全校集会にて、球技大会

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全校集会にて、球技大会

 お弁当を挟んで、午後は球技大会。  瑠璃はなかなか教室に姿を見せなかった。どこへ行ったかは想像できたけれど。  そして予想通り「取れたよ! チケット予約!」と顔を輝かせて教室に入ってきた。 「早かったね?」  私の言葉に、お弁当を食べるためにくっつけていた机の椅子を引いて腰かける。自分の鞄から取り出したお弁当を机に乗せた。 「だって数に限りがあるなんて言うから~。あ、勿論、二枚予約お願いしたからね。一緒に行こうよ」 「え、私のぶんも取ってくれたの? ありがとう!」  そうしてくれるかも、と思ってはいたけれど、またそのとおりになった。 「どういたしまして、だって一緒に行きたかったから!」  そう言ってくれる瑠璃は本当に優しい子だ。ついてきてほしい、とかそう言うこともできたのに、こんなふうに言ってくれる。本当に良い友達を持てて良かった、と噛みしめてしまった。  そのあとは瑠璃と、あと近くの席の何人かの女の子と和やかにお弁当を食べて、午後の球技大会に臨んだ。  しっかり体操着に着替えてはいたものの、あまり気は進まなかった。蒼くんが「卓球にしようかな」と言っていたように、あまり危なくないのを選ぼう、と思う。  結局テニスになった。実は、瑠璃はテニス部なのである。よって「テニスに行くけどどう?」と誘われた次第。  運動系の合同集会は初めてだったから、誘ってもらえてほっとした。瑠璃と行けるなら心強い。  それにテニスなら、球は小さいから危なくないし当たったとしても、少なくともドッジボールで球を当てられてしまうより痛くないだろう。中学で体育の授業に少しだけやったこともあって、なにもわからないわけではないし。 「よろしくお願いしまーす」  テニス部以外の参加者は、テニス部が教えてくれることになった。  瑠璃はテニス部だが、一年生なので教えるほうには回らない役割らしい。テニスコートに出ていくのが見えた。  ちょっと心細いな、と思いつつも仕方がない。教えてくれるひとたちに、みんなで挨拶をする。  そこで私は、あれ、と思った。  どうやらさっき、舞台の上で表彰されていたひとたちだ。テニス部の全国大会の表彰。今は当たり前のようにテニス部のジャージを着ていて、さっき見た制服姿ではないけれど、なんとなく想像がついた。  髪の色が、二人とも赤茶でちょっと目立つ色だったから。それを同じように刈り上げていて、違うのは前髪の分け方くらいだった。やはり片割れ同士だったようだ。  そして偶然であるが、私たちのグループを教えてくれることになったのである。 「格子 春水(コウシ シュンスイ)です」 「同じく、秋水(シュウスイ)です」 「「よろしくね」」  声までそっくりだった。  同じグループになった女子たち、違うクラスなのであまり知らない子たちだったけれど、その子たちは明らかに嬉しそうな様子だった。  なにしろ全国大会で賞を取るようなひとたちだ。ヒーローだ。おまけに外見もカッコいい。眩しく思わないほうが無理がある。  まずは簡単にラケットの持ち方や振り方を教えてもらう。  テニス部所属なら、この過程だってみっちり練習するのだろうけれど、今日はあくまでレクリエーション。すぐに打ち合う段階へ移ってくれた。素振りだけなんて面白くないと思っていたから、ちょっと安心した。  ぽん、ぽん。と同じ一年生の女子と打ち合いをする。  なかなか楽しかった。運動は好きなほうではないけれど、酷い運動音痴でもないので、少し続けるうちに、なんとなくラリーの真似事ならすることができた。 「多知(タチ)さん、上手いねぇ」  相手の女子が褒めてくれた。  でもラリーが続くということは、その子だってそれなりの腕ということ。私は「あなたこそ」と返す。  そこへ誰かがやってきた。  あれ、さっきの全国大会のひとたち。  と、思ってそんな認識で覚えたのが失礼かと思った。  格子先輩、だ。 「もう少し握り方を変えると打ちやすくなるぞ」 「あ、ありがとうございます、えっと……」  アドバイスをくれるのでお礼を言ったけれど、さっきちょっとお名前を聞いただけでは片割れのどちらかなのか、とっさにわからなかった。