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帰宅すると、すぐにベッドにダイブしながら、枕に染み込んだ自分の香りを嗅ぐ。
最近付け始めた香水の香りが馴染み始め、自分の体の一部になってきたかのように思えた。
「そういえば、おススメのアステカ音楽教えてもらうの忘れた」
枕を強く抱きしめ、両足をバタバタと泳がせると暖房が効き始め部屋の温度が徐々に高くなっていく。
制服にシワができてしまうのを忘れており、慌てて起き上がり鏡を見て入念にチェックする。
「うーん」
最初はシワの有無を調べるだけだったが、なぜか自分の足や腕、顔の部位に目がいってしまう。
自分は彼にとってどのように映っているのだろうか?
そもそも、なぜ蒲生さんの視線を気にしないといけないのか、この感覚がつかめないでいる。
今まで経験したことのない、なんとも形容しがたい感情であった。
しかし、嫌な感情でないのは確かで、もう少しだけ彼のことを知りたいという願望と、もう少しだけ自分を磨きたいという欲がでてくる。
今日の晩御飯はなんだろうか? きっと美味しいに決まっている。
それでも、口に残るあのカリンの飲み物の味が恋しくなってきた。
「お嬢様、よろしいですか?」
急に部屋の扉をノックされ、蒲生さんの声が聞こえてくる。
慌てて髪に毛をチェックし、恐る恐るドアのカギを開けて。
「どうかしたの?」
「申し訳ございませんお休みのところ、実は少し思い出したことがございまして」
何を思い出したのだろうか、彼が私にわざわざ言ってくるのだから、きっと重要なことなのだろう。
「部屋入る?」
「いいえ! そこまでしていただくとも大丈夫です。 それに、すぐ終わりますので」
「けが人を寒い廊下にずっと立たせているのも、問題あると思うけど……。 それに、ドアを開けっ放しだとせっかくの暖かい空気が全部抜けちゃうの」
少し強めに言うと、彼は観念したのか足を引きずりながら部屋に入ってくる。
さきほどは歩けていたが、無理をしているのだろう。
あんな風に腫れ上がったのだ。 早々に完治などするはずがない。
「本当にすみません」
「いいの、気にしなくとも、それより思い出したことって?」
「それなのですが、帰りにお会いした田村様ですが、おそらく以前、私と会っております」
なるほど、確かによくよく考えてみると、田村会長は元から蒲生さんを知っている様子だったので、以前どこかで会っている可能性は十分ある。
そして、彼の話では詳細は覚えていないが三年ほど前に山で遊んでいるところを、人に攫われそうになった会長を助けているのではないかと言う。
「攫われる?」
「ええ、当時の田村は飛ぶ鳥を落とす勢いのある企業で、犯行予告が届くのは日常茶飯事でした。 しかし、万が一を考慮し、ご子息である白馬様を含めご家族の護衛を我々のチームで行っておりました」
その危惧していたことが、家族で旅行にいったキャンプで会長が攫われたというのだ。
チームで手分けして探し、なんとか救出に成功した。
「でも、なんで顔を覚えていなかったの? たった三年でしょ?」
「それなのですが……。 私は当時入社したてであまり、今のように人と接していなかったんですよ。 顔も名前も覚えるのが苦手で、唯一誇れたのは喧嘩が強かった程度で、最初の一年は本当に何も覚えられなかったですね」
ほぼ、初めての任務に近い状態で人質を死なせることもなく救出できたことが、今後の彼の会社での立ち位置を大きく決めたのは言うまでもない。
そして、時間と共に今の自分がつくられたとも教えてくれた。
「じゃあ、今のあなたは偽物なの?」
「そうかもしれません、自分でもどれが本当の自分なのかわかりませんが、これだけは言えます」
「なに?」
「私は、あなたを絶対お守りいたします」
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