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繁華街の駐車スペースまで到着すると私を待っている車が見えて来た。
速水さんはいつの間にいなくなったのか、気が付くと姿が見えない。
何度も丁寧にお礼と謝罪を述べて別れると、いつもと違い乱暴にドアが閉められた。
田村兄妹の迎えも早々に到着予定とのことで、一安心するが消えた速水さんが心配だった。
揺れる車内では、誰もが無言になり、なんとも冷たい空気に支配される空間となっていた。
先ほどから、一切私に話しかけてこない彼は短い付き合いながらも「わかる」きっと怒っていると。
「お、怒っている?」
「……」
無言が返事となる。
気を使ってなのか運転手は帽子を深く被り、自分の存在を消してくれた。
私は息を丁寧に吸い込むと、喉の奥から声を低くだして伝える。
「ごめんなさい」
トクンと心臓が跳ねるような感じがした。
私の言葉に反応したのか、蒲生さんは大きなため息を一度オーバーリアクション気味につくと、悲し気な瞳をむけて私に振り向いた。
「お嬢様――。 ご学友と遊ぶなとは絶対言いません、むしろ楽しんでいただきたいです。 しかし、今はご自身が狙われている立場、必ず私といつでも連絡がとれるような状況にしておいてください」
充電の無くなった携帯端末を思い出し、自分の不甲斐なさを悔いた。
「GPSで逐一追跡したくもありませんし、どこに行くのにも私が同行するわけにもいきません……。 だから、せめてお嬢様のことを心配なさっている人がいるということをご理解ください」
私はもう一度「ごめんなさい」を述べると、今度は少しだけ笑ってくれた。
それを確認した運転手も帽子を元の位置に戻しアクセルを今よりも奥に踏んでくれる。
家に到着すると、何事も無かったかのような振る舞いをしてくる。
帰るなりお父様に叱られると思っていたが、違っていた。
「私と運転手さんしか知りませんよ。 皆さんには私と一緒に本屋を巡っていると伝えております」
よかった。 もし大ごとになっていたらどうしようかと思った。
実際大ごとになりかけたのだが……。
一歩前に進もうと思い、鞄に手を触れるとあることを思い出した。
蒲生さんに振り向くと鞄から紙袋を取り出して冷え切ったたい焼きを一尾さしだした。
「えっと、これは?」
「たい焼きよ、凄く美味しいからよかったら食べて」
「たい焼きなのは見てわかりますが、まぁいいです。 ありがたく頂戴いたします」
受け取ってさっそくひと口たべる。 冷えているが、上質な餡子の香りが私にも届いてきそうだった。
「美味しいです。 冷えていても生地がしっかりしていて、餡も美味しい」
「そう、それならよかった。 今日は本当にありがとう」
「いえいえ、ご無事でなによりでした」
尻尾から食べ始めた彼と一緒に家に入る。
使用人がたい焼きをたべる蒲生さんを見て笑顔で「おかえりなさい」と言ってくれた。
温かな我が家の一部に彼はもうなりつつある。
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