けれど外見がそっくりなタイプの片割れだと、こういうことはよく起こる。そのひとは気にした様子もなく教えてくれた。 「春水のほうだ」 「あ、すみません、ありがとうございます。私は多知 葵っていいます」  私の自己紹介に、春水さんはちょっと考えるような顔をして、意外なことを言った。 「あー、照日さんのお友達の……?」 「えっ、ご存知だったんですか」  瑠璃は部員なのだから、それなりに交流があるのだろう。しかし何故瑠璃の友達だとわかったのか。 「照日さんがよく話しているのを聞いたことがあるんだ。……ああ、それより今はフォーム。手を出してみ?」  瑠璃の話題によくのぼっているというのは、嬉しいようなくすぐったいような。しかしそこにかまっている余裕はなかった。 「ちょっといいか。こうして……」  握り方を教える前に、手に触れるのをことわってくれた。丁寧なひとらしい。男子の先輩に手に触れられるなどあまりないことなので、なんだかどきどきしてしまう。  直接握り方を教えてもらい、そして振り方も同じように教えてもらった。  随分近い距離にそわそわしてしまったのだけど、春水さんは真剣な顔をしていた。  ああ、だめだめ、集中しないと。  自分に言い聞かせて、そして教わった通りに握って、振ってみた。確かにさっきよりスムーズに振ることができる。 「ありがとうございます!」 「ちっとは打ちやすくなるぞ。やってみな」 「はい!」  私とラリーをしてくれていた子も、教授を受けていた。あちらは秋水さんにだろう。声は聞こえないけれど、同じように教わったらしい。  そのあとのラリーは、はじめにやったものよりずっと続くようになった。億劫だなぁ、と思っていたのが嘘のように私は楽しんでしまって、すぐにレクリエーションの時間は終わってしまう。 「宝珠先輩、ありがとうございました!」  私は終わる前に、教えてくれた春水さんにお礼を言いに行った。タオルで汗を拭きながら春水さんは、にっと笑って「どういたしまして」と言ってくれた。 「楽しんでもらえたかい」 「はい、とっても!」  本心からだった。  それは伝わってくれたらしい。春水さんはにこっと笑ってくれたから。 「どうだい、テニス部に、とかは。なかなかすじが良さそうだから」 「え、えっ? いえ、私なんか」  お世辞や義理で言ってくれたのかもしれないけれど、嬉しい。請けられないけれど、そう言ってくれたことが。 「えっと、もう部活に入ってるので」 「だよなー。でも部活変更することになったら是非こいよ。歓迎するから」 「あ、は、はい」  そんな話も終わりそうになったところで、片割れの秋水さんもやってきた。 「今日はありがとな」  やはりそっくりな声だった。 「いえ、こちらこそ! 教えていただいてありがとうございます」  同じようにお礼を言う。  そして同じように誘われてしまった。  なんでも、一年生があまりいないらしい。それで人数が増えたらいいなと思っているところだとか。  それは困っているのだろう。  でも私も自分の部活……手芸部なのだ……があるし、それにテニスは、今日ちらっと触れたぶんには楽しかったけれど、毎日の部活になるとなると、ついていけるのかな、という心配もある。  なのでただの戯れの会話になった。少なくともこのとき、は。 「お疲れ、葵! どうだった、テニス」  更衣室に向かいながら瑠璃が聞いてくれた。瑠璃は思う存分打ち合ったようで、ずいぶん汗をかいていた。楽しかったのだろう、声がはずんでいる。 「思ったよりずっと面白かった! 宝珠先輩が教えてくれて……」  私の言葉に瑠璃は目を丸くした。自分のプレイに夢中で、こちらを気にする余裕はなかったらしい。 「え、そうなの。ウチの部人気ナンバーワンにあたるなんて、ラッキーだったねぇ」 「やっぱりそうなの?」 「なにしろヒーローだからね」  そのあとは宝珠先輩たちについて聞かせてくれた。  全国大会入賞のヒーローなのに、それを鼻にかけることなく一年生にも気軽に教えてくれるのだとか。  そしてそのために、部活内外にかかわらず、憧れている女子は多いのだとか。 「今日、個人指導を受けたなんて、やっかまれちゃうかもねぇ」  最後には瑠璃にそんなふうにからかわれたのだった。
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