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放課後の教室。初夏。まだ蝉の声は聞こえない。太陽は燃え盛る練習を始めた。
三階の教室は、夕暮れ前に涼しい風が吹き抜ける。掃除も終わり、生徒は部活動か帰宅する中、窓際の自席で、ギブソンのレスポールギターを大事そうに抱きながら、弦をピックで弾き、ポーンという音が誰もいない教室に寂しく響く。ギターのチューニングをしている生徒がいた。旭日高等学校二年、佐藤美波。うわべの性別は女。ギターポリッシュとマホガニーの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。美波は夏服のセーラー服に、スカートから覗く足には体育で使うジャージを履いていた。それをふくらはぎまで捲り、上履きのかかとを踏みつけて、右足でリズムを軽く刻む。黒いショートカットの髪と、日の光に翳るその整った顔は、どこか大人びていた。
佐藤美波のことを「彼女」、そう形容するのは実際のところ、間違っていた。美波は生まれた性別は女であったが、自分を一度も女だと確信したことはなかった。その違和感に気づいたのは、物心ついた、四歳のころからだ。周りの女の子はお人形遊びをしていたが、美波は男の子たちと外で泥んこになるまでボール遊びをしていた方がしっくりきていた。その持続的な違和感への答えは、未熟な美波自身が吐き出せずにいた。
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