呻る双腕重機は雪の香り

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 車が走り出すと一気に緊張感が増してくる。  なぜならば、昨日の工事現場を避けて通ているが、もし何かしらの行動に出た場合どこからでも追ってこられるルートに現場は位置していた。 「うまい配置ですね。 かなりこちらを研究しているかと」    なんて、蒲生さんは逆に相手を褒めてしまうほど見事な配置のようだ。  大きく迂回し、工事現場から適度に離れたあたりで何かが弾ける音が聞こえたかと思うと、新雪で濡れた道路の上を車が回転しだした。 「キャアアアア!」   「お嬢様!」  激しい揺れと音に驚いた私を、蒲生さんは身体を重ねて守ってくれる。  温かな体温と微かに香ってくる彼の匂いに、安堵を覚えるが震える車は止まることなく、ガードレールに激突した。  ドシャーーン! 「グゥッ!」    運転手が無理やり車を制御し、うまく車体を滑らせ被害を軽減するが、車は走れそうもなかった。 「だ、大丈夫!?」  私は慌てて二人の安否を確かめると、彼は少しも表情を崩すことなく頷いてくれたが、問題は運転手だった。 「も、申し訳ございません……あ、脚が動かないんで……」 「もういいから! とにかく安静にして」  窓の外にはこちらの様子を伺うような野次馬と携帯端末を使って誰かに連絡をしている人がチラホラと見える。   「お嬢様!」  蒲生さんがフロントガラスの向こう側を指さした。  そこには、先日家の周りを取り囲んだ違法改造バイクと車の集団が押し寄せてきている。 「逃げましょう」 「ちょっと! それはできない」  彼は急いで車内のあちこちを何かを探しはじめたが、運転手を残して逃げるなんてできなかった。 「大丈夫ですよ彼なら、ここは人目も多いうえに、もうじき警察や救急車も着ます。 ですが、ここでお嬢様になにかあってはいけません、おっと、あったあった」  強めの口調で言い放つと同時に、助手席の下にしまってあった緊急脱出ハンマーを取り出すと、手際よく運転手と私のシートベルトを切り、自分の上着を脱いぐと私にそれを被せてきた。 「ちょっと動かないでください!」  バリン!!   ガラスが割れる音が聞こえ、その後に細かく砕く音が続く。  視界が塞がれた状態から、一気に解放されたかと思うと、上着を割れた窓ガラスのふちに敷き一人で脱出した。   「さあ! お嬢様も急いで」 「で、でも……」 「大丈夫ですよお嬢様、私のことはお気になさらずに」  苦しそうな笑顔をこちらに向けてきてくれる。 私は下唇を強く噛むと外で手を差し伸べている彼の手を握った。  すると勢いよく引っ張られ、左手で腹部を抱えられるような恰好で、外へだされた。  割れたガラスをハンマーで綺麗に取り除き、万が一のことを考えて自分の上着を敷いてくれたのだ。 「さあ、逃げますよ」 「逃げるってどこへ!?」 「とりあえず、お屋敷へ」  学園に行く予定だった鞄を車の中へ残し、私たちは急いで来た道を戻っていく。  
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