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美波は考えた。このことを翔悟に伝えた方がいいのか、それとも自分の中にだけしまっておいた方がいいのか。愛斗の云う、「男でも女でもない」という概念は、一体、どういったことなのだろうか。
正直な話、美波はLGBTに関して、しっかりと自分で学んだことがなかった。そういう文献を読むことに躊躇いを感じていたからだ。自分が「一般的でない」ことを、自分で探すなんてまっぴらだ、と思っていた。自分のことは自分で考える。誰かに共感してもらえなくたとしても、翔悟はずっとそばにいる。それに、自分を知ることが怖くもあった。例えるなら、幽霊が見えると言っている霊能者がいたとして、それがだれにも理解されず、霊の存在さえ否定する人間を目の前にするような、悪魔の証明とでもいうような、それくらい美波にとって、自分の存在の曖昧さを、確信に変えるような手段には吐き気がしていた。
毎月、自分を「女」だと宣言される生理現象だって、望んだものではない。それを両親に対して非難することもできず、その嫌悪感に対しても、いまだ向き合えず、現実の恐怖が美波を狂いそうにさせていた。そういう側面からすると、愛斗の云う、「メンヘラ」という言葉は、自分にもしっくりくるようで、愛斗の真実が気になった。
逆に言えば、愛斗は美波の欲しい肉体を持っている。でも、愛斗にとっては、何か違う違和感があり、愛斗の好きになった翔悟は男性で、美波の今好きな人も変わらず女性だ。
自分の手首を切っている愛斗と、美波が音楽をしていることと、形は違えど、同じようなことなのかもしれない。そう思った。ただ、美波は「自分だけが違うんじゃない」ということが、翔悟や愛斗のことを知って、気が楽になるのは確かだった。
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