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「くっそぉー! しつこいっていうの、もうなんなのよ!」
「まこと! 何度も何度も追い払っているのに、しつこいったらありゃしない!」
ん? 今鮎子と会長が変なことを言ったような……。
「うへぇ――前回やりすぎたかな、手加減したんだけどなぁ」
息がまったく荒くならずに走り続ける速水さんも、なにか物騒なことを言っていた。
もしかすると、ここにいる人たちは何かしらASHINAに対し因縁があるのではないだろうか?
そんなことを考えていたが、不意に隣から苦しそうな声が聞こえてくる。
「ぜはぁ、ぜはぁ」
会長が今にも倒れそうな顔になっている。 体力が無さすぎるのではないだろうか?
「んもぉ! だらしない兄が! ちょっと路地裏に逃げよ」
相手を見ると直ぐそこまで迫ってきている。 しかし、大きな車やバイクでは入れそうもない裏路地に入り込むと、下品な笑い声と下衆な怒号が背後から聞こえてくる。
全員息を整えながら、速水さんの案内のもと裏路地を歩いて行く。
遠くから警察車両のサイレンの音が聞こえてくるが、全員が逃げるとは思えない。
きっと何人かは乗り物から降りて、こちらを目指しているに違いない。
「ぜぇ、ぜぇ……。 いやー、この間オーストラリアの農地でやったことがここまで尾をひくなんて」
「こうなるんだったら、もっと閉じ込めておけばよかった」
聞こえない聞こえない。 頬をビンタした程度の私なんてとても小さく見えてきそうな囁きを聞き流しながら、空を見つめる。
コンクリートの穴から見える空は既に暗くなり、窓から夜の香りが漂いだしていた。
「まずいなぁ、けっこう囲まれちゃっているかも」
先を偵察してきた速水さんが私たちに伝えてくれる。
軽いため息をつきながら、冷たいコンクリートの壁に背中を預けて一休みし、様子を伺っていた。
捕まった場合どうなるかわからないが、きっとろくなことにはならないであろう。
殺されはしないけれども、あの下品な人の前に突き出されるなんてことを想像しただけでもう少し頑張れそうなきがしてきた。
そのとき、私のとなりで休んでいた鮎子のお腹が小さく鳴ってしまう。
「ぐぅ」
慌てて両手でお腹を押さえるが、会長がからかうようにニヤニヤしながら鮎子に詰め寄ると、会長の腹部に強烈な突きが一撃入った。
「ぐぅ」
兄妹そろってお腹を抑えながらうずくまってしまう。
私は抱えていたたい焼きを全員に渡した。
「いいの? これって家にもって帰るつもりだったんじゃ?」
「いいよ。 だって、冷めっちゃったし、それに持ったままだと走りづらくて」
私の返答を聞くと、遠慮がちに受け取った鮎子のほかに速水さんや会長にも渡し食べ始めた。
「冷えても美味しいのね。 ありがとう」
鮎子がたい焼きを小さくかじりながらお礼を言ってくれた。
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