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それから予鈴が鳴るまで二人は話をしていた。愛斗が翔悟に憧れていて、告白シーンを見られたこと、それからライブに誘ったこと、そして愛斗が自分のことを「男でも女でもない」と云ったこと。
翔悟は口を挟まず、ずっと腕を組んだまま美波の話を聞いていた。翔悟は、始終、難しい顔をしていた。美波は自分が友人に秘密にしていたことを吐き出して、少し楽になったが、翔悟の顔を見ていると、不安はすべて拭えていない。全部話終えたとき、翔悟が口を開いた。
「事情は分かった。でも、俺が告白されたときにまでいたのか。なんか、気味が悪いくらいだな。男でも女でもないっていうのも、メンヘラだって自分で言うのも、なんか俺にはただのかまってちゃんにしか見えないんだが。お前はどう思ってるんだ?」
「……わからない。風間くんが何かに悩んでいるのは間違いないと思う。じゃなきゃリスカまでしないだろ。翔悟は部活や食堂で一緒になるし、多分ないと思うけど、良くんとこのこと、言いふらすようなことがあったらちょっと心配ではあった」
美波は叱られた子供のように身体を縮める。翔悟ははぁ、と長いため息をつくと、美波の肩をたたいて、
「とりあえず、ライブの件は保留にしておいてくれ。一度良に確認する。俺もちょっと軽率だったかもしれない。ほかにも怪しんでいるやつがいるかもしれないし。もしそれが公になったら俺は学校に来ることが出来なくなるかもしれない……。正直まだ、美波みたいに覚悟が決まっていない」
いつもに反して余裕のない態度を取る翔悟。こんな翔悟を美波がみたのは随分久しぶりだった。いつも翔悟は何をやらせても器用にこなす。だからってそれをひけらかすようなことはしない。そういう翔悟だからこそ、美波も翔悟が友人でよかったと本当に思っている。美波は小さく「ごめん」というと、
「自分も余計なことしてしまってごめん。自分は翔悟が幸せならそれでいい。でも、自分だってなにも覚悟なんかできてない。自分を受け入れることがとても大変なんだ」
美波も自分自身と葛藤し続けていて、それを公言できたら、それよりもすぐに適した「状態」になれたらと常々思っている。でも、こんな学校という閉鎖空間でそんなカミングアウトなんてできやしない。今まで普通に接していてくれた人が手のひらを返すのではないかといつも自分と闘っている。美波の瞳がどこか濡れて見えた。翔悟が、
「俺こそごめん。なんか最近いろいろあって、自分についてよく考える。でも美波も大変だよな。軽々しく覚悟があるなんて言ってごめん」
二人はそう言って謝り合うと、お互いの顔をじっと見つめて、「ぷっ」と吹き出した。そのあと、大声を出して笑った。
「なんかあったらって考えるより、翔悟は良くんのことだけ考えていなよ。風間くんの方はなんかあったら随時報告するし」
「ああ。ありがとな。俺たち、本当にロックだと思う」
「そうだね。でもまだまだ未熟なロッカーだよ。カミングアウトできないんだから」
「もっとこういうことが受け入れられる世の中になってほしいな。そしたらお前のパンツを俺が買いに行かなくても済む」
「うるっさいなー! しばらく頼んでないだろ! 翔悟こそ、もうCD貸さないぞ!」
「それなら大体ダウンロードできてるからいい」
「可愛くない! 本当に可愛くない!」
言って、予鈴が鳴り響いた。
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