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不思議な男の子
「お待たせ」
「お待たせ。悪い、待たせたかな」
放課後の校門。蒼くんと碧くんはまだきていなかったから、私は先に待っていた。三年生は色々忙しいからなにかあるのだろう。
でも十分くらい待ったところで来てくれた。
「ううん、さっききたとこだよ」
私の言葉に笑ったのは蒼くん。
「デートみたいなこと言うなぁ」
えっ、と思った。
でも確かに漫画やドラマとかだとこういうスタートでデートというものははじまる。デートなんてものはしたことがなかったからわからなかったけれど、なんだか恥ずかしいことを言ってしまっただろうか。
「いいじゃん、これからデートみたいなもんだしさ」
碧くんが言って、蒼くんの肩を、ぽんと叩く。もっと恥ずかしくなってしまった。
「もう、からかわないでよ!」
むきになったのがおかしかったらしく、二人は声を合わせて笑う。
「からかってないよ。葵とデートできたら楽しいしさ」
「なー」
顔を見合わせて言われて、くすぐったくなった。そう思ってくれるのは嬉しいけど。
「からかうなら帰る!」
居心地が悪くて歩きだしてしまった私を、二人が「えっ、ごめんごめん」「からかってないってば」と追いかけてきた。
本気で帰るつもりなんてもちろんなかったから、私は歩みを遅くして、朝と同じように三人で連れ立って歩きだしたのだった。
向かうのは繁華街。本屋さんへ行くには、家のほうとはちょっと違う方向へ行く必要があるから。
繁華街は友達ともよく遊びに来る。この間、流行りの緑茶のミルクティーのお店が近々オープンすると聞いていたけれど、ついに開店したらしい。お店には長い列ができていた。
もう少し落ち着いた頃に、瑠璃や友達と来ようかな、と思う。
そんな若者向けのお店が並ぶ中を抜けて、まず目的の本屋さんへ入った。
「えーと、参考書は三階だね」
碧くんが館内マップを見て言った。コミックから普通の小説や、専門書なんかもあって、本ならなんでも手に入る、この繁華街で一番大きい、五階建ての本屋さん。
「エスカレーターで行こう」
場所はわかっているので、蒼くんがそちらを指差した。
三階へ上がると、かっちりとした本棚がいくつも並んでいる。
えーと、高校生向けは……なんて言いながら棚の表示を見て歩く。すぐに見つかった。
「これこれ。高校一年の授業内容の初級にぴったりなんだ」
それは青い表紙の本だった。テストに出る教科を網羅しているそうだから、それなりに厚かった。
「ありがとう。……」
ぱらぱらっと中身をめくってみる。
まだ高校生になって三ヵ月目なのだ。最初のほうは授業で習ったことだとわかったけれど、うしろのほうはまだ知らない内容が並んでいる。
でも授業の予習にも使えるかもしれない。
「このワークと併用して使うとわかりやすいんだよ」
隣から差し出されたワークも結構厚い。こちらは一年分あるそうだ。
「良かったらまた教えてあげるよ。なっ碧」
蒼くんが言って、碧くんを見た。碧くんも「ああ、喜んで」と言ってくれる。
もちろん、二人の得意教科をそれぞれから習うのだ。
蒼くんは理系、碧くんは文系。
得意なことのほうが当たり前に知識もあれば成績もいいので、分担して教えてもらったほうがよくわかる。
「ありがとう! えーと、もう今月末だよね」
私の言葉に二人は頷く。
「そうだね。授業の早く終わる平日に一日、土日はどっちか一日、何時間かやるのはどうだろう」
そんなふうに計画が立っていく。
本当に、今、私が千草高校で学生生活をできているのも二人のおかげ。習うときにはなにか、お礼にお菓子でも作ろうかなぁ、なんて思いはじめた。
参考書選びもひと段落して、碧くんは「小説が見たいな」と言った。文系らしくて、小説を読むのも好きなのだ。
「あ、俺はコミックが見たい」と蒼くんは言う。
そして私は「じゃあ、部活に使えそうな実用書が見たいかも」と言う。
お裁縫の本は見ているだけで楽しいし、気に入るものがあったらそのまま買ったり、高めのものなら部費で申請できるかもしれない。
みんな見たいところがばらばらなので、いったん別れることにする。十五分後に入り口でね、と約束して、私は実用書のある二階へ降りた。
しかしあまり興味を惹かれるものは見つからなくて、今日は収穫がなさそうだった。
