甘酸っぱい未熟な果実

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 音楽室に二人が入ると、そこには愛斗が他の合唱部員と談話しているところに出くわした。愛斗はピアノの近くの窓に背を預け、女子部員たちと話をしていた。よく見ると愛斗の仕草は女性的で、笑うと小首を傾げる仕草がとても可愛らしかった。女子部員たちも「やーだ!」と云いながら、愛斗の肩を叩いていた。愛斗は「あはは」と笑うとまた小首を傾げて口を手で軽く押さえていた。その時、愛斗が開いた音楽室の扉に気づき、美波と目が合った。美波はどきりとするが、愛斗は美波と翔悟を見つけると、女子部員たちに「ちょっと待ってて」と軽く断り、美波たちの方へと駆け寄ってきた。 「佐藤先輩、おはようございます」 「お、おはよう」  合唱部は音楽業界用語を使っていた。初めて会った同士は「おはよう」、二度目以降に会った場合は、「お疲れ様」。愛斗は「おはよう」と云ってきたのは、今日は二人とも会うのは初めてだと暗に伝えたかったのだろう。 「黒田先輩、お疲れ様です」 「ああ、お疲れさん」  それを聞いて、美波は翔悟の顔をちらりと見る。翔悟はとくに顔色を変えることなく、美波のスクールバッグを机に置くと、そのままピアノの方へと進んだ。美波もそれを見て、愛斗の前から去ろうとした。すると、愛斗が美波の肩をそっと触った。 「なに?」  美波の身体が一瞬にして硬直するが、若い身体は心と同じ敏感で、制服に汗が滲む。訊ねてみたが、愛斗は、小さな声で、 「朝のこと、黒田先輩に話していませんか?」  やっぱり、そうきたか。そう思って、おそらく引きつった顔だろうと思いながら、美波は口角を必死であげて、 「大丈夫。言ってないよ」  そう伝えた。愛斗はそれを聞いて、にっこりと笑うと、また小首を傾げた。いたずらな笑顔をするものだと、美波は思った。
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