コイビト候補あれこれ

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コイビト候補あれこれ

 一ヵ月ほどが経つ頃にはテニス部にもすっかり慣れた。  格子先輩たちが「すじがいい」と言ってくれたのは、あながちお世辞ではなかったようだ。選手なんてとんでもないけれど、少なくとも同級生や先輩たちと普通にラリーを続けられるレベルには、すぐになることができた。  ダイエットにもなるし、運動部にして良かったかなぁ、とも思う。  季節は夏真っ盛りになってきて、そろそろ夏休みの期待がつのってくる頃。夏休みはなにをしようか、なんてことが友達同士で盛り上がるようになっていた。  家のほうでは、夏休みにお隣の宝珠家とプチ旅行に行くことのが毎年恒例であった。  宝珠家にはなんと避暑地に別荘なんてものがあるのだ。そこにお邪魔させていただいているというわけ。  今年もお誘いを受けて、蒼くんと碧くんも楽しみにしてくれているようで、そろそろ計画も具体的になってきていた。  そのことを放課後のおしゃべりの合間に瑠璃に話したら、当たり前のように大いに羨ましがられた。 「いいなー! 宝珠先輩たちと旅行なんてデートみたい!」 「家族で行くんだよー。だから家族旅行だって」  デート。  そういう捉え方はしたことがなかった。  私は家族旅行なのだと言ったけれど、瑠璃の出したその単語から連想したのか、唐突に妙なことを言ってきた。 「そういえば、葵は好きなひととかいないの?」  雑談のはずだったのに、急に恋バナになってしまって、どきっとした。空き教室でひとがほかにいなかったのが幸いである。いや、瑠璃のほうもそれだからこそこんな話題を出してきたのかもしれないが。  瑠璃が碧くんに片想いしている話はよく聞いていたけれど、自分についてはあまり話したことがなかったし、そもそもあんまり考えたことがなかった。 「え、い、いないよ」  本当にそうなので言ったのだけど、なんだか瑠璃は探りを入れるようなことを言ってくる。 「えー、宝珠先輩は違うの? 幼馴染だから恋が芽生えたりしないの?」 「いや、それは……」  蒼くんと碧くん?  改めてそう言われると困る。  二人のことは好きだ。  幼い頃からずっと近くにいたし、仲良しだし、お兄さんみたいな存在だし。  そう、お兄さん。  その表現が近いと思うのだけど、『好き』かそうでないかと聞かれたら、『好き』に決まっている。けれどこれをはっきり言えば、なにか誤解を招きそうだ。 「でも取られちゃうのはやだなー」 「と、取ったりしないよ」   一瞬、瑠璃のことに話が戻ってきた。そりゃあそうだ、自分から「宝珠先輩は」と言ってきたということは、私が二人のうちのどちらかと付き合うことになるのでは、なんてことは心配だっただろうし。  ……付き合う。  蒼くんと碧くん、どちらかと?  なくはないと思う。  けれど具体的なことについては、少なくとも今まで考えたことがなかった。 「そうしてくれると助かるわー」   そう言った瑠璃だったけれど、話はそこで終わってくれなかった。別の、しかし恋に関することという意味では同じ類の、別のひとのところへ行ってしまう。 「じゃあ格子先輩は? 最近よく教えてもらってるから」 「えっ……、いいひとたちだけど……」  テニス部の春水さんと、秋水さん。  自分で言ったように、優しくていいひとたちで、一ヵ月ほどのテニス部の生活ですっかりなじんでいた。  今では気軽に話ができる。先輩なので丁寧にはするけれど。  テニスについて教えてもらったり、それ以外の学校のことを話したり、話をしたり一緒にいると楽しい。  けれどこれは『好き』というものになるのだろうか。  考えてしまった私をまじまじ見て、瑠璃は、はーっとため息をつく。 「周りにこんなにいい男子の先輩がいっぱいいるのに……自覚ないなんて……」 「自覚?」 「そう、自覚」  私の繰り返した言葉は、更に繰り返された。 「よりどりみどりでもったいないくらいだよ!? 華の女子高生だよー、彼氏フラグめちゃめちゃ立ってるのに」  瑠璃はそう言うけれど、自分ではやはりよくわからない。  確かに彼氏というものに憧れはある。それに、例えばさっき瑠璃のあげたひとたちは、みんな好きなひとばかりだ。  ……好きなひと。  これは『恋』に当たるのだろうか。  瑠璃は考え込んだ私を見て、もう一度、はーっとため息をついた。 「まぁいいけどっ。でもくれぐれも宝珠先輩の、碧先輩は取らないでね」 「だ、だから取るとかしないし!」  再度釘を刺されて、私は同じように返した。  それほど心配なのだろう。  まぁ気持ちはわかる。好きな相手に、幼馴染という関係でもほかに女子がいるのだ。気になって当たり前だし、それこそ取られてしまうんじゃないかとやきもきするだろう。 「うんうん。おっと、もうこんな時間だ。私、今日は玻璃と約束してるから行くね」 「あ、そうなんだ。うん、じゃ、また明日ね」  瑠璃はぴょんと椅子から降りて、手を振って先に出ていった。  玻璃ちゃんと一緒なら、私はいないほうがいいんだろう。私は良くてもあっちが楽しくないだろうし。  でもそれも、蒼くんのことをすごく好きだからなんだろう。  ……ひとをすごく好き、特別に好きというのはどういう気持ちなのか。  一人になった教室で考え込んでしまった私であった。  彼氏、つまり恋人。  いたら楽しいだろうし、当たり前のように憧れはある。  そして、瑠璃があげたひとたちのことはみんな好き。  じゃあ、私はこのひとたちのことをどう思っているんだろうか。  恋にカテゴライズする気持ちであったりするんだろうか。  考えてみても、よくわからなくて。  どうにも難しい。  結局、その場で答えなんか出なかった。  私は今日は一人の帰り道、いろんなひとを頭に思い浮かべては悩んでしまったのだった。
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