交差する想い

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 放課後、翔悟は早めに美波のクラスへ行き、美波を捕まえると、音楽室に向かった。音楽室にはまだ部員はまばらで、ピアノの前で美波と翔悟は仲良く談笑した。翔悟はピアノの椅子に座り、美波は窓際のカーテンに身体を埋めて壁に背を預けていた。 日暮れ前の暖かさが二人の温度になる。久しぶりに美波は機嫌が良い。早めに翔悟に打ち明けるべきだったとつくづく思った。翔悟を信用していないわけではない。ただ、美波にとって翔悟の抱えている問題は、自分のことのように思っていたから、こうして翔悟とまた顔を合わせても気まずくないことが、心のつっかえが無く晴れやかだった。それは翔悟も同じで、この頃、ずっと美波の様子がおかしかったことに気づいていながらも、自分のことで余裕がなかったから、こうしてまた自然体でいられるのは安心できた。もう煩うこともない。 テレビに出ているコメディアンの話、最近あった取り留めのない出来事。そんな話を暑くなってきた陽射しをカーテン越しに受け、心のわだかまりでさえどんどん溶かしていく。美波の屈託のない笑みも、翔悟のシャープな骨格で作られた陰影を思わせる笑みも温かさに包まれていた。  しばらく談笑に耽っていると、音楽室に愛斗と、女子部員が入ってきた。瞬間、美波はそれに気付くと、太陽の熱が一気に急降下した。愛斗は女子部員に「いってくる!」と云うと、女子部員は「頑張って」と伝え、美波と翔悟のところへ愛斗がやってきた。突然の異物が混入しようとしている。美波は笑顔に使っていた筋肉を歪めた。誰にも気付かれないように。その異物は真っ白でひょろりとしていて、ヘビがするりと這ってくるようだった。するりするり獲物を前にしたヘビがこちらに来る。   愛斗が二人の前に来て、その薄い唇を舌なめずりでもするかのようにゆっくり動かす。 「おはようございます、黒田先輩、佐藤先輩」   にっこり笑って、また小首を傾げていたずらな表情を浮かべる。美波は、「おはよう」と言い、翔悟は目も合わせず「おう」と言った。すると愛斗はピアノの前に座っている翔悟の顔をゆっくりと覗きこみ、目をぎょろりとしながら合わせようとした。愛斗の襟足が揺れ動く。それからどこか薄い笑顔を一瞬浮かべ、 「先輩。僕にピアノ教えてください。僕もピアノが弾けるようになりたいんです」   言うと、翔悟はすぐに目を逸らし「ごめん、俺、結構塾とか習い事とか忙しいから無理」とさらりと言って躱した。それが気に食わなかったようで、愛斗が唇を噛んだ。しかし、それも一瞬の表情で、今度は美波の方を向いて、 「じゃあ、佐藤先輩、僕にギター教えてくださいよ。僕、何か楽器がやりたいんです。だってかっこいいし」   言って愛斗はなぜか目が笑っていなくて、美波はゾクっとした。愛斗の執念とでもいうような、その教えてほしいという先にはなにか企みが含んでいるような、美波はヘビに飲み込まれる、と瞬時に思った。途端身体が締め付けられた。それでも抗おうと、喉の奥から言葉を吐き出した。
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