとても嬉しかった。  それに誇らしい。自分の幼馴染がそんな素晴らしい賞を取ったなんて。 「それが……えーと、なんだったかな。とにかく、なにか読み上げるみたいでそれがコンテストなんだとか」 「あやふやだなぁ」  私は、くすっと笑ってしまった。  つまり瑠璃も詳しいことは知らないのだ。  ほっとしてしまって、また自分に戸惑った。やはり一瞬だったけれど。 「先生がアナウンスコンテストの募集ポスターをはがしてるのを、昨日見たのよ。でも募集期間はまだあったでしょ。おかしいなーって思って、さっき職員室まで行ってみたの。そしたらビンゴよ。宝珠先輩がウチの高校の代表に決まったから、募集を取り下げたってわけ。ポスターの上に宝珠先輩の作文みたいなのが乗ってたから、きっとそう!」  瑠璃は一気に言った。  なるほど。たいした推理だし、そこから大胆に探りを入れるのが瑠璃らしい。  好きなひとのことだから知りたいと突っ込んでいくような行動力がいつも羨ましくなる。  どうして碧くんが私に話してくれなかったのかはわからないけれど、きっとなにか事情があったのだろう。 「そっかー、じゃ、もしかして今日の全校集会で発表されるのかな」 「そうかもね。全校朝礼はもうしばらくないし」  私を驚かせようと黙っていたのかもしれない。そんなふうに何故か自分に言い聞かせるように考えてしまった。 「そのアナウンスコンテストって、一般生徒も見に行けるのかな。私、聞きに行きたい」  瑠璃が言ったのは当たり前のことだった。好きなひとが出るのだ、見に行って、直接聞きたいに決まっている。 「募集ポスターに見学自由か書いてあったかなぁ。そこまでしっかり見なかったなー」  惜しそうな顔をする瑠璃。ポスターは剥がされて回収されてしまったと言っていたから、今、確認しに行ってももうないだろう。 「どうだろうね。でもそのうちわかるんじゃないの?」 「そうだよね。今日、発表されたときにわかんなかったら、葵、聞いてみてくれない?」  頼まれたけれど、おやすい御用だった。 「碧くんに? ……そうね、私も聞きに行きたいから聞いてみるよ」  私も興味を覚えてしまったし。碧くんの作文、というか、えっと、『文学評論』だっけ。二人が言っていたところによると。それを読み上げるコンテストなんて、是非聞いてみたい。 「ありがとっ! ……あー、やっぱり葵が羨ましいな。幼馴染なんて」  ぱっと顔を明るくしてお礼を言ってくれた直後、瑠璃はよく言うような羨む声を出した。もう慣れっこの私は苦笑する。 「家が隣だったっていう偶然なだけだよ」  でもなんだか誇らしくなってしまって、ああ、また。と思った。  どうしてこんなふうに思ってしまうのか。私のほうが二人のことを知っている、と噛みしめて嬉しくなるなどいやらしいのに。  そんな醜い考えは外に出さないように、いつしか気を配るようになっていた。  あれ、いつからだっけ。  思ったものの、すぐに瑠璃の話に引き戻された。 「それでも羨ましいよー。あんなカッコイイ先輩が、……あ」  と、瑠璃が言葉を切った。つかつかとこちらへ歩いてくる子がいたので。  瑠璃と同じ黒髪の子だ。ただしこちらの子はもう少し長い髪を上の位置でポニーテールにしている。隣のクラスで、顔見知り。 「玻璃(ハリ)? どうしたの?」  隣のクラスの玻璃ちゃんだ。瑠璃の片割れ。  私たちのところへやってきた玻璃ちゃんは、瑠璃になにかを差し出した。ピンクのチェックの包み。 「お弁当、忘れてったでしょ。今日さっさと飛び出していくから」 「あっ! あー……、ありがと! お昼がなくなるところだったよ」  それを見てやっと忘れ物に気付いたのだろう、瑠璃は気まずそうな顔をして、あはは、と笑った。 「本当にそそっかしいわね」  玻璃ちゃんは言って、そこでやっと私を見た。  数秒黙って「おはよう」と一応言ってくれる。私も「おはよう」と返した。  挨拶くらいはするのだ。  ……あまり仲が良くないとしても。  私は別に玻璃ちゃんを嫌いではないのだけど、向こうが気に入らないらしい。理由はわかっているだけに、なんとなく理不尽であるが。 「そろそろホームルームだし行くわね」 「あ、うん。玻璃、ありがとう」  そう言って玻璃ちゃんは、さっさと行ってしまった。私たちの教室を出ていく。  玻璃ちゃんの私への態度についてか、瑠璃はいつもするように苦笑い。 「ごめんね、いつもああで」 「ううん、気にしてないし」  瑠璃とは真逆ともいえる私への態度。 「ほんとに玻璃は要領が悪いんだから。葵と仲良くしてたほうが、宝珠先輩とお近づきになれるのにさ」  つまり、これだ。瑠璃と同じく玻璃ちゃんも『宝珠先輩』を気にしているのである。  ただし、瑠璃とは違って『蒼先輩』のほうを、である。  片割れ同士でライバルなんてことにならなくて良かったよ、なんて瑠璃は笑うのだけど、実際のところ三角関係にでもなったらシャレにならないので本当に良かったと思う。 「ちょっと! 私をダシに使ってたの!?」  そんなはずはないが、ちょっと瑠璃をからかってみた。膨れてみせる。  瑠璃は素直にそれを受け取ったらしく、あわあわと手を振った。 「わぁ! そんなことないって! それはあくまで特典みたいなものでっ」  あまりに素直に反応してくれるのでおかしくなってしまう。  瑠璃が打算で私と友達でいるなんて、そんなこと思っていない。  優しくて友達思いで、明るくて行動的な瑠璃。魅力がたくさんある彼女だけど、計算的な、悪く言えば打算的な行動は得意でない。感情がストレートに出てくるので。  そしてそんなところも私は好きなのであった。 「冗談よ」  あっさり引っ込めると、今度は瑠璃が膨れた。 「またそういうことを……意地悪だなぁ」  そこへちょうど予鈴が鳴った。朝のホームルームがはじまる。 「じゃ、私は席に戻るね」 「うん、またあとでね」  手を振り合って、瑠璃は教室の真ん中あたりの自分の席へと戻っていった。椅子に座って、鞄からなにかを出して準備をはじめるところを私は見守った。  さて、ホームルームが終わったら今日は全校集会だ。ホームルームで、今日なにをするかが教えられるだろう。  あまり面倒でないものだといいのだけど、なんて、朝っぱらから私は思ってしまったのだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加