残念、けどこういう日もあるよね。
思って、私は一階にある雑誌でも見ていようかと今度は一階へ降りた。むしろこちらのほうが興味を覚えてしまう。
もう夏服を買う時期だ。ティーン向けの雑誌を手に取って、軽く立ち読みをはじめた。
あ、これかわいい。これはブランドものだから買えないと思うけど、同じようなの探してみようかな。
このページは水着特集……高校生になったんだから、ちょっと大人っぽい水着を買ってみてもいいかも。でもこれは露出度が高くてちょっとハードルが高いなぁ……。
そんなことを思いながら雑誌を見ていたけれど、不意に視界がなにかを捉えた。
なんだろう、と雑誌から目を離してそちらを見てみる。
どうやら、男の子が私のそばを通り過ぎたらしい。
単なるひとの気配か、と思うところだったかもしれないけれど、私は何故か雑誌に目を戻すことなく、その子を目で追ってしまった。
まず目についたのはその子の外見。
普通の、男の子のよく着るような私服姿だった。
年齢は私と同じくらいに見える。
しかし、青い髪。うしろで結んでいる、長いそれ。
青い髪は、ありふれているとまではいわないけれど、たまに見かけるカラーだ。
けれどその色合い。
……ほかに見たこともないほど、私とトーンが似ているのだ。思わず、ぱちぱちとまたたきをしてしまった。
私の視線に気付いたのか、なんなのか。男の子はこっちをちらっと見てから、振り返った。立ち止まる。向こうもじっと私を見つめてきた。
こちらもまた、奇妙な感覚を私に伝えてくる。
鏡を見ているようだったのだ。
でも当たり前だが、顔立ちは私と同じ、なんてことはない。違う顔、どうして鏡なんてものが思い浮かんだのだろう。
見つめ合っていたのはほんの二、三秒だっただろう。その子は、ふいっときびすを返すとそのまま近くの入り口から出ていってしまった。
私はしばしぼうっとしてしまったけれど、すぐに、はっとした。
「待って!」
声をかけると、入り口から曲がったところのガラス張りの窓からこちらを見てくれた。他人に対して感じたことのない感覚が身を満たしている。
「葵?」
「どうしたの?」
でもそこへ声がかかった。聞き慣れた声だ。
そちらを見るとそのとおり、蒼くんと碧くんが立っている。いつのまにか、待ち合わせをしていた時間になっていたらしい。
「あ、そこに……。……男の子が」
言いかけて、一瞬なんと言ったらいいかわからなくなった。
だって、普通の男の子ではないか。少なくとも見た目は。
「男の子……? 誰もいないけど」
二人はそちらを見て、碧くんがそう言った。私も入り口のほうへ視線をやったけれど、そのとおり、誰もいない。
「……あれ」
「もう行っちゃったんじゃないの?」
蒼くんが軽い調子で言った。確かに、私たちがほんの数秒だがやりとりをしている間に行ってしまったのかもしれない。
「そう、かもね」
私はそう言っておくしかなかった。
「気になる男子でもいたの? 学校のさ」
蒼くんがからかうように言ってくる。
「えっ! そういうんじゃないよ、知らないひとだし」
本当に、知らないひとなのだ。どうして気になったのかわからない。
「じゃあカッコよかったからとか?」
今度は碧くんがからかうようなことを言った。けれどこれも違う。
「そういうわけでも……ないんだけど」
特別イケメンなわけではなかったのだ。不細工でもない、ごく平均的な男の子の顔立ち。
「あーあ、葵を一人にしとくんじゃなかったな。ほかの男子に惚れられるとは」
私が戸惑っているのを感じたのか、蒼くんがそんなことを言う。私の意識を今、ここに戻してくれるつもりでからかうようなことを言ったのだろう。そのとおりに私はそちらのほうが気になってしまった。
「だからそういうんじゃないってば」
まぁいいや、別になんの根拠もないし。
そう思っておくことにして、私は反論した。
「そうそう、『デート』なのに一人にすべきじゃなかったね。ごめんよ」
碧くんもそれに乗って、そのまま空気は三人の常のものに戻った。
本屋さんを出て、帰りにカフェでちょっとお茶でも飲んで。
帰り道では忘れていたけれど、家の前まできて、二人と別れて家に入り、自室で一息ついたときは、またちょっとだけ首をひねってしまったのだった。
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