交差する想い

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 翌日、美波が登校すると、職員室に音楽室のカギを取りに行ったが、すでに翔悟が持っていったようで、気が逸った。そんなに早く来ていたかったのだろうか。それなら一緒に登校すればよかったかもしれないし、これから重大なことでも告げられるような予感が湧いてくる。美波は何を言われるのか逡巡しながら、音楽室へと向かった。   音楽室に近づくにつれ、ピアノの音が聴こえた。曲目はドビュッシーの月光。翔悟の好きな曲だった。まだ誰も登校していない長い廊下で、ピアノの旋律が膜に覆われたように、くぐもった音が静かに漏れている。音がどんどん鮮明になっていくと、音楽室の扉が目の前にあった。   演奏の邪魔にならないよう静かに扉を開け、窓際のピアノを見る。翔悟は朝の日差しを受けて、憂いを帯びた顔がまた一段と凛々しく見えた。 「おはよう、翔悟。早いね」   ギターケースとスクールバッグを机に置いて美波は声を掛けた。声を掛けられるまで翔悟は気づかなかったらしく、美波を見つけると微笑み、「おはよう」と告げた。 「廊下まで聴こえてたよ、ピアノ」 「そうか。ごめんな、朝早く呼び出して」 「いいよ。なんかあった?」   言うと、翔悟は満面の笑みを浮かべ、はは、と笑った。ピアノの鍵盤を閉じると、美波が腰をかけた椅子の隣に座った。 「実は、とうとう良と……その、あれをした」   翔悟は肘を机につき、手を口の前で両手を組んで、顔を少し隠しながら零した。「あれ」の想像はすぐに美波に想像がついた。良というのは、翔悟と今付き合っている、清水良のことだ。 「そうなんだ。もうそんなに進展してるんだ。すごいね」 「うん。週末、親が家にいないからってあいつに呼ばれて。それで」 「なるほどね。その顔からすると、よっぽど嬉しかったんだね」 「そりゃあ、まあ……」   翔悟がそこまで言うと、こほん、とひとつ咳払いをして、視線を泳がし始めた。 「なんか問題でもあったの?」   美波はその様子を見て、ただ身体を合わせたことだけが問題ではないと察した。美波からすると、翔悟は幼いころからモテていたが、翔悟自身はとても純情な奴だと知っていた。 中学のときに付き合っていた彼女と初めて身体を合わしたときも、こんな顔をしていた。そのときは、こんな年齢でこんなことをしていいのだろうか、という相談だった。美波からしたら羨ましいくらいの相談でもある。若い未熟な二人にとって、こういった話は恥ずかしくもあり、とても興味深い話でもある。美波自身もそういった話をできるのは翔悟しかいないから、翔悟の恋バナを聞くのは好きだった。いつも照れながらも、大事に相手のことを思いやれる翔悟にとても好感がもてたからだ。   翔悟はしばらく思案顔になっていたが、自分を納得させるように、首を縦にいくつか振ると、口を開いた。
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