私を知ってる 知らない君と

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「転校生を紹介するから席に戻れ~」 教室のドアがガラガラと音を立てて開き、ボサボサ頭で絶対にワイシャツにアイロンなんてかけたことがないであろう男性教師が少し間延びした声でそう呼びかければ、クラスはよりざわめきだした。 中途半端なときに転校なんて大変だなぁと担任の言葉を聞き、奏は机に片肘を突いてぼんやり前を眺めていた。 そして入ってきたのは、日やけした少し色黒の男子。 その男子の登場に、一気に女子達から歓声が上がる。 背は高く、一件無愛想にも見えるがいわゆるイケメンという部類だな、と奏は周囲の女子の反応も見ながら冷静に観察していた。 「自己紹介してくれ」 教師が促すと、その横で微動だにせず前を向いて立っていた彼が口を開いた。 「松本一臣です。中二までこっちにいました。 よろしくお願いします」 物怖じしないはっきりとしたその声に、一人の男子が音を立てて椅子から勢いよく立ち上がる。 「あ、やっぱ一臣?!背が伸びたからわかんなかった!」 「久しぶり」 その男子の弾んだ声に、少し困ったようなでも嬉しさを感じさせる小さな笑みを浮かべ一臣は返した。 「ねぇ、松本くん格好良くなったね!」 「え?」 奏は隣の席に座る小中も同じの幼なじみの林里香に声をかけられ、不思議そうに返した。 その返答を聞き、里香は怪訝そうな顔をする。 「あんなに好きだった松本君が戻ってきたのに、その淡泊さはなんなの?」 「私が?」 里香は奏の反応を見て余計に変な顔をした。 奏は里香の言葉の意味がわからない。 それはまるで私が彼を昔から知っているみたいに聞こえる。 だけど、奏が松本という男子を見たのは今日が初めてだった。 なのに、前を見れば同じ中学に通っていた男子達が彼を囲み、懐かしそうに話している。 幼なじみの里香も、まるで以前から知ってるかのように。 「ねぇ、里香はあの転校生知ってるの?」 「はぁ?!」 里香は思わず大きく出てしまった声に驚き、口に手を当て慌てて周囲を見る。 担任教師は苦笑い気味に少し離れた場所から転校生を囲む生徒達を見ていて、教室内は各自私語に忙しくざわざわしているせいか、誰もこちらを気にしていなかった。 「あんた、寝ぼけてるの?」 「いや起きてるけど、彼なんて私、知らないよ?」 奏はあの転校生を知らなかった。 だけど周囲は知っているようだ。 その理由がわからず奏は里香に純粋な疑問を抱えて尋ねた。 「いや、その言い方は無いわー。 家も割と近くて、奏のお母さんと松本くんのお母さんってママ友だったじゃない。 小学生の時は三人で遊んだりもしたけど、松本くん中学入ってから部活忙しくて遊ぶ事無くなったけどさ、あんたは家族同士で交流してたのに、その反応は酷くない?」 奏は少し怒り気味に話す里香の話しを呆然と聞いていた。 全て初耳だ。 目の前の里香はなんでこうすらすらと私の知らないことばかりを話すのだろう。 もしかしてまだ夢の中だったりするのだろうか、あまりにリアル過ぎるけれど。 奏は手を少しあげて、思い切りほっぺたを自分でつねった。 「どう?現実だってわかった?」 里香が奏の行動に呆れたような声で返し、奏は戸惑いながら頷いた。
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