田村兄妹

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 今日は特別なこともなく、無事に学園までこれた。  未だに足のケガが完治していない蒲生さんのことも、これで少し休ませてあげられる。  迎えの時間になるころに連絡をいれると告げ、私は車を降りて玄関に向かっていく。  途中、数名のクラスメイトが挨拶をしてくるが、誰も休んだことを聞いてこない。  むしろ、それで助かっている。    どうやって説明すればよいのか、まったくけんとうがつかない。  ただ、少しだけ寂しいような気持ちになってしまうのは、私の心が弱いせいなのだろうか?  そう思って靴棚に靴をしまっていると、急に後ろから声をかけられた。 「あ、あの! 五色さんですか?」 「え?」  後ろを振り返ると、短めに丁寧に切られた髪に、少しそばかすが目立つ頬をしているが、瞳も大きく身長も低いので幼い印象を受けたが、制服のリボンをみると、私と同じ学年であることがわかった。 「そうだけど、あなたは?」 「わ、私は同じ学年のFクラスに在籍している田村(たむら) 鮎子(あゆこ)と申します」  ニコリと微笑む彼女の顔はどこまでも透き通っていて、とても可愛らしい。  しかし、田村という苗字は多いがなにか胸に刺さるきがした。 「えっと、田村さん……」 「あ、鮎子でよいです。 それに、実は私以前から五色さんにお話があって」 「そう、なら私も愛でいいわ。 よろしくね鮎子さん」  私に名前を呼ばれ、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる姿は、小動物を連想させ、なぜか体が疼いてくる。   「それで? 私に用があるって言ってたけど?」 「あぁ、それなんですが、一度私の兄に合っていただけませんか?」 「兄?」    嫌な予感がしてきた。 頬を寒いのに汗が一筋流れ落ちる。 「はい! 現生徒会長の田村(たむら) 白馬(はくば)です」  思い出した。 現生徒会長でこの学園のTOPでもある田村 白馬を、彼女は彼の妹なのか。  以前、生徒会の手伝いをしたさいに生徒会へ入らないかと強く薦められたが、結局断りをいれた。 「そ、そうお兄様が私にいったいどんな御用が?」 「あ、そうそう、愛さん今大変らしいですね。 ちょっとその件も含め兄からご提案があると」  ゾクッ。  悪寒が背中を伝う。 まさかASHINAの息がかかった人たちなのだろうか?  太陽の光が学園内に入り込んでくる。 それに一瞬目の前の彼女が照らされたかと思うと、今までの笑顔は消え。  怪しげな笑みを浮かべていた。 無意識に体は後ろに下がるが、ゴツンと冷たい無機質な靴棚に背中が触れた。 「いやですね~。 私たちはなんにもしませんよ。 ただ、ちょっとだけお話がしたいだけなんです――」  小柄な体を近づけ、両腕を掴まれると首筋に彼女の吐息が感じられるまで、顔を近づけてくる。   「い、いや」 「うふ、可愛い……。 本当に食べちゃいたいくらいです」  スッと離れると、先ほどまでの不気味な表情ではなく、今までのような可愛らしい見た目に戻っている。 「それじゃ、放課後にお待ちしております♪」  そう言って、彼女は自らの教室へ向かって歩き出していく。  私はその場にしゃがみ込むと、そっと胸にしまっていたペンダントを取り出し、なんどもそれを親指の腹で撫でる。
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