呻る双腕重機は雪の香り

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 アンテナが屋根から落ちていく。 それと同時に動きを止める双腕重機は、ディーゼル音だけを低く鳴らしながら、ピクリとも動かなくなった。 「や、やった!」  私は嬉しさのあまりにその場で少し飛び跳ねて喜んでしまうが、着地のときに、雪に足をとられ不覚にも転んでしまう。 「いたぁ……」   「お! お嬢様!」  それを確認した彼は急いで降りてくると、私のもとへ駆け寄っていくる。  そのとき、少しだけ右足に違和感を覚えた。   「大丈夫ですか!?」   「私は大丈夫だけど、あなたは?」 「え?」    とぼけた返事をするが、溶けた雪がスカートを通り越して下着に冷たい感触が伝わってくる。  しかし、私はそれを気にする間もなく無理やり彼のスーツの裾をめくると、靴下で隠れていてもわかるほど、腫れ上がっていた。 「ちょっと! 大丈夫じゃないでしょう」 「え、えっと……。 少しだけ痛みますかね」  嘘だとわかる。 きっとアンテナを壊すときに痛めたに違いない。  今度は私が彼に肩を貸す格好をとった。 「そ、そんな! 歩けます」 「いいの、それにこれ以上悪化して私を守れなくなっては困るもの」  最後まで渋っていたが、私が小さなクシャミをすると、小さなため息をついて私に体を預けてくる。 「し、失礼します」  ずっしりと鍛えあげられた体の重みと、この寒さでも汗ばんだ体の香りに包みこまれた。   「重くないですか?」 「平気、だからいきましょう」  もうつま先の感覚なんて気にしない。 降り積もりつつある雪は私たち二人の体温を奪おうとするが、それは叶わないず、ただ優しく撫でるだけだ。  とても心地が良い。 「お疲れ様」 「いいえ、最後はお嬢様がいないと無理でした。 でも、今後はあのような危険な行為は慎んでいただけると助かります」 「そう? でもなんとかなったじゃない」 「そうですけど……。 やっぱり危険です」 「ん、分かった。 留意しておくわね」 「便利な言葉ですね」  クスリと彼が笑うと、自然と私も笑みがこぼれる。  そんなやり取りをしながら百メートルほど歩くと、目の前に爺が乗ったシルバーのワンボックスカーが停まる。 「ご無事ですか⁉」  私は笑顔で右手を振って答えた。  彼を車に乗せ、私も隣に腰掛けると家に向かって車は走りだした。 「今日学園無理?」 「無理でしょうね」 「そっか。 じゃあ帰りの本屋も無理?」 「無理でしょうね」  外を見つめていると、息で窓ガラスが白く濁る。  私はそこに指で文字を書いた。 『ありがとう』  反対側の窓ガラスに彼は同じように文字を書く。 『ご無事でなにより』  家に到着するなり、医務室へ彼は運ばれ、爺は私を部屋まで送ってくれる。 「お嬢様、なにかご用意いたしますか?」 「そうね。 とりあえずお風呂に入りたいかも」  ASHINAが動いた。 けれども、初手はこちらが防いだのは大きい。  きっとヤツらはもっと慎重になって行動してくるだろう。  だけど、今願うことはどうか彼の足が酷くならないようにと、ただそれだけだった。
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